甘い関係

如月 永

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1.始まり

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   ◇◇◇

無類の甘い物好きの僕。
男なのにと言われて我慢していた時期もあって、その反動で県外の大学に進学したのを機に一人暮らしをしてから爆発した。
週に2~3回、近所のケーキ屋のケーキを食べている。
夕食の代わりにケーキ。なんていうのもざらにある。
そんな僕だから、当然のことながら体重が10kgくらい増えた。
そのせいで実家に帰省したら、姉にさんざんデブだとからかわれてこてんぱんにヘコんだ。
背が高くないから10kgって結構見た目が変わる。
幸いなのか服はゆったり系ばかりだったからギリギリ買い替えなくて済んでいた。流石にウエストがきつくてズボンは買ったけれど。
だからケーキ屋断ちすると一大決心をして早三ヶ月。
それなのにもうそろそろ限界だったりする。
甘い物が食べたい!
ううん。クリームたっぷりなケーキが食べたい!
禁断症状を紛らわすためにちまちま食べているドライフルーツなんかじゃなくて、ケーキが食べたい!
そう心で叫びながらウォーキングがてらやってきた公園のベンチで休憩をしていた俺はうなだれていた。
「あれ?君……」
「あ……店長さん」
「ああ、やっぱり!」
それは例のケーキ屋の店長さんだった。
パティシエなんだけど小さなお店だから、たまにレジ打ちもしているイケメン店長さん。
タイミング最悪だ。
あぁ余計ケーキが食べたくなる。なんでこんなタイミングで会うかなぁ……。
そんな俺の気も知らず、店長は世間話程度の軽さで話しかけてきた。
「今日は学校もバイトもお休み?」
「はい。ちょっとウォーキングしてて、ついでに寄っただけです」
「そうだったんだ。こんなところで会えるとは思わなかったよ」
隣いいかな?と聞かれたのでどうぞと答えた。
「お店は休みじゃないですよね?
「パートの人もいるからね。ちょっと気分転換の散歩かな」
いつものレジのお姉さん。
子持ちの主婦で夕方には帰ってしまう事も多いけど、優しい感じの人だ。確かお子さん、中学生になった言ってたっけ。
僕が常連過ぎて、お客さんがいない時は雑談とかしてた。
ケーキを買う資金を稼ぐためと言っても過言じゃないバイトを終えた帰りに行くと、閉店近くになってしまうので、ほぼ確実に店長が店番をしていて、雑談するほどではないけれど、聞かなくてもその日のオススメを教えてくれた。
無口そうなのに、自分の作ったケーキについては余程自信があるのか饒舌なのだ。
週替わりのケーキなんて、僕の好みにばっちりハマってて、僕はその日何があるのか楽しみにして通っていた。
この人の作るお菓子美味しいんだよなぁ。
ケーキが脳裏にちらつく。
いかんいかん。今はまだダメだ。
やっと体重も少しだけ減ってきたんだから。
ふわりと甘く濃厚な香りと爽やかな柑橘系の香りが鼻腔を刺激した。
匂いだけで美味しそうとか何なのさ!
「あのっ、すみません!僕、用を思い出したので!」
店長の顔を見ていたら誘惑に負けてしまいそうで、僕は振り返らずに駆け出した。

