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第43話 自覚
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(うわ……ヤバい……カッコいい……)
教会の控え室で和哉はギルランスの姿を眺めながら心の中で呟いた。
今日のギルランスは、いつもの冒険者姿ではなく、髪をセットし白いタキシードに身を包んでいた。
その姿はまるでおとぎ話にでも出てきそうな、どこかの国の王子様のようで思わず見惚れてしまう。
いつもとは違う雰囲気を纏うギルランスにドギマギしながらも和哉はなんとか平静を保とうとしていたが、不意に振り向いたギルランスと目が合ってしまい、ドキリと心臓を跳ねさせた。
途端に顔が熱くなっていくのがわかる。
「……なんだよ、ジロジロ見て……」
ガン見していた和哉の視線がさすがに気になったのか、ギルランスはジロリと睨みを利かせた。
「あ、いや、その……いつもと違うからビックリしちゃって……」
さすがに『見惚れていた』などとは言えない――和哉は焦りながらも適当に誤魔化した。
当のギルランスはといえば「窮屈でしょうがねぇ」などと愚痴りながら、うんざりとした様子で頭を掻いている。
そんな彼の姿に苦笑いしながら、和哉もまた着慣れないスーツに落ち着かない気分を味わっていた。
そうこうしているうちに式の準備が整ったようで、控室のドアがノックされ、純白のウェディングドレスに身を包み美しく飾られたアミリアが入ってきた。
「どう?似合う?」
微笑みながらクルリと回ってみせる彼女に和哉は思わず目を瞠った。
白を基調としたレースをふんだんに使った豪華なウェディングドレス姿のアミリアは、まるで天使か女神かという程美しかった。
「とっても似合ってる!すっごく綺麗ですよアミリアさん!」
和哉が感嘆の声を上げると、アミリアは嬉しそうに「ありがとう!」と答えながら可憐な花のような笑顔を見せる。
そんなアミリアの美しさにしばし見惚れていた和哉だったが……ふと、隣からの視線を感じてそちらへ顔を向けると、どこか面白くなさそうな表情をしたギルランスと目が合った。
「なんだよ、お前、アミリアに惚れたのかよ?」
ぶっきらぼうに投げかけられたギルランスの言葉に和哉は慌ててブンブンと手を振りながら否定する。
「ち、違うよ!!全然そんなんじゃなくて!……単純に綺麗だなって、そう思っただけだよ!!」
何故なのか?和哉は自分でも分からなかったが、彼にそんな風に誤解されてしまうのが嫌で必死になって弁明した。
「へえぇ?」
和哉の反応が面白かったのか、ギルランスはニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべながら和哉の顔を覗き込む。
その至近距離に和哉は思わず仰け反りながら顔を赤く染めてしまう。
そんな二人をクスクスと笑いながら微笑ましそうに見ていたアミリアは、改めてギルランスに向き直ると手を差し出した。
「ほら、ギル!さっさと行くわよ!」
「へいへい」
グイグイと引っ張っていくアミリアにギルランスは苦笑しながらも大人しく従って行った。
付添人である和哉も慌ててその後を追うように歩き出す。
教会の聖堂へと入ると、そこは厳かな雰囲気に包まれており、ステンドグラスからは色とりどりの光が差し込んでいた。
中央の祭壇に向かい、ギルランスはアミリアの手を取りエスコートしながらゆっくり歩いていく。
その後を付添人として付いて歩く和哉は前を歩く二人の姿を見つめながら考えていた。
(本物の幸せいっぱいのカップルみたいだ……)
アミリアはとても嬉しそうに微笑んでいて、そんな彼女を見つめるギルランスの表情もまたとても優しげだった。
そんな中、先ほどからずっと和哉の胸の中には重苦しいモヤのようなものが渦巻いていた。
二人の姿を見ていると胸が締め付けられるように苦しくなり、次第にイライラしてきて……思わず顔をゆがめてしまう。
(どうしよう……なんかすごく嫌だ)
和哉の内には、言い知れない感情が湧き上がってきていた。
(なんでこんなにムカムカするんだ……?僕は二人とも好きだし、大切な仲間なのに……)
そうは思うものの二人の仲睦まじい姿を見るたびになぜか心がざわつくのだ。
祭壇の前に腕を組んで立つ二人は、どこからどう見ても美男美女のカップルにしか見えない。
それがまた和哉の心をかき乱した。
(あぁもう!なんなんだよこれ!!)
