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第36話 不気味な男と二冊の本
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クラニードの家を出て東へしばらく森の小道を進むと前方に木々の間から建物らしき物が見えてきた。
先程と同じように森が開けた場所に何軒かの家が見える。
「あれかな……?」
和哉が隣を歩くギルランスに尋ねると彼は頷いた。
「ああ、そうみたいだな」
集落を確認した二人は、そのまま真っ直ぐ道を進んで行く。
洞窟はそこを過ぎた所にある分かれ道を左へ行った方だとクラニードは言っていた。
そこにも数軒の家が建っていたが、人の気配は無く静まり返っている。
もしかすると、魔獣の被害でここの人達はみんな逃げてしまった後なのか……そんな事を考えながら二人がそのまま集落を抜けその先へ進もうとした時だった。
一軒の家の玄関先に人が立っているのが見えた。
(あれ?なんだ、人がいるじゃん)
そう思い少しホッとする和哉だったが……。
その人物はこちらに対して手招きをしているようだった。
それは、30代半ばくらいの痩せ型の男でひどく顔色が悪く生気のない顔をしている。
まるで死人のようだと思った瞬間、和哉は背筋にゾクリとするものを感じた。
「なんだアイツ……?」
隣でギルランスも訝しげに呟いている。
その男はただ黙ってゆっくりとした動作で手招きしているだけだった。
(なんか気味が悪いな……)
男のその姿に不気味なものを感じた和哉は、思わず隣のギルランスの腕を掴んだ。
ギルランスはチラリと和哉に目をやった後すぐに視線を前方の男に戻し、「行くぞ」と短く言うとスタスタと歩き出した。
「えっ!?ちょっ……!」
腕を掴んでいた和哉も必然的に一緒に歩き出す事となる。
慌ててギルランスについて行き、男に近づいたと思った次の瞬間、フッとその男の姿は消えてしまった。
(ヒイッ!!)
和哉が声にならない悲鳴を上げたその時――。
キィ~という音と共に、独りでに玄関ドアがゆっくりと開いていった。
和哉とギルランスは思わず顔を見合せ息を呑む。
すると、今度は開いたドアの奥に先程と同じ男の姿がぼんやりと浮かび上がった。
男は相変わらず無表情のままじっとこちらを見つめていたかと思うと、またひらひらと手招きをはじめる。
その仕草はまるで家の中に誘い込もうとしているようだった。
(ひぃぃぃ!!)
和哉はまた心の中で悲鳴をあげた。
恐怖を覚えながらも、何とかそれを表に出さないように必死に平静を装おうとするが、それでも体は正直だ。
無意識に体が小刻みに震えてしまう。
そんな様子を見かねてなのか、隣に立つギルランスがそっと和哉の背中に手を回す。
その手がとても温かくて優しい感じがして、それだけで不思議と和哉の心は落ち着いていった。
二人の様子を見ていた男は満足そうに頷くと再び手招きをし、『付いて来い』とでも言うようにそのまま家の奥へと姿を消してしまった。
和哉とギルランスは顔を見合わせると覚悟を決め、男の後をついて行くようにして家の中へと足を踏み入れた。
家の中に入るとそこは薄暗く埃っぽい空間だった。
だが、あまり手入れは行き届いてはいないものの、人が暮らしている気配はあるようだ。
すると、びくびくしながらギルランスの後について進んで行く和哉の背後で、突然バタン!と大きな音を立て玄関扉が閉まった。
(うぎゃあ!!)
