55 / 94
忘れていたこと
しおりを挟む
「いい天気になったねぇ」
病院の玄関ドアを通り過ぎながら、男が言った。
「本当ね。今朝方まで雨が降っていたとは思えないほどいい天気ね」
男と並んで歩いている女が、同じく玄関ドアを通り過ぎるとそう答えた。
「ほら、虹が出てるよ。まるで今日病院を出る僕を、祝ってくれているみたいだ」
男が指さした先には、今朝方まで降っていた雨のせいか、見事な虹がかかっていた。
「…本当ね。すごくきれいな虹ね」
女も虹を見上げて言う。
「心なしか、身体も軽い感じがするよ」
「…ふふ、それはよかったわね」
二人は病院前の広場から表通りに向かいながら、会話を交わす。
「でも、長いこと入院していたから君には寂しい思いをさせちゃったね、ごめんね」
「そんなことないわ。かえってお見舞いに来られなくて、私の方こそごめんなさいね」
「…でも、ちょっと気になることがあってさ」
「何?」
「何か君との大切なことを忘れてしまっているというか、思い出せないというか…そんな感じがするんだよね」
「…そう。でも、そのうち思い出すかもしれないわよ」
「うーん…でも思い出せないままというのもすっきりしないなぁ」
「大丈夫よ。これからはずっと一緒にいるんだから、ゆっくりと思い出せばいいじゃない」
「それもそうだね、焦りは禁物だね。でも、できれば早く思い出したいなぁ…」
しばらく並んで歩き続けていた二人だったが、男が足を止めた。
「どうしたの?」
「…思い出したよ、全部」
男のその言葉に、女はほんの一瞬悲しそうな表情を見せると、
「…思い出しちゃった?」
男に向かって言った。
男は、
「思い出したというか、すっかり忘れてた」
まるで『思い出したくなかった』かのように、絞り出すような口調で言う。
「…そう」
女の方も少し反応に困るような口調で返すと、男は逆に何かを悟ったように
「それで今日、君が迎えに来てくれたんだね…」
と続けた。
女は覚悟を決めたように、
「えぇ。でも間に合ってよかったわ」
少し表情を和らげながら、そう答える。
「迎えに来てくれたのが、君でよかったよ」
男が安心したように言うと、女は
「…じゃあ、そろそろいきましょうか」
いざなうような口調で男に向かって言う。
「そうだね、いこうか。迎えに来てくれて、ありがとう」
男がそう言って女の手を握ると、二人の姿は瞬く間に淡く光る球体のような形に変わった。
そして空にかかっている虹の方にゆっくりと昇っていき、やがて虹と一緒に青空の中に消えていった…
病院の玄関ドアを通り過ぎながら、男が言った。
「本当ね。今朝方まで雨が降っていたとは思えないほどいい天気ね」
男と並んで歩いている女が、同じく玄関ドアを通り過ぎるとそう答えた。
「ほら、虹が出てるよ。まるで今日病院を出る僕を、祝ってくれているみたいだ」
男が指さした先には、今朝方まで降っていた雨のせいか、見事な虹がかかっていた。
「…本当ね。すごくきれいな虹ね」
女も虹を見上げて言う。
「心なしか、身体も軽い感じがするよ」
「…ふふ、それはよかったわね」
二人は病院前の広場から表通りに向かいながら、会話を交わす。
「でも、長いこと入院していたから君には寂しい思いをさせちゃったね、ごめんね」
「そんなことないわ。かえってお見舞いに来られなくて、私の方こそごめんなさいね」
「…でも、ちょっと気になることがあってさ」
「何?」
「何か君との大切なことを忘れてしまっているというか、思い出せないというか…そんな感じがするんだよね」
「…そう。でも、そのうち思い出すかもしれないわよ」
「うーん…でも思い出せないままというのもすっきりしないなぁ」
「大丈夫よ。これからはずっと一緒にいるんだから、ゆっくりと思い出せばいいじゃない」
「それもそうだね、焦りは禁物だね。でも、できれば早く思い出したいなぁ…」
しばらく並んで歩き続けていた二人だったが、男が足を止めた。
「どうしたの?」
「…思い出したよ、全部」
男のその言葉に、女はほんの一瞬悲しそうな表情を見せると、
「…思い出しちゃった?」
男に向かって言った。
男は、
「思い出したというか、すっかり忘れてた」
まるで『思い出したくなかった』かのように、絞り出すような口調で言う。
「…そう」
女の方も少し反応に困るような口調で返すと、男は逆に何かを悟ったように
「それで今日、君が迎えに来てくれたんだね…」
と続けた。
女は覚悟を決めたように、
「えぇ。でも間に合ってよかったわ」
少し表情を和らげながら、そう答える。
「迎えに来てくれたのが、君でよかったよ」
男が安心したように言うと、女は
「…じゃあ、そろそろいきましょうか」
いざなうような口調で男に向かって言う。
「そうだね、いこうか。迎えに来てくれて、ありがとう」
男がそう言って女の手を握ると、二人の姿は瞬く間に淡く光る球体のような形に変わった。
そして空にかかっている虹の方にゆっくりと昇っていき、やがて虹と一緒に青空の中に消えていった…
0
あなたにおすすめの小説
女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語
kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。
率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。
一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。
己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。
が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。
志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。
遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。
その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。
しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる