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第7章
第二十八話 『疲労』を感じるババァ
しおりを挟む「これは本当に厄介だな」
最初から四回目の強襲を経て、ラウラリスは頬を伝う汗を拭った。弓矢による狙撃も同程度の回数行われており、ヒヤリとする場面も幾度か遭遇していた。
襲いくる甲冑の戦士たちは、一人一人が相当な手練。しかもそれらが命を捨てる覚悟を持って剣を振るってくる。『亡国の刺客』も似たような形で挑んできたが、はっきり言って『格』が違う。一人と切り結ぶ度に、着実にラウラリスの心身を削ってきている。
幸いというか不思議なのは、甲冑たちは一般人を巻き込むような真似をしない事であろう。
ラウラリスとしても『堅気』の人間に害が及ぶのは心苦しいため、ありがたいといえばありがたい。やはり亡国とは別口であるのは確かのようだ。もし亡国であれば被害の拡大かなど気にせずにラウラリスを討ち取ろうと暴れ回っていただろう。
だからといって、では人混みの中に紛れて姿を眩ませるという手法は取れない。
これらはあくまでもラウラリスの所感であり、『敵』の正体は依然として不明のまま。ラウラリスを討ち取るのが目標であるには代わりないが、そこに至るまでどこまで被害を許容できるかは敵の溝知る限りだ。痺れを切らした挙句方針を変更し、一般人の被害も度外視するようになってはラウラリスも堪らない。
「ラァァッッ!」
「くっ────……」
そして今まさに切り捨てたのが数えて六人目。下段からの斬り払いで倒すが、拍子に甲冑の兜が吹き飛び顔が顕になる。現在のラウラリスと歳もさほど変わらない女性だった。
その若さで至れるには、優れた才と恵まれた師が必要だったであろう。鍛錬に明け暮れ積み重ねた日々があったはずだ。そんな彼女が、今は血を流し亡骸を晒している。光を失った目が虚空を見据える。果たして胸の奥にはどのような感情が宿っていたのか。
どれだけに輝かしい道を歩み、優秀な能力を有していたところで、死してしまえばそれまでだ。歩みは止まり道は途切れる。抱いていた指名も役目も思いも、そこで絶たれる。
三百年前には、どこにでもありふれた光景だ。
「こんなことで、懐かしさを覚えるのも嫌なものだ」
ラウラリスは高まった熱気を吐き出しながら、己が経てきた『戦場』に想いを馳せる。
背中に這い寄るのは、当世では久しく覚えのなかった、けれども前世においてはたびたびに味わった危機感。
すぐ隣に『死』がある、独特の気配だ。
「あるいは平和ボケか。……悪いことでは、ないんだろうが」
先代から簒奪し、皇帝となってからのラウラリスは常勝無敗には違いなかった。けれどもそれはあくまでも彼女個人での戦いに他ならない。関わった全ての戦いを完璧に勝利していた──という意味ではない。
特に、一国同士の戦場においては時折に敗走の憂き目に遭うこともあった。
今の頃より戦乱が遥かに多い時代であるとは、それだけに人間同士の切磋琢磨が激しかったことを意味する。いかに効率よく敵軍を排除するか、いかに無駄なく相手を無力化し殺していくか。そうした戦場の『技』がいくつも生まれては消滅するのを繰り返していった。
数千もの帝国軍兵士の壁を切り伏せ、女帝の前に現れる在野の猛者も現れた。その中には皇帝ラウラリスの喉を唸らせるほどの卓越した戦士も確かにいたのだ。名も知れぬ強者を前に武人としての心は滾るが、それ以上に一軍一国を預かる者としてのし掛かる重圧も並大抵のものではなかった。
敵軍の策中にまんまとはまり込み、身辺兵と逸れて孤立無援の中で三日三晩、戦い通したこともある。あの時ばかりはラウラリスも冷たい死が足先から這い登ってくるを感じたほどだ。どうにか包囲網を力づくで突破し再編中の自軍と合流し、最終的には巻き返しに成功したが、これもやはり完全勝利とは程遠いものであった。
四天魔将が現れ、ラウラリスが最前線から一歩離れてからは戦場に赴く回数が減ったものの、勇者が現れるまでも危機に陥ったことはあるのだ。
女帝ラウラリスが生み出した『全身連帯駆動』は最強完璧の身体術であるかもしれない。だからと言ってそれを扱うラウラリスが完璧であり続けるのは難しい。疲労を最小限に留めていたところで体力の消耗は確実に起こり、また精神も時を置くごとにすり減っていき、肉体を操る精度は失われていく。
全盛期にはまだ至っていない少女ラウラリスであれば尚更だ。今の状況は、かつての孤立無援がラウラリスの脳裏に去来するには十分な窮地であった。
「こういう時ばかりは、得物に長剣を選んだのを後悔しそうになる」
新たに襲撃者を斬り捨てたラウラリスが、ズシリと重さが伸し掛かる長剣の柄を握り直しながらボヤく。
転生を果たしてから無二の相棒として、これまで少女と共に戦いを潜り抜けてきた愛剣。戦乱からは程遠く、戦を駆ける戦士たちを支えた武具鍛治の技術も多くが失伝しただろうに。全盛期には至っていないとはいえ、ラウラリスが存分に振るっても曲がらず折れずそれでいて切れ味を損なわない剣と巡り会えたのは幸運であった。
ただ、ラウラリスは前世から長剣を好んで使っているが、それは彼女の得意とする得物という意味ではない。単純に間合いの広さと一撃の重さを考慮した上で、戦場では扱いやすかったというのが主に使っていた理由だ。極端な話、身体術を極めていた彼女は得物を選ばない。
ただそれは、ラウラリスが万全であった場合だ。
平時では小枝を振るうが如くに自在に操れる長剣が、徐々に重苦しいと感じるほどに今の彼女は疲労が積み重なっている。元々の重量があるだけあってより顕著だ。今は経験と技術でどうにかやりくりしているが、このまま消耗が続けばいずれは支障を来たすであろう。
こうなってくると、ラウラリスが襲撃者たちを全滅させるか、襲撃者たちがラウラリスを削り切るのか、といった問題になってくる。この消耗線、果たしてどちらに趨勢が勝たむているのか、相手の全容を把握しきれていないラウラリスには計りかねていた。
一つだけラウラリスも確信があった。
いずれ明かされるであろう事実は、間違いなくラウラリスにとって認め難いものであろうということだ。そしてそれを受け止める覚悟がなければ、きっと先には進めないと。
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