その音に飛び上がらんばかりに驚いた和哉は、思わずギルランスの背中に後ろから飛び付いてしまった。
「うおっ!な、なんだよ!?」
いきなり抱きつかれ驚くギルランスの背中にギュウギュウとしがみつきながら和哉は涙目で訴える。
「ごっごめん!でも怖いんだよぉ!」
自分でも情けないと思いながらも、やはり怖いものは怖いのだ。
「分かった!分かったから!――とにかく落ち着けって!」
宥めるように言うギルランスの言葉で少し冷静になれた和哉だが、今度は取り乱してしまった自分が急に情けなくも恥ずかしくなり、慌ててしがみ付いていて背中から離れ顔を伏せた。
「あ……ごめん、つい……」
気まずい思いで和哉に対して、ギルランスはポンッと軽く頭に手を置いて苦笑する。
「まぁいいさ……こんなところじゃ無理もないしよ……」
そう言った後、ふと何かに気付いたようにギルランスは少し眉をひそめながら廊下の奥の方へと目を向けた。
和哉もつられてそちらに目をやる。
薄暗い屋内は広くはないもののそれなりに奥行があるようで、突き当りの部屋のドアが開け放たれているのが見えた。
進んでみると、そこは書斎のような部屋だった。
本棚が壁一面に設置されており、比較的新しめの本から古い本まで大量の本がぎっしりと詰め込まれている。
部屋の中央には大きなテーブルが置かれており、その上に燭台と本が二冊置かれていた。
そして先程の不気味な男がそのテーブルの傍らに立ち、卓上の本を指差して何かを言っているようだが、声は聞こえない。
どうやら”読んでくれ”と言っているようだ――。
「なんだ……?」
訝し気に呟くギルランスと共に二人でテーブルに近づいてみると、またその男はフッと消えてしまい、それと同時に燭台に火が灯された。
その現象にまた少しビクついてしまった和哉だったが、先程ギルランスが落ち着かせてくれたおかげもあり、もうここまで来ると恐怖心もいくぶんか和らいでいて、取り乱すこともなくいられた。
和哉とギルランスはお互い顔を見合せた後、その灯りに照らし出された二冊の本に目を落とす。
一冊には『日記』と書かれていて『ジュール』という人名が記されていた――おそらくこの日記の所有者の名前だろうと推察できる。
もう一冊はかなり古い本のようで表紙の文字はほとんど読めなくなっている。
(この二つに何か関係があるのかな?)
「この本を読めって事なのかな?」
和哉が問いかけると、ギルランスは少し考えるような素振りを見せた後で、まずは日記のほうを手に取った。
パラリと開かれる日記に和哉も横から覗き込む。
どうやらこの『ジュール』という人物の日常の覚書のような内容が綴られているようだ。
すると、閉め切ってある室内にもかかわらず、どこかからフワリと風が吹いてきてパラパラと日記のページをめくったかと思うと、ある頁で止まった。
不思議に思いつつも目を向けるとそこに書かれていたのは――。
〇月〇日
今日僕は森の奥で不思議な男に出会った。その若い男は道に迷って困っているようだったので一晩家に泊めてあげることにした。妻のリリスも快く男を招き入れてくれた。本当に優しい妻だ。
〇月×日
昨日泊めてあげた男は礼儀正しく礼を言い、朝早くに出て行った。午後はリリスを誘って散歩に出た。彼女は嬉しそうにはしゃいでいた。こんな日常がずっと続けばいいな。
〇月□日
家の本を整理していたら見慣れない古い本を見つけた。こんな本いつから持っていたのだろうか?あとで読んでみようと思う。それにしても今日は少しリリスの様子が変だ。何かあったのか聞いてみたが何でもないと言うばかりだ。まあ、そのうち元に戻るかな?とりあえず様子を見てみよう。
○月△日
朝起きるとリリスの姿がなかった。家の中を探してもいない。慌てて外に探しに行こうとしたら、リリスが帰ってきた。どこに行っていたのかと聞くと、『洞窟へ』とだけ答えた。洞窟へは一人で行くなとあれほど言っておいたのに……洞窟へはもう行かないように注意しておいた。
○月★日
今日もリリスはどこかへ行ってしまった。また洞窟へ行ったようだ。もうあそこへは行ってはいけないと言ったはずなのに……困ったものだ……。今日は少し体がだるい、風邪でもひいたのだろうか……
〇月◆日
あの古い本を読んでみた。リリスがおかしくなったのはあの本を見つけてからだからだ。いや、正確にはあの男をこの家に招き入れてからか?……今日も体調がすぐれない、昨日より悪い
〇月▽日
私の体をリリスは気遣ってくれる。そういう時の妻は以前の優しい妻のままなにも変わらない。しかし、やはり時々ぼんやりとしている時のある。心配だ……。急激に体調が悪くなっていく……咳が止まらないし熱もあるようだ
〇月◇日
ついにベッドから起き上がれなくなってしまった。リリスは一生懸命に私の看病をしてくれている。私は幸せ者だな……だが、このまま私が死んでしまったら妻はどうなってしまうのか……それだけが気がかりだ。あの本は……きっと……
日記はここで終わっていた――。
和哉は日記を読み終えると大きく息を吐いた。
(これは……どういう事なんだろう……?)
