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第7章
第二十三話 遥かな頂に、醜くも手を伸ばして──あと釈放されるババァたち
しおりを挟む王子の年頃であれば、まさしく異性に興味を持ち始めるのは不思議ではない──はずだ。残念ながらケインは一般のご家庭とは別物の環境で育っているので実体験は薄いが、一般常識としては学んでいる。
だが、よりにもよってどうしてあの女に──と、自分もラウラリスのことを考えていた件については無意識に棚上げしつつ、ケインは軽く嘆いていた。
とはいえ、アベルからしてみれば、己の意思に関係なく誰もが傅く境遇でありながら、全くそれを意識せずにアベルをただの少年として扱う年上の女性に憧れを抱くのも自然であっただろう。そこに強さが加われば憧れは一層に深まるというものだ。
「……自分は以前に、彼女と仕事を一緒にした程度です。屯所にいた他の者達よりも慣れている様に見えたのは、少しだけその時間が長かっただけでしょう。それ以上でもそれ以下でもありません」
嘘は一つもないはずなのに、自分で口にしてこれほど白々しい台詞もないのではとケインも思わずにはいられなかった。なにせ、それを聞いたアベルが物凄く疑わしげな視線を向けてきているからだ。よりにもよって王子からその様な眼差しを向けられる日が来ようとは。
「はぁ……そうですか。なるほど」
と、アベルは食い下がることもなく、あっさりと頷いた。
意外な反応にケインが小さく眉を吊り上げる中で、アベルはさらに続ける。
「ご存知かとは思いますが、僕がラウラリスさんと知り合ったのは最近になってからです」
「ええ。剣の指南を受けておられるとか」
その指南の弊害で、王子の脱走技術が培われてしまっているのだがそれを指摘するほどケインも野暮ではない。少年の言葉を黙って待つ。
「僕の様な未熟者が語るのも烏滸がましいかもしれませんが、自分の成長を実感する都度に、ラウラリスさんがどれほどの高みに立っているかを思い知らされます」
「……その気持ちは、多少なりともわかるつもりです」
ケインにとっての師匠は、獣殺しの刃を率いる総長にして、機関最強の戦士であるシドウだ。彼並ぶほどの剣士に出会ったことがなかったケインにとっては、まさしく唯一無二の追うべき背中であった。
だがある日突然現れたのが、ラウラリスだ。
「一介の剣士として、あの女の剣を前にすると、己の至らなさを突きつけられる気持ちです」
目標を追うことにそれまで惑いを抱かなかったケインであったが、あの少女と出会いその振るう剣を目にした時から、彼の中には多くの苦悩が生まれた。
「自身の弱さとも向き合えた時、自分はまた強くなれるのだと感じます。あの女が切っ掛けというのが、いささか腹立たしい事ではありますが」
苦悩の中で踠き、己なりの答えを導き出そうと日々悩み続けたことにより、ケインはかつてよりも大きな成長を果たしていた。
きっと自分だけではない。
ラウラリスと向き合い言葉を重ね、そして刃を交えた者は誰しもが同じだ。見ることすら叶わない遥かな頂を目の前にして己の矮小さを知り、それでもなお諦めず醜く足掻きながら頂を目指して手を伸ばす。
果たしてその頂──見果てぬ孤高に一人で立つ少女がどの様な顔を浮かべているのか。
「……どうしてこの様な話を自分に?」
「僕よりも長くラウラリスさんと知り合っている人が、あの高みを前にしてどう考えているのかちょっと知りたくなりまして。もしかしたらこれから僕自身も向き合うことになるかもしれませんし」
そしてこの少年もまた、遥かな頂の麓に立つというわけだ。どこまでも罪作りな女だと、ケインは内心で嘆息するしかない。
「──あっ、決してケインさんが弱く見えたとかそんなわけではなくてですね、僕みたいな素人に毛が生えた様な若造と比べればケインさんなんて雲の上みたいな実力者でしょうし」
聞こえ方によってはかなり失礼な物言いではあるかもしれないが、アベルの慌てぶりを見れば不機嫌になる余地もない。むしろ微笑ましく感じられる。『雲の上』という言い回しはむしろ自分がアベルに向けるべきなのに、と。
慌てふためくアベルから視線を外し、ケインは口元を綻ばせながら夕が差し始めた空を仰ぐ。
目を閉じれば、一刀で幾千の刃を解き放った、少女の姿が瞼の裏に克明と焼きついている。気がつけばあの背中を、剣士としてではなく一人の人間としても追っている自分がいる。
「本当に……困った女だよ、お前は」
「誰が『困った女』だよ、ったく。好き勝手にいうじゃないか」
顔を正面に戻せば、屯所から出てくるラウラリスたちの姿があった。面倒な手続きが全て完了し、無事に釈放されたのだ。
「あっ、ラウラリスさん! お疲れ様です」
「まだいたのかあんたら。さっさと帰っても構いやしなかったのに」
駆け寄ってくるアベルの頭をポンと叩くラウラリス。彼女の背後ではヘクトがグッと背伸びをし、アイルは気疲れで肩を落としていた。
口端の緩みを引き締めたケインが、いつもの憮然顔でラウラリスに言葉を向ける。
「お前が『困らせている』と自覚している様で何よりだ」
「別に困らせるつもりで動いちゃいないよ。……なんか気がついたらそうなってただけだ」
「子供の言い訳でも、もうちょっとマシな言い回しがあるだろ」
「お説教はもう勘弁しとくれ。流石にこれ以上は堪らんよ」
まるで兄妹の様なラウラリスとケインのやり取りに、ヘクトとアイルはやれやれと顔を見合わせながら肩を竦める
そして、アベルはちょっとだけムッとした表情を浮かべ。
「……ケインさん」
「む、何か」
「僕……負けませんから!」
決意を新たにしたアベルの宣言に、ケインは「しまった!?」と己の迂闊さを呪い、当事者の一人であるはずのラウラリスは何のことかと首を傾げる。
「……なんか私たち、すごいものを見せられてるのかも」
「どちらかというと犬も食わない話じゃないかな」
外野の二人のぼやきは夜の賑わいを始めた街の雑踏に紛れて、ラウラリスたちの耳に届くことはなかった。
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