屋根裏のネズミ捕まる

如月 永

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ネズミ捕まる・やり直し?!

30.

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俺の好きな人は、表の顔は大店の問屋の主人で、裏の顔は情報を売り買いする元締だ。
資金もあり容姿も優れ、年齢の割に精力も溢れるという俺にはもったいないくらいの人だ。
ただ、最初は何でも完璧なんじゃないかと思えるほど隙がなかったけれど、最近は俺の前では気を抜く時間も増えて少し可愛い所もあると思えてきた。
同僚にも「四郎は愛されてますね」なんてからかいを言われることもあるが、俺もそう思う。
ちょっと意地悪な時もあるけど、それも愛情表現の一つで、それは俺以外には見せない顔なのだ。
「紫苑、今夜はどうされたい?」
「ちょ、まだ昼ですよ。お仕事だって終わってないのに……」
「それならば仕事が終わったら聞かせてくれるのか?」
あぁ、また意地悪な顔だ。でもそれも好きなんだから仕方がない。
「どうしたいも何も……、辰彦様の好きにして下さい」
俺がそう答えると、辰彦は意地悪そうに口の端を吊り上げた。
「ほう。私の好きにして良いと?」
「それが俺の『されたいこと』です」
「随分可愛いことを言ってくれるな。私の好きにするとなると、泣いてもやめてやらんぞ。いいのか?」
耳元で囁かれるだけで背筋がゾクゾクする。
優しかろうと意地悪だろうと、いつも辰彦とのまぐわいで泣かされているんだけれど。
「はい。辰彦様の好きにして下さい」
「そうか。ならば少し準備をするとしよう。今晩楽しみにしてなさい」
何の準備だろうかと少し不安を覚えつつも、辰彦が楽しそうにしているのでそれ以上は聞かなかった。

   ◇◇◇◇

風呂から上がった俺は目の前の衣類を見て暫し動きを停止させた。
……忍び装束?
褌も任務の時に巻く六尺褌だ。
夜はすぐに脱がされてしまうので、任務の時以外は越中褌なのに何故?と疑問符が飛び交う。
だが、もしかしたら緊急の任務があるのかもしれないと俺はすぐにそれらの衣類を身につけることにした。
やっぱり六尺は捩った布がキュッと尻に挟まって、前もしっかり固定されて身が引き締まる気持ちがする。
こんな時間に急に俺に仕事を任せるのだからそれなりに重要な任務なのだろう。
俺は速やかに辰彦の部屋へ向かった。
廊下の途中で「影」の一人に会う。名は雨月。
辰彦の「影」の中でも一番信頼している忍びで、俺も何度も一緒に任務に出たので信頼している。
「雨月、何かあったのか?」
「詳しくは辰彦様から聞いてください」
俺は雨月に続いて廊下を進む。
辰彦の部屋に近付き、俺が入室の声をかけようとすると雨月が手ぬぐいで俺の口と鼻を塞いだ。
薬品の匂いがする。
俺は抜け出す努力をしたが、雨月の実力はなかなかのもので、結構腕には自信のある俺でさえ逃れることは出来なかった。
そして、俺が気絶する前に雨月が何かを呟いた。
意識が保てたのはそこまでで、俺は完全に眠りについてしまった。

   ◇◇◇◇

目を覚まして身を起こすと、そこは見覚えのある部屋だった。
上半身は吊されるように縛られ、逃げ出せないようにされている。
あの時ほど厳重ではないが、こんな服装で洗濯竿みたいな棒に両腕を縛られるのには既視感がある。
そして甘ったるいお香の匂い。
辰彦に初めて捕まった時を再現されているのは気のせいでないだろう。
雨月は「俺は命令に従っただけだから文句は御本人に言ってください」と、そう言っていた。
つまり、任務でもなんでもなく全ては辰彦様の仕業だ。
「あ~~もうっ!俺、またなんか怒らせることしたか?!」
「おや、起きていたのかい?もう少し早く来れば良かったね」
部屋に入ってきた辰彦は優雅に笑いながら俺を見た。
「俺をどうするんですか?」
「フフッ、懐かしいね。あの時も『俺をどうするつもりだ』って睨み付けて、可愛かったなぁ」
「いや、可愛くはなかったでしょ」
辰彦を敵と認識して睨んでいたのだから可愛いなんてことはなかっただろう。
そう訂正すると、辰彦は懐かしむように目を細めた。
「勝ち目の無い小動物が牙を向いても、可愛いなとしか思えないだろう?」
「あぁ、そういう認識ですか……」
「そうだよ。どうやっても無理なのに、私に好き勝手にされるつもりは無いなんて逆毛を立てて刃向かおうとするのがね。今思い出しても興奮するよ」
辰彦はそう言うと俺の側に膝をつき、うっとりとした表情で俺を眺めた。
そんなふうに見ていたなんて知らなかった。
もしも過去の俺に伝えられるのならば、無我夢中で逃れようと抵抗するのは逆効果だと言ってあげたい。
「でも私は後悔しているんだよ。お前がこんなに愛しい存在になるなんて思っていなかったから、虐めすぎたってね」
「そう思うなら縄を解いてください」
俺は無駄とは知りつつも抗議をする。
辰彦はフフッと笑ってから俺の顎を掴んだ。
「私の好きにして良いと言ったね?私のしたいことがお前のされたいことだともね」
「そ、そうですけど」
「ならばあの時のやり直しをさせておくれ。優しくするよ?」
俺は股間がムズムズと疼き、内股を擦り合わせた。
これは媚薬の香のせいであって、優しくするなんて言葉にときめいたからとかじゃないから。断じて違うから!
「別に俺はやり直しとか望んでないけど、辰彦様がしたいなら……別に付き合ってあげても良いですよ。でも芋茎だけは絶対嫌ですから!!」
俺がそう宣言すると、辰彦はプッと吹き出した。
そして、腹を抱えて笑い出した。
そこまで笑わなくても良いじゃないか!
いや、だってあれは笑い事じゃなくて本当に辛いんだぞ。
俺は拗ねた気持ちで唇を尖らした。
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