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剣鬼と案山子
黒兵衛
しおりを挟むその日の朝も、源蔵の目覚めは最悪だった。
破れた障子の隙間から朝日が差し込むと同時に、薄っぺらい引き戸が乱暴に叩かれたからだ。
「おい、源蔵!生きてるか?」
入ってきたのは、脂ぎった小太りの男だった。
上等な絹の着物を着ているが、その目は常に金貨の枚数を数えているように卑しく光っている。
この長屋の大家であり、源蔵に金を貸している豪商、**山吹屋の黒兵衛(くろべえ)**だ。
「……なんだ、朝っぱらから。黒兵衛」
源蔵は欠伸(あくび)を噛み殺しながら、煎餅布団から這い出した。
「家賃なら待ってくれと言ったはずだ。今度の用心棒の仕事が入れば……」
「ハッ!お前の用心棒代などたかが知れてるわ」
黒兵衛は鼻で笑い、部屋の土間に「安物の刀」を放り投げた。
「それより、仕事だ。……その刀、ちょいと裏山で振ってこい」
「……またか。こんななまくら、振るだけ無駄だぞ」
「いいからやれ。お前が一度でも振れば、その刀には『箔(はく)』がつくんだよ」
源蔵は知らなかった。
彼が「試し斬り」で薪(まき)を割っただけの刀が、後日、黒兵衛の店で「剣聖・源蔵が岩をも断った伝説の神刀」という触れ込みで、城一軒分もの値段で売られていることを。
黒兵衛は、源蔵という「ブランド」をタダ同然で使い、莫大な富を築いていたのだ。
「へいへい。……で、これの手間賃は?」
「馬鹿野郎。先月の米代と、壊した鍬(くわ)の弁償代で相殺だ。……いや、まだ足りねえな。利子がついて、借金は増える一方だぞ」
黒兵衛は懐から算盤(そろばん)を取り出し、パチパチと弾いて見せた。
数字に疎い源蔵には、それが正しいのかどうか分からない。ただ、いつまで経ってもこの長屋から抜け出せないことだけは確かだった。
「チッ……。世知辛い世の中だ」
源蔵は刀を拾い上げ、渋々立ち上がった。
「終わったら滝へ行く。邪魔するなよ」
「おう、精が出ることだ。……せいぜい稼げよ、俺の『金のなる木』さんよ」
黒兵衛は、出て行く源蔵の背中を見ながら、下卑た笑みを浮かべた。
彼にとって源蔵は人間ではない。富を生み出す便利な道具だ。
だが、道具にしては少々、華がない。
「……惜しいな。あの腕があれば、もっと稼げるんだが。……ここに『極上の女』でもいれば、見世物にして、さらに骨の髄までしゃぶり尽くせるんだがなあ」
黒兵衛は舐めるように唇を湿らせた。 彼もまた、知らない。
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