龍血の系譜

盤上の観察者

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決意

隠蔽

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 深夜。村外れの古びた寺の庭園。
 静寂の中、月だけが二人を照らしていた。

「源蔵様。……本当に、よろしいのですか?」
「くどいぞ。俺は一度決めたら曲げん」
 源蔵は腕組みをして夜空を見上げた。

「さっさとその『翼』とやらを見せてみろ。……俺を連れていくんだろう?」
「……はい。驚かないでくださいね」
 おしんが印を結び、呪文を詠唱する。

 瞬間、彼女の体がまばゆい銀色の光に包まれた。
 人間の姿が解け、その内側にあった強大なマナが溢れ出す。

 グオオオオオォォォ……!!

 光の中から現れたのは、寺の本堂をも超える巨大な銀色の竜だった。
 月光を反射して輝く鱗。優美で、しかし圧倒的な威圧感を放つ翼。
 それは、この世の生き物ではなかった。神そのものだった。

「……ほう」
 源蔵は、恐怖するどころか、その美しさに息を呑んだ。

 彼は無意識に手を伸ばし、目の前に降りてきた巨大な竜の鼻先(マズル)に触れた。

「綺麗だ。……まるでお前そのものだな」
 竜の瞳(おしん)が、嬉しそうに細められ、ゴロゴロと喉を鳴らした。

***
「ひ、ひぃぃぃぃッ!!」
「あ、悪魔だ!寺に悪魔が出たぞォォ!!」

 その巨大な影を目撃した村人たちが、松明を持って逃げ惑っていた。
 そして、その騒ぎを遠くから震えて見ていた男がいた。
 山吹屋の黒兵衛である。

「あ、あれは……!」
 黒兵衛は腰を抜かしていた。

「五山の野郎、失敗しやがったのか!あの巨大な化け物はなんだ!?まさか、俺が雇った『殺し屋』が、さらにヤバい手下を呼び寄せたのか!?」

 彼は完全に勘違いしていた。
 おしんの本来の姿を、「源蔵を殺しに来た新たな刺客」だと思い込んだのだ。

「か、関わりたくねぇ!俺は何も知らねぇぞ!」


***
 庭園の中心。
 銀竜は、その巨大な翼で源蔵を優しく包み込んだ。
 台風のように、空間が歪み、光の渦が生まれる。

「掴まっていてください、源蔵様。……次元を超えます!」
 おしんの声が脳裏に響く。

 源蔵はニヤリと笑い、愛刀の柄を握りしめた。

「ああ。連れて行け、どこへでも。……地獄の底だろうが、天の果てだろうが、俺がついててやる」

 ヒュンッ!!

 光の柱が天を突き抜け、二人の姿は完全に消滅した。
 後に残ったのは、焦げ付いた地面と、静まり返った夜の闇だけだった。


***
 翌朝。
 恐る恐る源蔵の長屋を訪れた黒兵衛は、そこがもぬけの殻になっているのを見て、安堵と同時に激怒した。

「に、逃げやがった……!」
 部屋には家財道具も何もない。

 黒兵衛は、自分のプライドを守るため、そしてこの恐怖を忘れ去るために、ある決断をした。

「おい、お前ら!よく聞け!」
 彼は手下の者たちに怒鳴り散らした。

「源蔵の奴は、借金に耐えられず夜逃げしやがった!剣の腕なんざ嘘っぱちだ!ただの腰抜けの詐欺師だったとな!」
「へ、へい!」
「あいつがいた痕跡は全て燃やせ!今後、源蔵の名を口にした奴は、この村から追い出すと思え!」

 こうして、黒兵衛の執拗な隠蔽工作により、「源蔵」という稀代の剣豪の記録は、歴史の闇に葬り去られた。

 公的な記録からも、村人の記憶からも、彼の存在は「卑怯な夜逃げ男」として抹消されたのだ。

 だが、真実は違う。
 男は逃げたのではない。
 愛する女と共に、誰も知らない「神話の戦場」へと旅立ったのだ。
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