そんな事を考えているうちにいつの間にか式が始まってしまっていたようで、和哉は慌てて所定の位置に着いた。
二人から少し離れた斜め後ろの位置から見守るような形だ。
神父の厳かな声が響く中、チラリと視線を向けると、至極真面目な表情で真っ直ぐ前を向いているギルランスが見える。
その姿がまた和哉の胸をザワつかせた。
(うぅ……ダメだ……やっぱり苦しい)
そう思いながら視線を移すと、今度はアミリアと目が合った。
彼女はニッコリと笑って手を振ってくるが、それを見た瞬間、和哉は思わず目をそらしてしまった。
(――っ!なんで僕は目を逸らすんだよ!?)
自分で自分の行動が理解出来ずに混乱してしまい、焦りを募らせる和哉をよそに、式は粛々と進んでいく。
やがて、誓いの言葉と指輪の交換が済み、最後のセレモニーである”誓いのキス”が行われる段階になったが……。
「それでは誓いのキスを」と言う神父の言葉を聞いた瞬間、三人は固まったまま動けなくなってしまった。
(((――っ、そうだった~~!!?)))
そう、三人ともすっかり忘れていたのだが、この結婚式は偽とはいえ表向きは正式な結婚式なのだ。
つまり当然、キスシーンもあるわけで……。
ギルランスとアミリアは同時にギクリとした顔をしながら互いを見やる。
和哉もまた顔を青ざめさせて硬直していた。
(ヤバい!すっかり忘れてた!)
ギルランスとアミリアのキスシーンなど見たくはないと思う和哉だが、だからと言ってこのまま固まっていても仕方がないし、神父に怪しまれてしまう。
(ど、どうしよう……)
と、その時だった――相当焦っているのか、いつになく取り乱した様子でギルランスが神父に向かって口を開いた。
「い、いや……実は――」
(ちょっ!!ギル!何を言う気だよっ!!)
ここで偽装だとバレたら元も子もない。
慌てて和哉がギルランスを止めようとするが、それより先にアミリアによって彼の口は塞がれた。
アミリアはいきなりギルランスの胸倉を掴み引き寄せると、そのまま強引に唇を重ねたのだ!
これには和哉のみならず、当事者であるギルランス本人も驚きに見開いた目を白黒させている。
(――っ!!)
和哉は目の前で起きた突然の出来事に、頭が真っ白になるほどの衝撃を受けていた。
それはまさに棍棒か何かで思い切り頭を殴られたようなショックだった。
頭の中がぐちゃぐちゃになって何も考えられなくなる。
全身が燃えるように熱い――それなのに手足は氷のように冷たくなっていくのが分かった。
(……ああ……そうか……僕は……)
その時、和哉はようやく気が付いた。
自分がずっと抱いていた気持ちの正体に――。
(僕は……ギルが好きなんだ……)
その事に気付いた途端、胸につかえていた何かがストンと落ちたような気がした。
それと同時に今度は泣きそうになるほど切なく悲しい気持ちになってしまう――和哉は唇をギュッと噛み締めながら、必死にそれを堪えるしかなかった。
そこから先はあまり記憶がなかったが、どうやら式は滞りなく無事に終わったようだった。
ギルランスがこちらに向かって歩いてくる姿が見える。
その顔には不快感がありありと滲み出ており、普段以上に眉間に皺を寄せて苛ついているようだ。
おそらく先程のキスの事を思い出しているのだろう、ギルランスは手の甲でグイと口元を拭いながら和哉の隣に立つと、不機嫌極まりない声で呟く。
「ったく、あのクソ女……」
その言葉と態度から、ギルランスがアミリアとのキスに相当不快な思いをしたらしい事が窺える――とはいえ、咄嗟にアミリアを突き飛ばしたりしなかったあたりにはギルランスの優しさも垣間見えた。
これが、アミリアを真に妹同然だとギルランスが思っているからなのか、それとも彼の中に別の感情があっての行動なのかは和哉には分からなかったが……どちらにせよこの一件には心が抉られるような嫉妬を感じた事は紛れもない事実であった。
(ああ……そっか……そういえば僕が新婦に扮していたらあのキスシーンもなかったかもしれないんだよな……)
自分が女装さえしていればこんなにも傷付く事はなかったかもしれない、と今更ながらに気付いた和哉は、あの時に変な意地を張ってしまった自分を悔やんだりもしてしまう。
そんなご都合主義的な考えを思い浮かべている自分に気付き、一人自嘲しながらも和哉は未練がましくその思考に囚われていた。
アミリアに対する嫉妬心やら自己嫌悪やらで混乱したまま俯いていた和哉だったが、不意に横から口元に伸びて来た手にハッと顔を上げた。
それは和哉の顔を覗き込みながら唇に触れるギルランスの手だった。
「……切れてるぞ?」
どうやら、無意識のうちに強く唇を噛みすぎて血が滲んでいたようで、ギルランスは訝し気な顔で和哉の唇に軽く指を触れさせると、すぐにその手を引っ込めた。
「――っ!」
ほんの一瞬の出来事だった――だが、その瞬間、ギルランスの指先が微かに唇に触れただけにもかかわらず、和哉の全身はまるで雷に打たれたかのような衝撃が走った。
一気に心拍数が上がり呼吸困難になりそうなほどの息苦しさと、身体中の血液が沸騰したかと思うほどの熱に襲われる。
ギルランスに触られたところの感覚が妙に敏感になっていて、そこだけが痺れたように疼いていた。
和哉は口元を手で押さえながら慌てて顔をそらすが、それでも身体の熱は一向に収まる気配を見せなかった。
(う、うわぁあぁ……ヤバいってこれは……!)