隣にいるギルランスを見ると彼も難しい顔をして考え込んでいる様子だったが、気を取り直したようにもう一冊の本へと目を向ける。
今度は和哉が本を手に取り、開いてみた。
こちらの本はかなり古びた物で表紙の文字も掠れてしまっていてほとんど読めなくなっていたが、中はそれほどでもなく、文章は問題なく読める状態だった。
その内容は今からおよそ1300年前に存在していた、ある魔女に関する文献だった――。
****
****
――その魔女の名前はグレイスという。
今から1300年ほど前、魔法の国として栄えていた国があった。
その国の名はマレフィカ王国といい、王族をはじめ貴族や平民に至るまで魔法に精通した者達が多く住んでいた。
グレイスはこの国の王妃だった。
しかし、王が病に伏せると、その王の座を巡って二人の王子による跡目争いが始まった。
第一王妃であるグレイスの息子と第二王妃の息子との間で王位継承権を巡る戦いが起こり、それはやがて大規模な戦争へと発展した。
その争いに巻き込まれた国民は疲弊し、もはや国が滅びるのも時間の問題と思われた。
それに心を痛めたグレイスは国の安寧を願い、その争いから身を引き息子を連れて森の奥深くでひっそりと暮らすようになる。
だが、第二王妃側についていた者たちは、グレイスとその息子が生きている限りいつかは自分たちを脅かす存在になると考え、二人を殺す計画を立て、暗殺者を送り込んだ。
そしてついにグレイスとその息子は殺されてしまったのだった。
非業の死をとげたグレイスはその恨みのあまり、生者の世界と死者の世界の狭間で彷徨い続ける亡霊となり、今もなお復讐の機会を窺っていると言われている。
いつか自分を復活させてくれる者を待ち続けながら――。
先程と同じように森が開けた場所に何軒かの家が見える。
「あれかな……?」
和哉が隣を歩くギルランスに尋ねると彼は頷いた。
「ああ、そうみたいだな」
集落を確認した二人は、そのまま真っ直ぐ道を進んで行く。
洞窟はそこを過ぎた所にある分かれ道を左へ行った方だとクラニードは言っていた。
そこにも数軒の家が建っていたが、人の気配は無く静まり返っている。
もしかすると、魔獣の被害でここの人達はみんな逃げてしまった後なのか……そんな事を考えながら二人がそのまま集落を抜けその先へ進もうとした時だった。
一軒の家の玄関先に人が立っているのが見えた。
(あれ?なんだ、人がいるじゃん)
そう思い少しホッとする和哉だったが……。
その人物はこちらに対して手招きをしているようだった。
それは、30代半ばくらいの痩せ型の男でひどく顔色が悪く生気のない顔をしている。
まるで死人のようだと思った瞬間、和哉は背筋にゾクリとするものを感じた。
「なんだアイツ……?」
隣でギルランスも訝しげに呟いている。
その男はただ黙ってゆっくりとした動作で手招きしているだけだった。
(なんか気味が悪いな……)
男のその姿に不気味なものを感じた和哉は、思わず隣のギルランスの腕を掴んだ。
ギルランスはチラリと和哉に目をやった後すぐに視線を前方の男に戻し、「行くぞ」と短く言うとスタスタと歩き出した。
「えっ!?ちょっ……!」
腕を掴んでいた和哉も必然的に一緒に歩き出す事となる。
慌ててギルランスについて行き、男に近づいたと思った次の瞬間、フッとその男の姿は消えてしまった。
(ヒイッ!!)
和哉が声にならない悲鳴を上げたその時――。
キィ~という音と共に、独りでに玄関ドアがゆっくりと開いていった。
和哉とギルランスは思わず顔を見合せ息を呑む。
すると、今度は開いたドアの奥に先程と同じ男の姿がぼんやりと浮かび上がった。
男は相変わらず無表情のままじっとこちらを見つめていたかと思うと、またひらひらと手招きをはじめる。
その仕草はまるで家の中に誘い込もうとしているようだった。
(ひぃぃぃ!!)
