サイレント・イブ

松田 かおる

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喫茶店の自動ドアが開くと、冬から冷たい風が吹き込んできた。
「うひゃぁ、寒い」
そう言いながら、千佳は喫茶店から出た。
中では待ち合わせに少し遅れてきた隆が、レジで勘定を済ませている。
―やっぱりコーヒー一杯くらいじゃ、身体は暖まらないなぁ―
そんな事を考えながら店の外で千佳が手をこすり合わせていると、隆が店から出てきた。
「お待たせ。さぁ、行こうか」
隆がそう言うと千佳は黙って頷いて、二人で並んで歩きだした。
しばらく歩いていると、十二月の風が吹き抜けていった。
「おー、寒い寒い」
千佳はそう言って、隆の腕にしがみ付くように身体を寄せた。
隆はほんの一瞬だけ千佳の方を見たが、別に驚くでも嫌がるでもなく、それがごく当たり前であるかのような素振りで、そのまま歩き続けた。

♪ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴る…
電飾に彩られ、全体がクリスマス・ツリーのような街のあちこちから、クリスマス・ソングが聞こえて来る。
「もうクリスマスね」
千佳が口を開いた。
それに応えるように、
「あぁ、そうだな、もうあっと言う間に年末だな」
隆はそう言った。
そこで会話は途切れ、しばらく二人は黙って歩き続けた。
しばらくして、
「なぁ、千佳」
隆が口を開いた。
千佳は隆の腕に身を寄せたまま
「ん、なぁに?」
と顔を上げた。
「今度のイブ、土曜日だろ?俺も仕事が珍しく休みなんだ」
「へぇ、珍しいわね」
「でな、こんな事は滅多にないから、今年は千佳のリクエストに応えてやろうと思うんだ。いつもイブは仕事仕事でお前に淋しい思いさせてたからな」
「本当?」
「あぁ。何かリクエストはないか?」
隆がそう言うと、千佳は待ってましたとばかりに、
「えーっとねぇ、お昼はレストランでスペシャルランチを食べるでしょ。それから夕方からは東京港ディナークルーズでしょ。それが終わったらディズニーランドでパレード見るでしょ。それからホテルのラウンジでドン・ペリニオンで乾杯して、七面鳥の丸焼き食べて、えっとそれからそれから…」
千佳は目をキラキラさせながら指折り数えて、次から次へとリクエストを口にしていく。
それを聞いてさすがに隆も
「ちょ、ちょっと待て、千佳」
と言ってしまった。
「何?」
「お前、それ本当に全部して欲しいの?」
隆がそう聞くと、千佳はクスクス笑うと、
「う・そ」
と言った。
隆はちょっと苦笑いをして、
「それでは今度は本当の事を聞かせていただけますか、お嬢様?何かして欲しい事はございませんか?」
と、わざとかしこまった口調で言った。
しばらく千佳は黙っていると、やがてちょっと真面目な顔をして口を開いた。
「…そんな風に気を遣ってくれるだけでとても嬉しいわ。それに…」
「それに?」
「私、隆と一緒にいるだけで何よりも幸せよ。それだけで十分すぎるくらい。本当よ」
そう言うと、千佳はまるで恥ずかしがって顔を隠すように、隆の腕に顔を埋めた。
千佳のその言葉を聞いて、隆も何だかちょっと気恥ずかしいような、くすぐったいような気分になった。
「そう言ってもらえるのは何よりも嬉しいけど、いくら何でもそれだけじゃなぁ。何かプレゼントして欲しい物とか、ないか?」
隆がそう聞くと、千佳は顔を埋めたまま、
「婚……輪」
モゾモゾと言った。
「え、何だって?よく聞こえなかった」
隆はもう一度聞き直した。
すると千佳は顔を上げて、
「婚約指輪」
今度ははっきりと言った。
それを聞いて、『遂に来たか』と言った感じで、隆はちょっと考えた。
『婚約指輪』か…
確かに千佳と付き合いを始めてからもう結構になるけど、自分としてはまだ彼女がそう言った対象ではないと思っていた。
ガールフレンドではあるけれども、結婚を考えるとなると…
隆が黙りこんでいると、千佳は隆の気持ちを感じ取ったのか、
「あ、あの、いいのよ、そんな深刻に考えなくても。いやぁねぇ、冗談よ、冗談。ほら、だって、私達まだまだそんなこと考える程の関係じゃないもんね。ちょっとふざけて言ってみただけ。だから気にしないで」
千佳はそう言うと隆の腕から振りほどくように身体をを放して、すたすたと歩き出した。
しばらくして立ち止まると隆の方に向き直り、
「まぁ、今の私達の関係って、このビルみたいなものだもんね。只今建設中、なんちゃって」
そう言って建設中のビルの前で、ちょっと大げさに両腕を広げてみせた。
「…」
隆が何かを言おうとした時、頭上からの
「危ない!」
と言う声に妨げられた。
―危ない?―
不思議に思いながら声が聞こえた方を見上げると、建設現場の足場が崩れて、今まさに千佳の上に落ちてくるところだった。
「千佳!」
余りに突然の出来事だったので、隆は千佳の名前を叫ぶだけで精一杯だった。


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