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第6章
第二十五話 不敬なババァ
しおりを挟む普段のラウラリスであれば、己の考えであろうとも必要であれば出し惜しみはしない。確信があれば特にだ。こうも注意深く前置きをするのは、おいそれと口に出せる内容ではないと考えているからだ。
「商会が絡んだ事件を覚えてるかい。あんたらと一緒に亡国の拠点を襲撃したやつだ」
「最後に『竜』が出てきた件だな。覚えているとも」
ラウラリスはケインに誘われて、危険種を飼い慣らしてる亡国の拠点に踏み込んだ。奥に居座っていた幹部は、危険種の中でもこと更に危険度が高い『竜』を従えていた。もっとも、人の制御が及ぶように調教されていたがゆえに、危険種としての本能は抑え込まれており、倒すのはさほど苦でもなかった。
ただ、曲がりなりにも竜を調教していた情報はケインらも把握しておらず、ラウラリスが作戦に参加していなければ、幹部を取り逃していた可能性は高かったであろう。
「問題なのは、危険種の調教ってのには金が掛かるわけよ。これに限った話じゃぁないが」
亡国の幹部達はそれそれが様々な面目で研究や特殊な訓練体制を行なっているのだが、これらのために山ほどの設備やら資材やらが必要になってくる。
「前々から思っちゃいたが、無法の犯罪組織にしちゃ懐具合が潤沢すぎる」
「亡国の資金源については長年の謎だ。機関の方でも追い続けているが把握しきれていない。繋がりを持つ様々な組織からの供給があるのは間違いないが」
機関にある資料でもその辺りには記述があった。
亡国の裏社会における影響力や人員を担保に、援助を行っている犯罪組織はある。だとしても、亡国がこれまで行ってきた活動に求められる資金を賄うには足りない計算になる。
「ってことは、犯罪組織以外に亡国に資金を流してる『不届きもの』がいるって考えるのが自然だ。何の捻りもなく導き出せば、最初に行った貴族か商人買って話になるが」
「獣殺しの刃にも伝えていない内容とやらは、その後援が何者かというものか」
「お前にはおおよその検討が付いているようだな」
「確固たる証拠はなく、状況証拠から考察した私の経験則。ついでに、具体的な個人は流石に分からんが──」
「構わん。続けてくれ」
ここに至って言い淀むラウラリスに、ケインが促す。
彼の意思を確認すると、ラウラリスはついに先を口にする。
「私は盟主かそれに類する人間が、王都で大きな権力を持てるレベルの大貴族が絡んでると見てる。もしかすりゃぁ内政の中枢に関わるくらいの大物。あるいはそいつらに口利きができるくらいのどでかい商人だ」
「これはまた……随分と大きく出たな。下手をすれば聞かれただけで処罰ものだ」
「獣殺しが言えた義理かい。表に出れば不敬罪どころではない事を山ほどしてきただろうに」
大それた事を喋った自覚があるラウラリスであったが、ケインの反応は意外なほどに冷静であった。もう少し動揺するか、逆に嘲笑するかのどちらかだと思っていたが、口ぶりとは裏腹にケインは落ち着いている。
「……まさか、あんたも心当たりがあったのかい?」
「俺ではないがな。非常に残念ではあるが、総長も似たような事を考えているだろう。以前に聞かされた事がある。あの時は単なる冗談だと考えていたが──」
「そりゃぁ御愁傷様だ……いや本当に」
シドウと同じ結論に至った事が若干だけ癪だが、談で済まされる話ではない。国の内と外にいる人間の意見が合致してしまったのだ。これではいよいよ信憑性が出てきてしまう。
「ただ、俺には分からん。お前や総長がどうしてそのような結論に至れた。どんな証拠があってそこに辿り着いたんだ。俺も長い間亡国を追っては来ているが、大貴族やそれに匹敵する商人が関わっているという証拠は一つたりとも出てきた試しがない」
「ケイン。証拠がないことが証明になることだってありえちまうのさ」
誰にも全く悟られず、無力な宗教団体を『亡国を憂える者』に変貌させ、以降も姿を見せず資金提供を続けられる者。獣殺しの刃が長年追い続けているにも拘らず、未だ全容の見えない盟主。
「これらの条件を余すことなく満たす人間──果たしてこの国にどれだけいるんだろうね?」
「それは──」
可能性を一つ一つ潰していき、最後に残ったものがどれほどに滑稽であろうとも真実になり得る。
機関の捜索網から逃れているのは、捜索の網目を掻い潜っているからに他ならない。言い換えれば、どう立ち回れば姿形を隠せるかを知っているのだ。ただ高貴というだけでは済まされない。国の中枢に食い込み、獣殺しの刃について知り得ている人間でなければ不可能だ。
ケインはラウラリスの言葉を否定できなかった。裏を返せば心の内では彼女の論を肯定しているのと同然であった。
ここまできて、ラウラリスは指を立てる。
「もう一つ懸念がある」
「まだあるのか……」
絶望感すら抱き始めるケインであったが、ここまでくれば聞かない選択肢はない。嘆きを一旦隅に追いやり、ラウラリスのさらなる懸念とやらに耳を傾ける。
「話はちょいと戻る。こいつも危険種を扱ってた幹部の話なんだが、果たしてあの幹部はどこで『竜』を確保したのか」
……少なくとも、外部の人間であるには違いないだろう。それほどの実力者が亡国にいるという情報は無い」
「一応、あの後調べたんだよ。私が仕留めた竜ってのが、本来はどのくらいヤバいやつだったのか」
似たような危険種を帝国時代に仕留めはしたが、皇帝になってまもない頃だったはず。精神的な年齢を加味して計算しても随分と昔のことになる。記憶力に自身はあれど絶対とは言えず、ラウラリスは改めて調べたのだ。
「ありゃぁ調教されたせいで銀級でも仕留められる程度に格落ちしてたが、本来であれば金級が出張ってくるほどにやばい個体だった」
「こちらでも把握していた。だが──」
「討伐するだけでも金級が必要になってくるんだ。こいつが『捕獲』ってなると厄介度はもう一段上がるはず」
ケインの記憶にある限りでは、自分たちの前に立ち塞がった竜は、人で言うところの五体満足。特に目立った肉体の欠損は見受けられなかった。無力化した時点で無傷ないし、回復可能な傷に留めていたということになる。
それを可能にするということは││
「金級に匹敵する実力者を数名以上容しているか」
「金級を超えた傑物──金剛級に比肩しうる達人がいるかのどちらかだ」
ラウラリスの淡々とした声に、ゾワリとケインの背筋が震えた。認めたくはないが、恐怖や畏れに近しい感情が込み上げる。金剛級がどれほどの実力を秘めているか、シドウの弟子であるケインは身に染みて味わっているのだ。実感が湧くのも無理はなかった。
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