和哉はまた心の中で悲鳴をあげた。
恐怖を覚えながらも、何とかそれを表に出さないように必死に平静を装おうとするが、それでも体は正直だ。
無意識に体が小刻みに震えてしまう。
そんな様子を見かねてなのか、隣に立つギルランスがそっと和哉の背中に手を回す。
その手がとても温かくて優しい感じがして、それだけで不思議と和哉の心は落ち着いていった。
二人の様子を見ていた男は満足そうに頷くと再び手招きをし、『付いて来い』とでも言うようにそのまま家の奥へと姿を消してしまった。
和哉とギルランスは顔を見合わせると覚悟を決め、男の後をついて行くようにして家の中へと足を踏み入れた。
家の中に入るとそこは薄暗く埃っぽい空間だった。
だが、あまり手入れは行き届いてはいないものの、人が暮らしている気配はあるようだ。
すると、びくびくしながらギルランスの後について進んで行く和哉の背後で、突然バタン!と大きな音を立て玄関扉が閉まった。
(うぎゃあ!!)
その音に飛び上がらんばかりに驚いた和哉は、思わずギルランスの背中に後ろから飛び付いてしまった。
「うおっ!な、なんだよ!?」
いきなり抱きつかれ驚くギルランスの背中にギュウギュウとしがみつきながら和哉は涙目で訴える。
「ごっごめん!でも怖いんだよぉ!」
自分でも情けないと思いながらも、やはり怖いものは怖いのだ。
「分かった!分かったから!――とにかく落ち着けって!」
宥めるように言うギルランスの言葉で少し冷静になれた和哉だが、今度は取り乱してしまった自分が急に情けなくも恥ずかしくなり、慌ててしがみ付いていて背中から離れ顔を伏せた。
「あ……ごめん、つい……」
気まずい思いで和哉に対して、ギルランスはポンッと軽く頭に手を置いて苦笑する。
「まぁいいさ……こんなところじゃ無理もないしよ……」
そう言った後、ふと何かに気付いたようにギルランスは少し眉をひそめながら廊下の奥の方へと目を向けた。
和哉もつられてそちらに目をやる。
薄暗い屋内は広くはないもののそれなりに奥行があるようで、突き当りの部屋のドアが開け放たれているのが見えた。
進んでみると、そこは書斎のような部屋だった。
本棚が壁一面に設置されており、比較的新しめの本から古い本まで大量の本がぎっしりと詰め込まれている。
部屋の中央には大きなテーブルが置かれており、その上に燭台と本が二冊置かれていた。
そして先程の不気味な男がそのテーブルの傍らに立ち、卓上の本を指差して何かを言っているようだが、声は聞こえない。
どうやら”読んでくれ”と言っているようだ――。
「なんだ……?」
訝し気に呟くギルランスと共に二人でテーブルに近づいてみると、またその男はフッと消えてしまい、それと同時に燭台に火が灯された。
その現象にまた少しビクついてしまった和哉だったが、先程ギルランスが落ち着かせてくれたおかげもあり、もうここまで来ると恐怖心もいくぶんか和らいでいて、取り乱すこともなくいられた。
和哉とギルランスはお互い顔を見合せた後、その灯りに照らし出された二冊の本に目を落とす。
一冊には『日記』と書かれていて『ジュール』という人名が記されていた――おそらくこの日記の所有者の名前だろうと推察できる。
もう一冊はかなり古い本のようで表紙の文字はほとんど読めなくなっている。
(この二つに何か関係があるのかな?)
