鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

兎森りんこ

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噂の的

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 爽風館そうふうかんの裏側は婚姻パーティーの準備で、大忙しだ。
 
「鎖子さんだね! あんた、乾杯の酒を運んで! 将暉様と愛蘭様にだよ」

「は、はい!」

 言われて盆に、グラスを載せて運ぶ。
 
「あの人って柳善縛家のお嬢様では……? 美人だから顔を覚えてます」

「いいんだ。使用人のように使えと、愛蘭お嬢様の申し付けだ」

 鎖子の耳にも入ってくる給仕達のヒソヒソ話。

 卒業式のあとで、今は昼の二時。

 午餐会ごさんかいでの婚約発表らしいが、わざわざ鎖子を呼び出して飲み物を運ばせる愛蘭の意図は理解していた。

 立席パーティーには、客が集まり始めた。
 皆の間をすり抜けて、愛蘭の元へ向かうが、視線が集まっているのがわかった。
 
「乾杯のお飲み物を、お持ちしました」

 日頃女中のように働かされている鎖子にとって、グラス運びなど慣れたものだ。
 
「あら、鎖子お姉様~ありがとう」

 派手な袴から、派手なドレスに着替えた愛蘭。
 その隣にいるのは、金剛家の長男・将暉まさきだ。
 
「妹の婚約発表パーティーに、その雑巾のような着物と割烹着はなんなんだ? 似合ってるな。ははっ」

 将暉も相変わらずだ。
 いつも鎖子の服や姿を笑い飛ばす。

 彼も十八歳になり、ゴツゴツの岩男のようになった。
 軍人としては確かに立派な体格だが、顔立ちは厳つい。
 しかし周りからのお世辞を真に受けて、自分が美青年だと信じているのだ。

「私はただの給仕ですから、このような格好をしております。それでは失礼いたします」

「あらぁ~お姉様なんだから、出席したっていいのよ~?」

「いいえ、お手伝いに戻ります。婚約おめでとうございます」

 『気高く誇り高く』を胸に、鎖子は下品な二人の嘲笑にも凛とした態度で対応した。

 そんな鎖子を見た者達も、ヒソヒソと小声で話を始める。
 愛蘭の学友だけではなく、華鬼族でも上流の家が招待されているが、皆が噂好きだ。

「あれが……謀反者に嫁ぐ……長女の鎖子様か」

「本来ならば彼女が柳善縛りゅうぜんばくの当主なんだろう? 何故、女中のような扱いをされている?」

「とんでもない性悪な小娘だから、義両親が厳しく更生させていると聞いたが、どうなんだろうな」
 
「あんなに美しいのに、淫乱なのかも」

「しかしせっかく九鬼兜家くきつけの跡取りが、長い留学から帰ってきたっていうのに、乱心謀反で処罰とは」

「五大家から九鬼兜家は追放。柳善縛家当主が嫁入り。金剛家の息子と柳善縛家の次女が婚姻して、柳善縛家は消滅か。これで金剛家が実質華鬼族でのトップだ……金剛家当主は笑いが止まらなんだろうな」

「鎖子嬢……格好はみすぼらしいが、かなりの美人だ。謀反すれば、あの美女を抱き放題の権利が与えられるのか? むしろ褒美じゃないか。羨ましいぞ」

「バカ、お前くらいの能力で与えられるわけがないだろう。誰にも手出しできない程の強いやつの力を減退させるのが柳善縛家の役目なんだから……」

「粗末な着物だけど、綺麗な立ち振舞ね。九鬼兜氏と並んだらきっと素敵な御夫婦になるんじゃない」

「高等部では美人で優秀だと、影では有名だったよ。影ではね」

 会場内が鎖子の話で、盛り上がり始めた。
 主役であるはずの愛蘭の顔が、引きつりだす。

 そして婚約発表会が終わった夕方。
 帰宅して、夜は親族だけでの食事会と聞かされていたが、激怒した愛蘭に庭で何度も木の枝で打たれた。
 
「この! この! クサ子め! 腐った女がぁ!」

「痛いわ! 愛蘭やめて!」

「なんで私が主役なのに、あんたの話ばっかりなのよ!」

「し、知らないわ……皆が勝手にしていただけで……私のせいじゃありません!」

「うるさい! ムカつくわね! なんで婚約時期かぶせてくるんだよぉ!」

 決めたのは、統率院。
 つまりは自分の父親達なのだが、そんな事を考える脳は愛蘭にはない。
 縁側で見ている義両親は、微笑んで見ているだけ。
 
「ほらほら、愛蘭。お姉ちゃんと遊ぶのはそろそろやめておきなさい」

「そうですよ。身体に傷をつけて、九鬼兜家で何か言われたら困りますよ」

「ふん! 自分で治せばいいじゃない! ねぇ~もっかいやり直しできないの?」

「これから将暉くんも、勝時様もいらっしゃる食事会をするんだから我慢しなさい。そのための着物も作っただろう?」

「鎖子の嫁入りの支度金があるじゃないの? 九鬼兜家から貰ったんでしょ! 結納金も!」

「あれは、あなたの着物とドレスに使う予定だし、将暉君と旅行にも行くのでしょう? 私も欲しい宝石があるのよ。ほほほ。さぁ汚れるから。部屋に戻りましょう」

 鎖子のための支度金を使い込んだ話を、堂々とする三人。

「ふん! 気分悪いわ、食事会の前にしっかりお風呂に入らなきゃ。鎖子、部屋の前にあんたの支度品用意させたから、それ持って明日はさっさと九鬼兜家に行きなさいよ」

「……は、はい……」

「キャハハ! あの九鬼兜要も落ちぶれたもんだわ! 腐った二人でお似合いよ!」
 
 グッと、鎖子の拳に力が入って思わず愛蘭を睨んだ。

「なによ!? 文句あんの!?」

「……要様は、腐ってなんかおりません……!」

「はぁ~~!? うざいんだよ!!」 
 
 言い返す事など、ずっとしていなかったのに……この前も今も、要の事を言われると我慢できない。
 愛蘭の逆鱗に触れて、彼女のハイヒールが飛んでいくほど蹴り上げられた。

「ぐ……っ」

「ハァハァ……口答えするなよ!! はぁ……そういえば、将暉も最後にクサ子の顔が見たいってわね……このままじゃ顔もぶん殴りたくなるから、もういいわ……今日はもう部屋から出るなよ!」

 ゾクッとした。
 将暉になど会いたくもない。
 痛む身体を押さえながら、部屋へ戻る。

 部屋のドアの前に、ボロボロのボストンバッグと握り飯が置いてあった。
 
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