   ◇◇◇

一週間後。
ウォーキングではあまり効果が出ないような気がしてランニングに変更したが、運動不足の僕はあまり距離が走れなかった。
ゼーハーしながら公園のベンチに座る。
元の体重に戻ったら、あの店のケーキ食べるんだ!
そしてまた太って、ダイエットするのかと思ったらズンと気分が重くなった。
うなだれていると、足元が陰った。
顔を上げると、そこには店長がいた。
どうして俺がケーキのこと考えると来るんですか?何かの試練ですか?!
「また会ったね」
「奇遇ですね。またお散歩ですか?」
「まぁそんなところかな」
店長はまた隣に腰掛けるのかと行動を待っていたが、僕に紙箱を差し出す。
「これ良かったら。試作品なんだ」
お店のロゴの入った箱だ。
喉から手が出るほど食べたいが、ダメだダメだ。
「それ、どこかへ届ける物なんじゃないんですか?」
「違う。君がいるかもと思って持って来たんだ」
「え?!なんで?」
ハテナマークが飛び交う。
しばらく常連だったけれど、試作品を食べてほしいなんて言われたのは初めてだ。
やっぱり試練だ。誘惑だ。ううん、幻かもしれない。
店長に顔を向ければ、イケメン顔に元気がなかった。
店長が言いにくそうに口を開く。
「店に来なくなったから。もしかしてケーキが嫌いになった?」
「違います!店長さんのケーキは大好きです!」
「それならば、君に、味見してほしいんだ。出来れば感想聞かせてほしい」
もう手が出かかってる。試作品を食べてみたい。
「もし気に入らなかったら捨ててくれればいいから」
ボソリと言って、押し付けようとしてきた店長の腕を強く掴んだ。
「捨てるなんてするわけないし、店長さんがそんなこと言っちゃダメです!」
僕は怒っているのと悲しいのと心配な気持ちのごちゃまぜになりながら、店長を隣に座らせた。
「どうしたんですか?店長さんのケーキはどれを食べても美味しいんですよ?それを捨てるなんて、いくら自分の作った物だとしても許せません!」
店長は驚いた表情をしていた。
「それならばどうして店に来なくなったの?他にお気に入りの店が出来た?」
店長の問いに僕は首を横に振った。
近場のケーキ屋も有名店も巡ったけれど、店長のケーキが僕の好みに合ったのだから、それは絶対に無い!
けれど、男の僕がダイエットでケーキを我慢していたなんて恥ずかしくて言えない。
黙っていると店長が言葉を続けた。
「ごめんね。変なこと聞いて。言いにくいよね。うん。お店を選ぶのは消費者の権利だ」
「違いますっ!」
店長が悲しそうな顔をしたので、僕は思わず声を上げてしまった。
店長さんは一瞬目を丸くした。
そんなふうに思わせるくらいなら正直に話した方がいい。
「ダっ……ダイエット…してる……んです」
語尾が消え入りそうになる。
思春期の女子じゃあるまいに、超絶恥ずかしい!!
「あ……だからウォーキングを?」
「……はい。最近は走ってます」
店長さんは、僕の事情を話しても呆れたりしなかった。
むしろ親身になってくれた。
僕が話している間、ずっと優しく微笑んでくれていた。
全部話し終わると、晴々とした顔で店長は言った。
「良かった。いや、良くないんだけど、来なくなったのは店が嫌いになったんじゃなくて」
「誤解させてごめんなさい」
「いや、謝らなくても良いよ。でも、これは持ち帰った方がいいね?」
店長はケーキ箱を引っ込めようとしたが、僕は咄嵯に手を伸ばしていた。
店長さんは少し躊躇ってから、箱を膝の上に乗せて開いた。
中を見ると、新作ケーキが2つ入っていた。
フルーツの乗ったケーキと、白いのはレアチーズケーキかな?ホワイトチョコ系かな?
どちらも見た目も綺麗だし、美味しそうだ。
「一口ならどうかな?残りは持ち帰って自分で食べるよ」
「え?え?そんな、悪いです!」
食べかけを店長に渡すなんて、失礼にも程がある。
僕が遠慮する僕に店長は少し寂しげな顔を見せた。
「無理を言ったのはこっちだ。ダイエット中の君に食べてくれなんて」
「無理じゃなくて、ご褒美です!」
「ご褒美?ははっ、私のケーキが好きなのは本当みたいだね」
「はい、好きです!ちょっとは痩せたし……一口だけなら」
店長は僕が持っているケーキ箱から、赤い果実の乗ったフルーツケーキをプラスチックフォークで一口に切り分けて、僕の方に差し出してくる。土台はタルト生地かと思ったらフォークで簡単に切れたのでスポンジなのだろう。
「あーんして」
言われるまま雛鳥みたいに口を開ける。
久しぶりの店長の味。
最高に美味しい!
フルーツのみずみずしさに、甘酸っぱいベリー系のソースがアクセントになっていて、濃厚なのにしつこくないクリームをさっぱりさせてくれて、この組み合わせ大好きだ。
もぐもぐ咀噛しながら、僕は目を閉じ幸せに浸る。舌からクリームが消えてしまうのが勿体ない。
「もっと……欲しい」
一口だけなのに何を言っているんだと、我に返って目を開けると、店長は口許を抑えてそっぽを向いていた。
ヤバい。意地汚いって思われたかも。
「ごめんなさい!つい……」
「い、いや……。君に食べてもらえて嬉しいよ」
店長が優しい笑みを浮かべている。
暑いのかな?ちょっと顔が赤いみたいに見える。
見つめ合ってしまうような格好に恥ずかしくなって僕は言う。
「あの、その、もうひとつのほう……貰えますか?それとも一つ一つ感想言った方が良いですか?」
「最後にで良いよ」
あーん、と言われなくても僕は口を開ける。
開けるの早かったかな。
今度は白いケーキを一口分、店長が差し出した。
これも堪らない。
見た目はシンプルだが、味は何層か重ねられていて、それが口の中で混じり合う。
フォークの切り分け方によっては味わいが変わるかも。
一石何鳥になるんだろうか。
興奮で鼻息が荒くなりそうだ。
唇に付いてしまったクリームを舌で舐め取ってから瞳を開く。
それから怒涛の如く店長に今感じた二つの感想をぶつけた。
今までの我慢が言葉になったのかもしれない。
キラキラした目で話していた僕を店長は頷いたり考え込むようにしながら聞いてくれる。
「やっぱり君に食べてもらって良かった」
「僕も店長の、食べれて良かったです」
「君は……わざとか?天然か?」
意味が分からず僕が小首を傾げると、店長は目を逸らして咳払いをした。
「嫌がられてるわけじゃなくて安心した。感想を言ってくれるのは、君くらいだったから来てくれるのが……楽しみだったんだ」
店長は僕の手に自分の手を重ねた。
大きな手が僕の手を覆う。
ドキドキする。だってこんなゴツゴツした手であんな繊細なケーキ作ってるんだよ!
感動する。どうしよう。
店長の顔が近い。
でも、僕は逃げなかった。
だって、これはチャンスなんだもし、勇気を出してみる。
僕なんかがおこがましいけど、気持ちを伝えよう。
僕は大きく深呼吸をして、店長の手を両手で包み込んで握り返し、目を見据えた。
店長は緊張した面持ちで僕を見ていた。
「あのっ!低糖質のケーキを作ってくれませんか?!」
「えっ、あ、低糖質?ああ!低糖質ね。……うん」
がっかりした顔をさせてしまった。
美味しい物を食べるのにカロリーを気にしちゃいけないって分かっているのにこんなお願いをして申し訳ない。
でも、それでも店長のケーキが食べたいんだ。
「無理言ってすみません……。ダイエット頑張ります。もうちょっと痩せたらお店にも買いに行きますから」
「今のままでも全然可愛……健康的だと思うけど」
「ダメです!一年くらい頑張れば元々の体重に戻せそうなので」
だって思うように痩せないんだから仕方ない。あと7kgはまだまだ遠い。
「一年も会えないのか?!」
「いや、僕も早く痩せたいんですけど、ランニングしても全然減らないし、でもケーキ食べたいし……だから低糖質ケーキって」
「そうか……」
「ほら、女性も体重を気にする人が多いから、商品化したら人気でそうじゃないですか?」
「分かった……作ってみよう」
店長は僕の手を解き、ケーキ箱を持って立ち上がった。
僕は慌てて店長を呼び止める。
もう一つ、まだ大事なことを言っていない。
店長は振り返ると、僕を見た。
「あのっ!そのケーキ、もらっても良いですか?」
「ダイエットしてるのに良いのかい?」
「はい。三ヶ月は頑張ったし、夜ご飯抜きますから」
店長は溜息を吐いて僕を見た。
ケーキくれないのかな?意思弱いって思われたかな?
「君が痩せないのは運動より食生活に原因があるんじゃないのか?」
「え?でも甘いもの食べてないし」
栄養士の資格も持っている店長は僕の話を聞いて判断した。
いくら甘い物断ちしていても好きな物をひたすら食べてしまう傾向の僕はバランス良く食べていないし、食事を抜くこともある。
三食コンビニ弁当の日だってあった。
店長は呆れた様子で言う。
「ダイエットするならば、ちゃんとした食事を取るべきだろう?聞く限りでは、運動なんてしなくても食生活を改善するだけで痩せそうだ」
ぐうの音も出ずに僕は黙った。
確かにその通りだ。
だけど僕には料理の才能がない。
自炊なんて茹でるか炒めるかくらいしか出来ない。
無理と顔に書いてあったのだろう僕を見て店長が提案した。
「分かった。家に来なさい」
「え?店長の家?」
「一人分作るも二人分作るのも変わらないから」
神だ。神がいる。
ケーキも作れて、ご飯も作れて、ダイエットにも協力してくれる店長は救世主だと思った。