無性にこの場から逃げ出したくなる衝動に駆られながらも、和哉は何とか踏みとどまって気持ちを落ち着かせようと試みる。
取りあえず深呼吸をし、何か別の事を考えようとしてみたが無駄だった――結局なにも浮かばず余計に焦ってしまう自分に、変な汗を全身にかきながら和哉の脳内はパニック寸前だった。
が、その時――。
「おい、聞いてんのか?」
不意に声をかけられてハッと顔を上げた和哉は、不機嫌そうな顔をしたギルランスと目が合った。
「あ、ごめん……何?」
慌てて聞き返す和哉に、ギルランスは大きく溜め息を吐いた。
「……だから、いったん宿へ戻るぞって言ったんだよ」
「あ、うん……」
「……お前大丈夫か?なんか変だぞ?」
訝しげにしながらも心配そうに顔を覗き込んでくるギルランスに和哉はまたまたドキリと心臓を跳ねさせる。
「べ、別に大丈夫だけど!?」
取り繕うように言いながら顔を背ける和哉の様子に、ギルランスは更に怪訝な表情を露わにして首を傾げた。
「けどさっきから様子がおかしいぞ?何かあったのか?」
「――っ!大丈夫だって言ってるだろっ!!」
ギルランスの追究に本当の事など言える筈もない和哉は、焦るあまり思わず声を荒げて返してしまい、ハッと口を押さえた。
その強い口調に驚いたのか目を見開いたギルランスだったが、すぐに今度は眉間に深い皺を刻みながらジロリと和哉を見据える。
「なんだよ、その態度は……?」
少し怒気を含んだような声色で詰め寄るギルランスに、和哉は慌てて首を振った。
「あ、いや……何でもないんだ……本当に大丈夫だから……ご、ごめん」
素直に謝る和哉の顔をしばらくじっと見つめていたギルランスだったが……やがて小さく息を吐くと、「わかったよ」と言って踵を返した。
そしてそのまま何も言わずにスタスタと先に歩き出して行ってしまう。
和哉はその後ろ姿を見送りながら安堵の息をつくものの、その胸の奥には再び鋭い痛みが走っていた。
(ごめん、ギル……ホントは嘘なんだ。僕、全然大丈夫じゃないみたいだ)
心の中でそっと呟きながら、和哉はギルランスの後を追いかけた。
そして、アミリアはそんな二人の後ろ姿を見つめながら、少しだけ複雑な表情で黙って付いて行った。
教会の控え室で和哉はギルランスの姿を眺めながら心の中で呟いた。
今日のギルランスは、いつもの冒険者姿ではなく、髪をセットし白いタキシードに身を包んでいた。
その姿はまるでおとぎ話にでも出てきそうな、どこかの国の王子様のようで思わず見惚れてしまう。
いつもとは違う雰囲気を纏うギルランスにドギマギしながらも和哉はなんとか平静を保とうとしていたが、不意に振り向いたギルランスと目が合ってしまい、ドキリと心臓を跳ねさせた。
途端に顔が熱くなっていくのがわかる。
「……なんだよ、ジロジロ見て……」
ガン見していた和哉の視線がさすがに気になったのか、ギルランスはジロリと睨みを利かせた。
「あ、いや、その……いつもと違うからビックリしちゃって……」
さすがに『見惚れていた』などとは言えない――和哉は焦りながらも適当に誤魔化した。
当のギルランスはといえば「窮屈でしょうがねぇ」などと愚痴りながら、うんざりとした様子で頭を掻いている。
そんな彼の姿に苦笑いしながら、和哉もまた着慣れないスーツに落ち着かない気分を味わっていた。
そうこうしているうちに式の準備が整ったようで、控室のドアがノックされ、純白のウェディングドレスに身を包み美しく飾られたアミリアが入ってきた。
「どう?似合う?」
微笑みながらクルリと回ってみせる彼女に和哉は思わず目を瞠った。
白を基調としたレースをふんだんに使った豪華なウェディングドレス姿のアミリアは、まるで天使か女神かという程美しかった。
