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第1章 旅立ちの日 編
第 7-1 話 二日目の朝①
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篤樹はベッドで上半身を起こした。使い 慣れた掛け布団ではなく、少しゴワつく 薄いタオルケットのような布をめくり 辺りを見回す。見覚えの無い部屋だ。
ああ、そうか……俺はまだ「ここ」にいるんだ……
まるで保健室の 簡易ベッドのように、クッションの 効いていないベッドから足を下ろし、へりに 腰掛ける。角部屋の二面の壁にある窓から外の光が 射しこんでいた。
今何時だろう? 篤樹は部屋の中に時計が無いか見回すが見当たらない。
そうか……この村には時計が無いんだった……
とても眠ることなんか出来ないと思っていたが、どうやらいつの間にか深く眠っていたようだ……
―――・―――・―――・―――
昨夜は夕食に呼ばれ下に降りる前に、ルロエから服を借りて着替えさせてもらった。篤樹の学生服はエシャーの母エーミーが「可能な限り」 補修してくれると言って預かってくれた。
エシャーの家族と共に夕食を食べたあと、様々な話に花が咲いた。篤樹は知りうる限りの「自分の世界」のことを語り、「この世界」についてはルロエたちから聞かされた。お互いの「世界」に共通して存在しているものはすぐに理解しあえた。だが、全く想像も出来ない、もしかすると自分の世界には存在していないものについては、お互いの説明では到底理解し合えなかった。
大部分においては「言葉が通じる」ことに安心したが、様々なモノの単語が違う事で会話が噛み合わないことも多く、やはり文化の違いに困惑を覚えた。
特にここは「この世界」の中でもさらに「別の世界」と言えるルエルフの村だからなおさらだ。
一体何時間位そんな話を続けただろうか、とにかく会話を重ねる中で、篤樹は自分が置かれている状況を少しは整理することが出来た。
すでに分かってはいたが自分が「別の世界」にいるという事実。その「世界」にもまだまだ未知の 領域(ルロエ達が知らないだけなのかも知れないが……)が多くあり、世界がどのような姿なのかを、誰も完全には分かっていないといういうことを知った。
その世界には人間だけでなく、 獣族と呼ばれる人間と同じ知性のある動物たちや精霊族、妖精族、小人や巨人といった「人間と同じような姿のサイズ違いの種族」などが 混在しているらしい。
エルフ族は世界の何箇所かに分かれて暮らしているが、この村のような「エルフ族の亜種である『ルエルフ』の村」は他には無く、ルエルフ村は「別の時間の流れ」の中で存在している。
また、「サーガ」という得体の知れない「悪しき存在」が世界を 脅かしているということ……
話をしながら篤樹は卓也……ゲームオタク・アニメオタクの友人、相沢卓也のことを思い出していた。もっとアイツの話を聞いてりゃよかった……姉ちゃんのファンタジーな漫画もしっかり読んどけばよかった、と後悔しつつ、ルロエからの話を聞いた。
だからあんたは半オタなのよ!
姉弟喧嘩のときに姉から言われた一言を思い出す。あれはなんでだったかなぁ?……別に大したことじゃ無かったはずなのに、ついつい姉ちゃんが嫌がってるのが面白くって、意地悪でなんか言っちゃったんだよなぁ……ってか、俺、別に「オタク道」を 究めたいわけでもないのに「半オタ!」なんて言われる筋合いは無いんだけどなぁ……
だが篤樹のもっている「半オタ」知識でも、この世界は「あの」ゲームやアニメ・童話などで見聞きした生きもの達が「実在する世界」だと理解する。作り話、非現実的な空想の世界……
「現実世界ではなんの役にも立たない空想の世界」と馬鹿にしながら、でも、どこか興味をもって軽く触れたことのある程度の知識……今、自分がそんな世界に居るということが、どうしても素直に受け止められない。しかし、目の前にいる「エルフの特徴的な耳」を持つ親子3人を見ていると、受け入れざるを得ない現実なのだと思い知らされる。
「ところで 湖神様ってどんな方なんですか?」
真夜中になって(といっても正確な時間は分からなかったが)篤樹はルロエに 尋ねた。エシャーは母親の肩に寄りかかり、とっくに夢の中だ。
「湖神様かぁ……どんな方かと言われても、説明は難しいんだが……」
ルロエは温かな飲み物(たぶんコーヒー的な……)が入っている木製のコップを両手で持ち、コツコツと指で側面を叩きながら答える。
