結婚愉快話シリーズ 1時間の無駄

ショー・ケン

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“時間の無駄”

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 陽光が皮膚をじりじりと刺す。猛暑が日々の生活と労働を一層苦しくしている午後だった。    家賃やスマホ代など、月々の支払いを済ませた私は、ちょうどいい時間に、よく冷えたカフェで佐藤さん(仮名)に会った。  投資《トレーダー》で生計を立てるという彼は、笑いながら写真を差し出す。  
「それが今の奥さんです」  
妻はバリバリのキャリアウーマンらしい。

 注文からほどなくしてコーヒーが運ばれてくると、少し間をおいてポツリ愚痴るのをきいた。店員が暗い影を落とした後に、彼の表情は一瞬曇っていた。
「幸せは怖いものです」
「はい?」
「僕なんかより、こんな家庭を築くべきだったのは、あいつ……」
「?」
 疑問におもいつつも、他人の自慢話に興味がない私は、きわめて事務的に話を進め、どうして連絡をくれたのかというと、こんな話は他で話す機会がないのだという。これはひょっとすると、いい取材相手かもしれないと思うと、彼はこんな話を始めた。

 高校卒業前、入試の結果望んだ大学に受からず納得できなかたっため一浪をしていた。受験勉強中に常に間違えてしまう問題があった。どうしてか、はっきりと記憶しておくことができなかった。仕方がなく暇つぶしにSNSでつぶやきを始めた。苦労人の浪人生というふりをした。

別に特段苦労はしていなかった。隙間にアルバイト、遊び惚けている地元の友達と一緒につるんだりもしていた。

フォロワーが増えて投稿に反響がふえ、文才がある事を確信し始めた。その道を進もうかとも考えた。しかし、実際今の社会情勢では厳しいこともわきまえていた。そんな時にあるDMが届いた。
「あなたの投稿は時間の無駄です」

 突然の批判、誹謗中傷じみたコメント。何が時間の無駄なのか真剣に考えた。なぜか胸の奥に突き刺さった。理由もなく、人生を閉じたくなるほどの絶望に襲われた。


 バイト中も、遊んでいるときも、勉強中も考えた。敵対心を持つという事は自分に興味があるということ。畏れがあるということは切り離せない問題を相手も抱えているということ、あえて相手に合わせて書き込みを行い続ける。

やがて彼女からのコメントは週に一度のペースで届くようになった。
「あなたの投稿はつまらない。言葉の響きも現実逃避をしているように見えます」

 この人が本当に憎らしくなってきた。たかが暇つぶしに、なぜここまで言われなければいけないのだろう。少し復讐をしてみることにした。書き込みに彼女の名前をふせて、彼女によくにた人の物語を書く事にしたのだ。
「DMで人に文句をいうだけでお金がもらえる話」
「大好きな人にDMをしちゃったわたし」
 今後一切かかわらないであろう他人をあおるのは、受験に成功することの何倍も気持ちがよかった。毎日が充実していて、それで人生が終わってもいいように思えた。人々は愚かな私の作り話に多いに反響を寄せてくれた。裸の大様でもよかった。あの文章が届くまでは。

「もう、私に関わらないで、私の話をしないでください」
 激高したDM、文章が届いた。その文体に、見覚えがあった。私は文章の細部に神経質といえるほどに敏感だったからだ。彼女の正体を突き止めたとき、衝撃を受けた。私は彼女に直接あうことにした。
「あなただったのね」
 彼女も私も衝撃を受けていた。
「それが今の奥さんです」
「は?」
 彼の妻は、携帯の待ち受けでにこにこと笑っている。私はしがないブロガーで、つまらない原稿を細々と書いて生きている。退屈な話には慣れていたが、これはさすがに唐突すぎた。
「脈絡が……なぜなら、奥さんもあなたもどうしてそんなに見ず知らずの人に執着するのですか、そんな話って」
「奥さんは、同じ高校の生徒、というより幼馴染だったんです、そのDMのあとたずねていったら、頭がぼさぼさででてきて、大学になじめないとか何とかいってましたが、実際ほかに理由があったように思えます」
「これはその、失礼ですが、いい話なんですか?私のブログは、結婚に関する愉快話を集めているのですが」
「まあ、そのあとお互いをなぐさめ励まし合い、生まれ変わりましたから、お互いの欠点を補い合い、私も彼女も順風満帆の人生です」
「ふーん」
 それでもどう話を締めくくるか考えあぐねていた。お礼に渡すお金を渋ることも考えた、しかし彼は、ようやく重大な話の続きを教えてくれたのだった。
「わすれてました」
「え?」
「作家志望の共通の友人がいて、それを救えなかったんです」
「へえ、じゃあそれ関係で私に?」
「そうです、そうなんです!私もまだ副業でつまらないコラムを書いていますから」
 私には仕事に誇りがある。私は彼の自嘲に巻き込まれたようで正直文句の一つでもいいたいのを、取材対象に気を使って黙り込む。彼は思い出に浸ったまま、瞳の中に沈んだ過去を眺めた。
「昔から誰より気が利く奴でした、彼は私のつまらない文章や情景なんかより、よほど光るものをもっていて、二人、いつも褒めてばかりいたんです」
彼は落ち込んだように肩をがくりとおとす。
「はあ、もしかすると、言いづらい理由だったんですね、焦ることはありません」
 私がブリーフケースにてをかけ、もったいぶった話をおわらせようとしたときだった。ここまでオチがない話もないだろうと諦めつつ立ち上がる。
「続きがあります……彼は亡くなったんです、白血病で。最後にこう言いました『君たちは本音を曲げるな、本音は何よりも力を持つから』と」
 私は衝撃を受けた。彼は間髪入れずに続けた。話したくないことだったのか、両手で顔を覆いながらだった。
「最初のDMをもらったとき、相手の心を傷つけて人生を終えようと思っていたのもそれが理由なんです、一浪していましたし、、別に人生に目的のあるタイプじゃない、本当のところ神経質ですから、でも彼女は素直にこたえてくれた、私も答えた、あの時まで、人に弱みを見せたら終わりだとおもっていた、けれどそうじゃなかった、彼女は、同じ弱みを抱えていたんです、だからすべて希望になりました、あのくだらないアカウントがね」
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