「この本を読めって事なのかな?」
和哉が問いかけると、ギルランスは少し考えるような素振りを見せた後で、まずは日記のほうを手に取った。
パラリと開かれる日記に和哉も横から覗き込む。
どうやらこの『ジュール』という人物の日常の覚書のような内容が綴られているようだ。
すると、閉め切ってある室内にもかかわらず、どこかからフワリと風が吹いてきてパラパラと日記のページをめくったかと思うと、ある頁で止まった。
不思議に思いつつも目を向けるとそこに書かれていたのは――。
〇月〇日
今日僕は森の奥で不思議な男に出会った。その若い男は道に迷って困っているようだったので一晩家に泊めてあげることにした。妻のリリスも快く男を招き入れてくれた。本当に優しい妻だ。
〇月×日
昨日泊めてあげた男は礼儀正しく礼を言い、朝早くに出て行った。午後はリリスを誘って散歩に出た。彼女は嬉しそうにはしゃいでいた。こんな日常がずっと続けばいいな。
〇月□日
家の本を整理していたら見慣れない古い本を見つけた。こんな本いつから持っていたのだろうか?あとで読んでみようと思う。それにしても今日は少しリリスの様子が変だ。何かあったのか聞いてみたが何でもないと言うばかりだ。まあ、そのうち元に戻るかな?とりあえず様子を見てみよう。
○月△日
朝起きるとリリスの姿がなかった。家の中を探してもいない。慌てて外に探しに行こうとしたら、リリスが帰ってきた。どこに行っていたのかと聞くと、『洞窟へ』とだけ答えた。洞窟へは一人で行くなとあれほど言っておいたのに……洞窟へはもう行かないように注意しておいた。
○月★日
今日もリリスはどこかへ行ってしまった。また洞窟へ行ったようだ。もうあそこへは行ってはいけないと言ったはずなのに……困ったものだ……。今日は少し体がだるい、風邪でもひいたのだろうか……
〇月◆日
あの古い本を読んでみた。リリスがおかしくなったのはあの本を見つけてからだからだ。いや、正確にはあの男をこの家に招き入れてからか?……今日も体調がすぐれない、昨日より悪い
〇月▽日
私の体をリリスは気遣ってくれる。そういう時の妻は以前の優しい妻のままなにも変わらない。しかし、やはり時々ぼんやりとしている時のある。心配だ……。急激に体調が悪くなっていく……咳が止まらないし熱もあるようだ
〇月◇日
ついにベッドから起き上がれなくなってしまった。リリスは一生懸命に私の看病をしてくれている。私は幸せ者だな……だが、このまま私が死んでしまったら妻はどうなってしまうのか……それだけが気がかりだ。あの本は……きっと……
日記はここで終わっていた――。
和哉は日記を読み終えると大きく息を吐いた。
(これは……どういう事なんだろう……?)
隣にいるギルランスを見ると彼も難しい顔をして考え込んでいる様子だったが、気を取り直したようにもう一冊の本へと目を向ける。
今度は和哉が本を手に取り、開いてみた。
こちらの本はかなり古びた物で表紙の文字も掠れてしまっていてほとんど読めなくなっていたが、中はそれほどでもなく、文章は問題なく読める状態だった。
その内容は今からおよそ1300年前に存在していた、ある魔女に関する文献だった――。
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――その魔女の名前はグレイスという。
今から1300年ほど前、魔法の国として栄えていた国があった。
その国の名はマレフィカ王国といい、王族をはじめ貴族や平民に至るまで魔法に精通した者達が多く住んでいた。
グレイスはこの国の王妃だった。
しかし、王が病に伏せると、その王の座を巡って二人の王子による跡目争いが始まった。
第一王妃であるグレイスの息子と第二王妃の息子との間で王位継承権を巡る戦いが起こり、それはやがて大規模な戦争へと発展した。
その争いに巻き込まれた国民は疲弊し、もはや国が滅びるのも時間の問題と思われた。
それに心を痛めたグレイスは国の安寧を願い、その争いから身を引き息子を連れて森の奥深くでひっそりと暮らすようになる。
だが、第二王妃側についていた者たちは、グレイスとその息子が生きている限りいつかは自分たちを脅かす存在になると考え、二人を殺す計画を立て、暗殺者を送り込んだ。
そしてついにグレイスとその息子は殺されてしまったのだった。
非業の死をとげたグレイスはその恨みのあまり、生者の世界と死者の世界の狭間で彷徨い続ける亡霊となり、今もなお復讐の機会を窺っていると言われている。
いつか自分を復活させてくれる者を待ち続けながら――。
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