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役者は揃った
ショスタコーヴィチ
しおりを挟む「あー、なんですかあなたたちは。ここは観光名所じゃありませんよ」
要塞のような門の前に立つ黒服の警備員が、タクシーの窓から顔を出したジークの巨体と、後部座席ですし詰めになっている一般家族の組み合わせを見て、怪訝な顔で顔をしかめた。
「い、いや、私たちはただ相乗りしただけで……」
威圧感に気圧された父親が慌てて弁解しようとした、その時だった。
「お待ちください」
重厚な門の奥から、凛とした声が響いた。
和装をピシッと着こなした初老の女性——天童家を取り仕切る美代が、静かな足取りで門前に姿を現す。
美代は黒服たちを軽く手で制すると、タクシーの中のジークを見据え、深く、そして極めて事務的に一礼した。
「理人様から伺っております。『妙な外人が来たら、おしん様のお客様なのでリビングにお通ししろ』と」
その身も蓋もない通達に、ジークは「はっ」と短く息を吐いて笑った。
「『妙な外人』とはご挨拶だな。まあ、間違っちゃいないが。……話が早くて助かるよ」
ジークはタクシーのドアを開け、窮屈そうに長い脚を折りたたんで外へ出た。
それだけで、周囲の空気が一段重くなるような錯覚を覚える。
美代がタクシーの中の両親と少女に視線を向ける。
「そちらの方々は……?」
「俺の親愛なるエスコートさ。ここで別れる」
ジークは開いたドアの前にしゃがみ込み、後部座席の少女と目線を合わせた。
「短い旅だったが、楽しかったぜ。レディたちも、道案内を感謝する」
「あらやだ、こちらこそ……」と頬を染める母親の横で、父親は「早く出してくれ!」と運転手に小声で急かしている。
ゆっくりと走り出すタクシー。
その後部座席の窓から、少女が身を乗り出して大きく手を振った。
「ジーク! 大きくなったら、結婚してねー!」
無邪気で、機内からは想像もつかないほど明るいその声が、閑静な住宅街に響き渡る。
ジークはポケットに手を突っ込んだまま、ニカッと笑って軽く片手を上げた。
タクシーが見えなくなるまで見送った後、ジークは振り返り、天童家の巨大な敷地を見上げた。
先ほどまでの「人の良い外国人」の顔は、もうそこにはない。
「……どうぞ、こちらへ」
美代の案内に従い、ジークは手入れの行き届いた日本庭園を抜け、豪奢な本邸へと足を踏み入れる。
重厚な両開きの扉。
美代が静かにそれを押し開くと、そこは天童家の広大なリビングだった。
イタリア製の最高級ホワイトレザー張りのソファに深く腰掛ける天童理人。
その傍らで、静かに目を閉じている白い和装の女、おしん。
部屋の隅で鋭い視線をジークに向けるシンジ。
そして、シンジのとなりでシンジの着物の裾を握り続けている綾。
モニターオーディオの巨大なスピーカーはショスタコーヴィチの交響曲第5番 第4楽章の旋律が部屋中に響いている。
役者は揃った。
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