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2匹の侍
軍議
しおりを挟む1575年(天正三年)
埃と安酒の匂いが染み付いた長屋の静寂を、乱暴な戸の音が引き裂いた。
「おい、源蔵! 生きてるか?」
ずかずかと上がり込んできたのは、上等な絹の着物に身を包んだ小太りの男だ。
その目は常に損得を弾き出しているように卑しく光っている。
この長屋の大家であり、源蔵に金を貸している豪商、山吹屋の黒兵衛だった。
部屋の薄暗がりの中、大柄な男——源蔵は、胡座をかいたまま静かに黒兵衛を見据えた。
「何の用だ、黒兵衛。家賃の催促なら、もう少し静かにやれ」
「へっ、溜まりに溜まった借金、いつ返してくれるんだい。こっちも商売なんでね、いつまでも待てねえんだよ」
黒兵衛は扇子でピシャリと自分の腹を叩き、下卑た笑いを浮かべた。
「いい口利きをしてやろうと思って来たんだ。近々、でかい合戦が起こる噂がある。竹田の陣容が、腕の立つ浪人をかき集めてるらしい。お前さんの腕なら高く売れるはずだ。借金を返したけりゃ、竹田側として合戦に参加しな。首の二つ三つも取ってくれば、借金は綺麗に帳消しにしてやる」
「……竹田、だと?」
源蔵の目の色が変わった。
竹田の軍勢。
その名を聞いて、源蔵の脳裏に浮かんだのは、かつて自分のような流れ者をただの「人」として扱い、世話をしてくれた竹田の親父殿の豪快な顔だった。
あの恩義は、いまだ腹の底に残っている。
「……分かった。その話、乗ろう」
一切の迷いのない即答に、鼻息を荒くしていた黒兵衛の方が一瞬呆気にとられた。
「お、おう……。なんだ、随分と物分かりがいいじゃねえか。命がけだぞ? まぁいい、違約は許さねえからな。きっちり稼いでこい!」
拍子抜けしたように、しかし足取り軽く、黒兵衛は長屋を去っていった。
再び静寂が戻った部屋で、源蔵はゆっくりと立ち上がった。
ただの小競り合いではない。
竹田が動くほどの戦、生半可な太刀では到底しのげないだろう。
源蔵は部屋の隅へ歩み寄ると、長年の勘と習慣で、わずかに浮き上がった床板に指をかけた。
軋む音とともに剥がされた板の下には、厳重に布で包まれた細長い筒状の何かが隠されている。
彼がそっと布を解くと、薄暗い部屋の中に、冷たく妖しい輝きが満ちた。
いかなる鎧をも断ち斬るという、隠し持った業物——大太刀『月光』。
「……行くか」
源蔵は月光を静かに持ち上げ、その重みを確かめるように握り直した。
彼の背中にはすでに、死地へと赴く修羅の気迫が宿っていた。
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