千物語

松田 かおる

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また「今度」

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俺は死ぬことにした。
生きていても何もいいことがないとわかってしまったからだ。
彼女もいない。
仕事も面白くない。
何も楽しいこともない。
それに俺一人死んだところで、悲しんでくれるやつなんていない。

そうと決まれば、あとは実行のみ。
どんな方法がいいか考えていると、部屋のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、
「ずいぶんシケたツラしてんなぁ」
開口一番に親友がそう言いながら笑った。

とりあえず部屋に招き入れて、お茶を振る舞う。
「で?なんでそんなにシケたツラしてんだ?」
前置き抜きでヤツが訊いてきたので、俺も包み隠さず答えてやった。
それを訊いて、ヤツはしばらく黙った後に
「…そっか、じゃあ、死ぬか」
そう言った。

「だけど、そんなシケたツラして死んじまっても面白くないだろ」
ヤツが言う。
俺が言葉を返せないでいると、
「どうせ死ぬなら、笑って死のうぜ」
ヤツはそう言うと、
「ちょっと付き合えよ」
上着を羽織りながら続けた。



「さぁさぁ、シケたツラしてないで、ほれ」
ヤツに連れて行かれたのは「ヤツの行きつけ」の居酒屋だった。
「止めないのか?」
俺が聞くと、ヤツは当たり前のように、
「本人がしたいことを無理に止めるのもなあ」
そう答えた。

しばらくヤツに勧められるまま酒を飲み、料理を食べる。
どれもうまい。
…これから死ぬのに『飯がうまい』と思うなんてなぁ…
そんなことを考えていると、次の料理が出てきた。
が、思った以上に量が少ない。
「すみません、ちょうど品切れになっちゃいまして…なのでこれはサービスです」
俺の考えていることを察したのか、居酒屋の大将がそう言って「モツ煮」を出してきた。

一人分にもならないモツ煮を、二人で分けて食べる。
他にも増してうまい。
思わず顔が綻ぶ。
「うまいなあ」
「あぁ、うまい」
「どうせなら、もっと食いたいよなぁ」
「確かにこれだけなのは、ちょっと残念だなぁ」
俺は素直な感想を言う。
「だろう?でもこれ、仕込みに時間がかかるんだってよ」
「へぇ」
「そう。明日明後日とかじゃなくて、何日も仕込みに時間がかるんだと」
「ずいぶん手間がかかるんだなぁ」
「今食った分だけじゃ、満足できないだろ?」
「…まあな」
「だったらお前が満足して、『あー、満足した』って気分で死んでも遅くはないだろ?」
「…」
「…だからさ、また今度…食いにこようぜ…モツ煮」
「いや、俺はもう…」

そう言いながら顔を上げてヤツの顔を見ると、ヤツは泣き笑いしながら俺を見ていた。
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