  ◇◇◇

田林朋希は、店長こと浅海聡志さんの家でご飯を食べさせてもらっている。
朝は聡志さんが7:00に出勤するため、朝ご飯を食べるなら6:00に家を出なければならなくて、朝に弱い僕はなかなかに辛かった。
めげそうな僕に、いっそのことここで寝泊まりすれば良いと言ってくれたのは聡志さんだ。
そうして僕は店長と半同棲のような日々が始まった。
聡志さんのお店は19:00閉店で、レジ閉めとかして帰宅は20時くらい。
人手がある内に翌日の仕込みや厨房の片付けをしているらしい。
本当ならば先に帰っている僕が食事を作れば良いのに、料理はからっきしなので、聡志さんのメモを頼りに食材を買ってくるくらいだ。もちろん洗濯とか皿洗いとか出来ることならしてるけど。
申し訳ないなと思いながらも、心地好い。
聡志さんとも仲良くなれたと思う。
そして、なんと!
低糖質のケーキも作ってくれた!!
聡志さんのケーキマニアの僕にはやっぱり少し違和感があったけれど、聡志さんの腕が抜群なので試作を重ねてお店のケーキに遜色ないくらいに改良されていった。
個数限定でお店に並べたら低糖質という言葉に釣られて、飛ぶように売れていったと嬉しそうに言っていた。
「朋希のおかげだよ」
「違います。聡志さんのケーキが美味しいからです。今日のケーキも美味しいです」
ヘルシーな食事を作ってもらっているので、3日に一つくらいならお店のケーキを食べても良い事になった。節度は大事だよね。
売れ残りと言っているが、時々すぐ売り切れるケーキも持ってきてくれるのでわざわざ僕のために取っておいてくれるのだろう。
隠しているから知らんぷりしているけれどね。
そんな聡志さんが大好きになっていた。


========
<投稿予定>
18:00投稿。
3話目まで予約投稿済。
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