「とっても似合ってる!すっごく綺麗ですよアミリアさん!」
和哉が感嘆の声を上げると、アミリアは嬉しそうに「ありがとう!」と答えながら可憐な花のような笑顔を見せる。
そんなアミリアの美しさにしばし見惚れていた和哉だったが……ふと、隣からの視線を感じてそちらへ顔を向けると、どこか面白くなさそうな表情をしたギルランスと目が合った。
「なんだよ、お前、アミリアに惚れたのかよ?」
ぶっきらぼうに投げかけられたギルランスの言葉に和哉は慌ててブンブンと手を振りながら否定する。
「ち、違うよ!!全然そんなんじゃなくて!……単純に綺麗だなって、そう思っただけだよ!!」
何故なのか?和哉は自分でも分からなかったが、彼にそんな風に誤解されてしまうのが嫌で必死になって弁明した。
「へえぇ?」
和哉の反応が面白かったのか、ギルランスはニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべながら和哉の顔を覗き込む。
その至近距離に和哉は思わず仰け反りながら顔を赤く染めてしまう。
そんな二人をクスクスと笑いながら微笑ましそうに見ていたアミリアは、改めてギルランスに向き直ると手を差し出した。
「ほら、ギル!さっさと行くわよ!」
「へいへい」
グイグイと引っ張っていくアミリアにギルランスは苦笑しながらも大人しく従って行った。
付添人である和哉も慌ててその後を追うように歩き出す。
教会の聖堂へと入ると、そこは厳かな雰囲気に包まれており、ステンドグラスからは色とりどりの光が差し込んでいた。
中央の祭壇に向かい、ギルランスはアミリアの手を取りエスコートしながらゆっくり歩いていく。
その後を付添人として付いて歩く和哉は前を歩く二人の姿を見つめながら考えていた。
(本物の幸せいっぱいのカップルみたいだ……)
アミリアはとても嬉しそうに微笑んでいて、そんな彼女を見つめるギルランスの表情もまたとても優しげだった。
そんな中、先ほどからずっと和哉の胸の中には重苦しいモヤのようなものが渦巻いていた。
二人の姿を見ていると胸が締め付けられるように苦しくなり、次第にイライラしてきて……思わず顔をゆがめてしまう。
(どうしよう……なんかすごく嫌だ)
和哉の内には、言い知れない感情が湧き上がってきていた。
(なんでこんなにムカムカするんだ……?僕は二人とも好きだし、大切な仲間なのに……)
そうは思うものの二人の仲睦まじい姿を見るたびになぜか心がざわつくのだ。
祭壇の前に腕を組んで立つ二人は、どこからどう見ても美男美女のカップルにしか見えない。
それがまた和哉の心をかき乱した。
(あぁもう!なんなんだよこれ!!)
そんな事を考えているうちにいつの間にか式が始まってしまっていたようで、和哉は慌てて所定の位置に着いた。
二人から少し離れた斜め後ろの位置から見守るような形だ。
神父の厳かな声が響く中、チラリと視線を向けると、至極真面目な表情で真っ直ぐ前を向いているギルランスが見える。
その姿がまた和哉の胸をザワつかせた。
(うぅ……ダメだ……やっぱり苦しい)
そう思いながら視線を移すと、今度はアミリアと目が合った。
彼女はニッコリと笑って手を振ってくるが、それを見た瞬間、和哉は思わず目をそらしてしまった。
(――っ!なんで僕は目を逸らすんだよ!?)
自分で自分の行動が理解出来ずに混乱してしまい、焦りを募らせる和哉をよそに、式は粛々と進んでいく。
やがて、誓いの言葉と指輪の交換が済み、最後のセレモニーである”誓いのキス”が行われる段階になったが……。
「それでは誓いのキスを」と言う神父の言葉を聞いた瞬間、三人は固まったまま動けなくなってしまった。
(((――っ、そうだった~~!!?)))