「湖神様は毎日、陽が1番高く上る時間に『 臨会の橋』の湖面においでになられる。1日に1回だけ1人の村人のお伺いに答えて下さるんだ。誰も橋に行かない日は湖神様もおいでにはなられない。湖神様にお伺いをたてに行く者は数年に1人いるかいないかだから、湖神様も数年に1度お出でになられるかどうかってくらいだね。それに、橋を渡れる者は 長から許可をもらった者に限る、という決まりも定められているから誰も勝手に橋を渡ることは出来ない。今回はすでに父……長からの許可を君は受けているから、明日は君だけがあの橋を渡ることが出来る。自分の目で確かめてくると良いよ」
「え? 僕だけ……えっと、誰か付いてきてくれないんですか?」
ルロエはキョトンとして、それから首を横に 振った。
「君1人だけだよ。当然じゃないか。君の行くべき道、君の知りたい情報をお伺いするのに、なぜ他の誰かがついて行く必要があるんだい?」
「いや……その……初めての事だし……ルールとかもよく分からないんで……」
「そうか……」
ルロエはコップを近くの台の上に置くと座り直し、両手を組んでジッと篤樹を見つめた後、静かに口を開いた。
「私は18の時に父と共にこの村へ来た……」
自分自身の経験を篤樹に伝えようと、ルロエはゆっくり噛み砕くように語る。
「昼間、父からも聞いたかも知れないが……母はルエルフの森の中で 木霊となった。私も母も、あるとき外界で大きな怪我をしてしまってね。父は死にそうな私たちを連れて外界からこの村に……というか、ルエルフの森に戻って来たんだ。森の定めによればどんな大怪我であっても、生きてさえいれば『生者のルー』があらゆる怪我や病を回復してくれるからね。だが……残念ながら、母は森に入る前に……息絶えてしまっていたそうだ」
篤樹は村の長……エシャーのおじいさんの話を思い出していた。結局、長もルロエさんも二度と外界へ戻ることが出来なくなった日の話を。
「私は父と共にこの村に入った……父は自分より30歳も若い昔の友人たちに懐かしそうに迎え入れられたが、私は違った。この村で生まれた者ではなく外界で生まれたのだから、誰からも『お帰り』とは言われないし、私にとってこの村は『突然投げ込まれた別の世界』だったんだ。だから、今の君の気持ちも少しは分かるつもりだよ……まあ、もちろん私の 傍には父がいたので全くの独りぼっちという気持ちではなかったが……とにかく、母が死んで木霊になってしまったことや、突然、見ず知らずの村に住むことになったことは、私にとって大きなショックだったんだ」
ルロエは台の上からコップを取ると一口飲み、両手で包み持ったまま話を続ける。
「誰にも相談することが出来ない苦しみ……父には何度も 悪態をついたよ……なぜこの村に入ってしまったんだ! どうしてルエルフの森になんか入ったんだ!……とね。頭では分かっていたはずなんだ…… 瀕死の重傷だった母と私を連れて、あの体で……ほら、父は小人族の血が 濃いだろ? あの小さな体で、 無駄に大きく育った私と、母を連れて森まで 辿り着くためにどれほど苦労したか……何としてでも私たちを助けたいって父の気持ちはちゃんと分かってはいたんだ。しかし……もう戻すことの出来ない『時の責任』を私は父に押し付け、父の判断が間違っていたのだと責め続ける日々だった……そんな時、先代の長、父の前の長から『湖神様にお伺いを立てろ』と言われたんだ。私は父への怒りを湖神様にぶつける気持ちになった。なんで私を外界に戻してくれないんだ、と。この村出身の父は別として、村の勝手なルールに私まで縛り付けて外界への道を閉ざすとは何事だ、とね」
篤樹は驚いた。今のルロエからは想像出来ない「怒りに満ちた感情」を若い日のルロエに感じたからだ。
「えっと……神様に文句を言ったんですか?」
ルロエは笑った。
「いやいや、意気込みだけだよ。若い日の私は『自分がなぜここにいるんだ、いなきゃいけないんだ』って、 理不尽な状況が不安で不安でしょうがなかったんだろうね。だからその思いを神様とやらにぶつけてやる、なんていきがって見せてたんだよ」
「お父さんにですか?」
「父だけではない。私を心配してくださっていた先代の長にもね。でもね、慌てふためいて『そんな 罰当たりな真似はやめろ!』とでも言われるかと思ったら『ではそのようにお伺いを立てるが良い』と言われてね。なんだか、変にいきがってる自分を『ああ、私は子どもだ……』って感じたよ。そうしたら……急に湖神様に会うってことが怖くなって来たんだ。1人であの橋を渡る事がね」
