転生ババァは見過ごせない! 元悪徳女帝の二周目ライフ

ナカノムラアヤスケ

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第7章

第三十五話 烈火

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 元より、虚鋼うつろがねはラウラリスにとって苦肉の選択。ただでさえ枯渇した体力を押しての枷外し。けれども、実力の届かぬ圧倒的強者を前にジリジリと削り潰されるのであれば、残った体力を総動員し短時間の全身全霊に賭けた方が圧倒的に分があると判断したのだ。

 ともすれば、次の瞬間には身体中の肉や骨が内側から引き千切れ砕け散りかねないか細い綱渡を、半生近くを戦い続けた皇帝の記憶が辛うじて繋ぎ止める。薄氷の上を全力で走り抜けるが如く、ラウラリスの剣筋が幾多にも重なっていく。

「ぬぅゥッ!?」

 ヂリンッ。

 ついに長剣の切先がアイゼンの鎧に傷を穿つ。防具の表面を削るに至っただけだが、堅牢を誇っていた剣筋を突破され、騎士の心に小さな動揺を及ぼすには十分すぎる傷だ。

 対してラウラリスは無傷。服の裾が僅かに裂かれている以外は、かすり傷ひとつも受けていない。その事実が、アイゼンはより一層の重圧プレッシャーを受ける。

 詮索は辞めたとして、ラウラリスが非常に大きな代償リスクを背負っているのは分かり切っている。この状況が長続きするわけでもない。放っておけばいずれは彼女は自滅するのだと。

 そこでアイゼンは大きな選択を迫られる。

 この状況を耐え忍べばアイゼンの勝ちは確定する。

 けれども、果たしてこの・・ラウラリスの猛攻を凌ぎ切れるのか。

 この刹那の間においては、もはや疑いようもなく。ラウラリスはアイゼンを上回っていた。そんな彼女の攻撃を果たしてどれだけ受け続ければ良いのか。

 この極限下の中にあって、選べる手札の数が時に大きな失態を招く。

「迷ったな、アイゼン」
「──ッ、貴殿ハッ!?」

 いつの間にかラウラリスの目は正気を取り戻していた。否、アイゼンの『迷い』を感じ取った肉体が『正気を取り戻す』という選択を、反射的に選んでいた。

 アイゼンは己が選ぶべき選択に惑い、それはそのまま剣筋の惑いに繋がった。

 少女の魂に蓄積した歴戦の経験が、それを体現する躰がその隙を見逃さなかった。数多の選択肢を内包しながらも、たった一つの最善を余さずに掴み取る。

悪逆皇帝ラウラリス』の最速最適の剣筋を迎え撃とうと、アイゼンは思考の及ばぬ反射で剣を振り抜いていた。しかし、我に帰った『少女ラウラリス』の動きは、最速最適それに追いつかない。結果として騎士の刃が切り裂いたのは、彼の脳裏に刻み込まれた『悪逆皇帝ラウラリス』の幻影に過ぎなかった。

「ここだっっ!!」

 数多の剣戟の果てに生じた隙間に、ラウラリスの一閃が翻る。渾身の力で振るわれた刃は見事、完全無欠であった騎士の兜を捉えていた。 

 形良い兜はひしゃげ、正面部分が大きく裂ける。刃が内部にまで届いた手応えはあるが、致命傷には至らない。 

 ラウラリスにとっても大きな賭けではあった、それでも分が悪くない博打であった。アイゼンの技量をどうにかギリギリ上回り、肉体が完全に削り切れる前に有効の一撃を入れられると踏んでいた。

「あと一手っ」

 歯を噛み締めながら、ラウラリスは踏み出す。この千載一遇の好機を逃しては本当に後先が潰える。長剣を振るう力はもはや一撃程度。それ以上は剣を手放すより他なく、残りの体力は逃亡に費やさなければならないのだ。

 一欠片の焦りはありつつも、ラウラリスの芯はブレない。

 全身連帯駆動で、最も重要なのは全身を余さず扱い切る技量。けれどもその根幹にあるのは、己が培ってきた研鑽への絶対的な信頼。悪逆皇帝という大役をやり切った自分自身を、ラウラリスは全力で信じていた。たとえ一瞬の迷いが生じようとも、この躰は必ずや本懐を遂げると。

「ここまでカ……」

 頭部に受けた衝撃から即座には立ち直れず、アイゼンは呻く。

 出会い方が違えば、立場が違えばきっと良き友人になれたかもしれない。肩を並べる戦友になれたかもしれない。しかし、そんな未練を全て押し除けるラウラリスの太刀筋に澱みはない。今度こそ、纏う鎧ごと叩き切る。

「申し訳ございませン、セディア様」

 主人への懺悔を述べるアイゼン──その割れた兜の隙間を除いた瞬間、ラウラリスの躰が停止した。思考よりも早くに躰が、その心奥にある魂までもが、凍りついた。

「お前……お前……はっ……」

 ただでさえ早鐘を打っていた心臓の鼓動が、どうしようもなく強くラウラリスの耳朶に響く。血の駆け巡りに反して指先が冷たくなる感覚は、体力の低下だけが理由だけではない。

 理解の及ばぬ事態に直面した時、人とはどうしようもなく狼狽える。

 幾千幾万の修羅場を潜り抜けた経験を遥かに超越する驚愕が、ラウラリスの四肢を支配し動きを止めていた。

「馬鹿な……あり得るはずがないっ、どうしてお前がっ」
「あア、なるほド。どうやら貴殿ハ、『この顔』に心当たりがあるようだ」

 まるで少女のように震えた声を喉奥から絞り出すラウラリスを前に、衝撃から立ち直ったアイゼンは裂かれた歪んだ兜を掴むと脱ぎ、放り投げた。

 ガランと音を立てていよいよあらわになった顔からは、ラウラリスの斬撃によって傷が穿たれ、血が流れ出ていた。

 ラウラリスの呼吸が止まった。

「しかし妙ダ」

 少女の動揺を前にして、彼女が知る顔が眉を潜める。

「この身は三百年前、かの『悪逆皇帝に仕えていた戦士のもの』であるト、セディア様より受け賜っているのだガ。その顔ヲ、どうして貴殿が知っているのダ?」

 ラウラリスの奥深くに刻まれた記憶にある顔が、ラウラリスに疑問を投げかける。

 烈火のグランバルド──かつて悪逆皇帝に仕えた四天魔将の一人。その忠義の果て、勇者によって討たれた腹心が、少女の前に姿を晒していた。
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