え? 怖かったんだ、ルロエさんも……
ああ、そうか……俺はまだ「ここ」にいるんだ……
まるで保健室の 簡易ベッドのように、クッションの 効いていないベッドから足を下ろし、へりに 腰掛ける。角部屋の二面の壁にある窓から外の光が 射しこんでいた。
今何時だろう? 篤樹は部屋の中に時計が無いか見回すが見当たらない。
そうか……この村には時計が無いんだった……
とても眠ることなんか出来ないと思っていたが、どうやらいつの間にか深く眠っていたようだ……
―――・―――・―――・―――
昨夜は夕食に呼ばれ下に降りる前に、ルロエから服を借りて着替えさせてもらった。篤樹の学生服はエシャーの母エーミーが「可能な限り」 補修してくれると言って預かってくれた。
エシャーの家族と共に夕食を食べたあと、様々な話に花が咲いた。篤樹は知りうる限りの「自分の世界」のことを語り、「この世界」についてはルロエたちから聞かされた。お互いの「世界」に共通して存在しているものはすぐに理解しあえた。だが、全く想像も出来ない、もしかすると自分の世界には存在していないものについては、お互いの説明では到底理解し合えなかった。
大部分においては「言葉が通じる」ことに安心したが、様々なモノの単語が違う事で会話が噛み合わないことも多く、やはり文化の違いに困惑を覚えた。
特にここは「この世界」の中でもさらに「別の世界」と言えるルエルフの村だからなおさらだ。
一体何時間位そんな話を続けただろうか、とにかく会話を重ねる中で、篤樹は自分が置かれている状況を少しは整理することが出来た。
すでに分かってはいたが自分が「別の世界」にいるという事実。その「世界」にもまだまだ未知の 領域(ルロエ達が知らないだけなのかも知れないが……)が多くあり、世界がどのような姿なのかを、誰も完全には分かっていないといういうことを知った。
その世界には人間だけでなく、 獣族と呼ばれる人間と同じ知性のある動物たちや精霊族、妖精族、小人や巨人といった「人間と同じような姿のサイズ違いの種族」などが 混在しているらしい。
エルフ族は世界の何箇所かに分かれて暮らしているが、この村のような「エルフ族の亜種である『ルエルフ』の村」は他には無く、ルエルフ村は「別の時間の流れ」の中で存在している。
また、「サーガ」という得体の知れない「悪しき存在」が世界を 脅かしているということ……
話をしながら篤樹は卓也……ゲームオタク・アニメオタクの友人、相沢卓也のことを思い出していた。もっとアイツの話を聞いてりゃよかった……姉ちゃんのファンタジーな漫画もしっかり読んどけばよかった、と後悔しつつ、ルロエからの話を聞いた。
だからあんたは半オタなのよ!
姉弟喧嘩のときに姉から言われた一言を思い出す。あれはなんでだったかなぁ?……別に大したことじゃ無かったはずなのに、ついつい姉ちゃんが嫌がってるのが面白くって、意地悪でなんか言っちゃったんだよなぁ……ってか、俺、別に「オタク道」を 究めたいわけでもないのに「半オタ!」なんて言われる筋合いは無いんだけどなぁ……
だが篤樹のもっている「半オタ」知識でも、この世界は「あの」ゲームやアニメ・童話などで見聞きした生きもの達が「実在する世界」だと理解する。作り話、非現実的な空想の世界……
「現実世界ではなんの役にも立たない空想の世界」と馬鹿にしながら、でも、どこか興味をもって軽く触れたことのある程度の知識……今、自分がそんな世界に居るということが、どうしても素直に受け止められない。しかし、目の前にいる「エルフの特徴的な耳」を持つ親子3人を見ていると、受け入れざるを得ない現実なのだと思い知らされる。
「ところで 湖神様ってどんな方なんですか?」
真夜中になって(といっても正確な時間は分からなかったが)篤樹はルロエに 尋ねた。エシャーは母親の肩に寄りかかり、とっくに夢の中だ。
「湖神様かぁ……どんな方かと言われても、説明は難しいんだが……」
ルロエは温かな飲み物(たぶんコーヒー的な……)が入っている木製のコップを両手で持ち、コツコツと指で側面を叩きながら答える。
「湖神様は毎日、陽が1番高く上る時間に『 臨会の橋』の湖面においでになられる。1日に1回だけ1人の村人のお伺いに答えて下さるんだ。誰も橋に行かない日は湖神様もおいでにはなられない。湖神様にお伺いをたてに行く者は数年に1人いるかいないかだから、湖神様も数年に1度お出でになられるかどうかってくらいだね。それに、橋を渡れる者は 長から許可をもらった者に限る、という決まりも定められているから誰も勝手に橋を渡ることは出来ない。今回はすでに父……長からの許可を君は受けているから、明日は君だけがあの橋を渡ることが出来る。自分の目で確かめてくると良いよ」
「え? 僕だけ……えっと、誰か付いてきてくれないんですか?」
ルロエはキョトンとして、それから首を横に 振った。
「君1人だけだよ。当然じゃないか。君の行くべき道、君の知りたい情報をお伺いするのに、なぜ他の誰かがついて行く必要があるんだい?」
「いや……その……初めての事だし……ルールとかもよく分からないんで……」
「そうか……」
ルロエはコップを近くの台の上に置くと座り直し、両手を組んでジッと篤樹を見つめた後、静かに口を開いた。
「私は18の時に父と共にこの村へ来た……」
自分自身の経験を篤樹に伝えようと、ルロエはゆっくり噛み砕くように語る。
「昼間、父からも聞いたかも知れないが……母はルエルフの森の中で 木霊となった。私も母も、あるとき外界で大きな怪我をしてしまってね。父は死にそうな私たちを連れて外界からこの村に……というか、ルエルフの森に戻って来たんだ。森の定めによればどんな大怪我であっても、生きてさえいれば『生者のルー』があらゆる怪我や病を回復してくれるからね。だが……残念ながら、母は森に入る前に……息絶えてしまっていたそうだ」
篤樹は村の長……エシャーのおじいさんの話を思い出していた。結局、長もルロエさんも二度と外界へ戻ることが出来なくなった日の話を。
「私は父と共にこの村に入った……父は自分より30歳も若い昔の友人たちに懐かしそうに迎え入れられたが、私は違った。この村で生まれた者ではなく外界で生まれたのだから、誰からも『お帰り』とは言われないし、私にとってこの村は『突然投げ込まれた別の世界』だったんだ。だから、今の君の気持ちも少しは分かるつもりだよ……まあ、もちろん私の 傍には父がいたので全くの独りぼっちという気持ちではなかったが……とにかく、母が死んで木霊になってしまったことや、突然、見ず知らずの村に住むことになったことは、私にとって大きなショックだったんだ」
ルロエは台の上からコップを取ると一口飲み、両手で包み持ったまま話を続ける。
「誰にも相談することが出来ない苦しみ……父には何度も 悪態をついたよ……なぜこの村に入ってしまったんだ! どうしてルエルフの森になんか入ったんだ!……とね。頭では分かっていたはずなんだ…… 瀕死の重傷だった母と私を連れて、あの体で……ほら、父は小人族の血が 濃いだろ? あの小さな体で、 無駄に大きく育った私と、母を連れて森まで 辿り着くためにどれほど苦労したか……何としてでも私たちを助けたいって父の気持ちはちゃんと分かってはいたんだ。しかし……もう戻すことの出来ない『時の責任』を私は父に押し付け、父の判断が間違っていたのだと責め続ける日々だった……そんな時、先代の長、父の前の長から『湖神様にお伺いを立てろ』と言われたんだ。私は父への怒りを湖神様にぶつける気持ちになった。なんで私を外界に戻してくれないんだ、と。この村出身の父は別として、村の勝手なルールに私まで縛り付けて外界への道を閉ざすとは何事だ、とね」
篤樹は驚いた。今のルロエからは想像出来ない「怒りに満ちた感情」を若い日のルロエに感じたからだ。
「えっと……神様に文句を言ったんですか?」
ルロエは笑った。
「いやいや、意気込みだけだよ。若い日の私は『自分がなぜここにいるんだ、いなきゃいけないんだ』って、 理不尽な状況が不安で不安でしょうがなかったんだろうね。だからその思いを神様とやらにぶつけてやる、なんていきがって見せてたんだよ」
「お父さんにですか?」
「父だけではない。私を心配してくださっていた先代の長にもね。でもね、慌てふためいて『そんな 罰当たりな真似はやめろ!』とでも言われるかと思ったら『ではそのようにお伺いを立てるが良い』と言われてね。なんだか、変にいきがってる自分を『ああ、私は子どもだ……』って感じたよ。そうしたら……急に湖神様に会うってことが怖くなって来たんだ。1人であの橋を渡る事がね」
え? 怖かったんだ、ルロエさんも……
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