そう、三人ともすっかり忘れていたのだが、この結婚式は偽とはいえ表向きは正式な結婚式なのだ。
つまり当然、キスシーンもあるわけで……。
ギルランスとアミリアは同時にギクリとした顔をしながら互いを見やる。
和哉もまた顔を青ざめさせて硬直していた。
(ヤバい!すっかり忘れてた!)
ギルランスとアミリアのキスシーンなど見たくはないと思う和哉だが、だからと言ってこのまま固まっていても仕方がないし、神父に怪しまれてしまう。
(ど、どうしよう……)
と、その時だった――相当焦っているのか、いつになく取り乱した様子でギルランスが神父に向かって口を開いた。
「い、いや……実は――」
(ちょっ!!ギル!何を言う気だよっ!!)
ここで偽装だとバレたら元も子もない。
慌てて和哉がギルランスを止めようとするが、それより先にアミリアによって彼の口は塞がれた。
アミリアはいきなりギルランスの胸倉を掴み引き寄せると、そのまま強引に唇を重ねたのだ!
これには和哉のみならず、当事者であるギルランス本人も驚きに見開いた目を白黒させている。
(――っ!!)
和哉は目の前で起きた突然の出来事に、頭が真っ白になるほどの衝撃を受けていた。
それはまさに棍棒か何かで思い切り頭を殴られたようなショックだった。
頭の中がぐちゃぐちゃになって何も考えられなくなる。
全身が燃えるように熱い――それなのに手足は氷のように冷たくなっていくのが分かった。
(……ああ……そうか……僕は……)
その時、和哉はようやく気が付いた。
自分がずっと抱いていた気持ちの正体に――。
(僕は……ギルが好きなんだ……)
その事に気付いた途端、胸につかえていた何かがストンと落ちたような気がした。
それと同時に今度は泣きそうになるほど切なく悲しい気持ちになってしまう――和哉は唇をギュッと噛み締めながら、必死にそれを堪えるしかなかった。
そこから先はあまり記憶がなかったが、どうやら式は滞りなく無事に終わったようだった。
ギルランスがこちらに向かって歩いてくる姿が見える。
その顔には不快感がありありと滲み出ており、普段以上に眉間に皺を寄せて苛ついているようだ。
おそらく先程のキスの事を思い出しているのだろう、ギルランスは手の甲でグイと口元を拭いながら和哉の隣に立つと、不機嫌極まりない声で呟く。
「ったく、あのクソ女……」
その言葉と態度から、ギルランスがアミリアとのキスに相当不快な思いをしたらしい事が窺える――とはいえ、咄嗟にアミリアを突き飛ばしたりしなかったあたりにはギルランスの優しさも垣間見えた。
これが、アミリアを真に妹同然だとギルランスが思っているからなのか、それとも彼の中に別の感情があっての行動なのかは和哉には分からなかったが……どちらにせよこの一件には心が抉られるような嫉妬を感じた事は紛れもない事実であった。
(ああ……そっか……そういえば僕が新婦に扮していたらあのキスシーンもなかったかもしれないんだよな……)
自分が女装さえしていればこんなにも傷付く事はなかったかもしれない、と今更ながらに気付いた和哉は、あの時に変な意地を張ってしまった自分を悔やんだりもしてしまう。
そんなご都合主義的な考えを思い浮かべている自分に気付き、一人自嘲しながらも和哉は未練がましくその思考に囚われていた。
アミリアに対する嫉妬心やら自己嫌悪やらで混乱したまま俯いていた和哉だったが、不意に横から口元に伸びて来た手にハッと顔を上げた。
それは和哉の顔を覗き込みながら唇に触れるギルランスの手だった。
「……切れてるぞ?」
どうやら、無意識のうちに強く唇を噛みすぎて血が滲んでいたようで、ギルランスは訝し気な顔で和哉の唇に軽く指を触れさせると、すぐにその手を引っ込めた。
「――っ!」
ほんの一瞬の出来事だった――だが、その瞬間、ギルランスの指先が微かに唇に触れただけにもかかわらず、和哉の全身はまるで雷に打たれたかのような衝撃が走った。
一気に心拍数が上がり呼吸困難になりそうなほどの息苦しさと、身体中の血液が沸騰したかと思うほどの熱に襲われる。
ギルランスに触られたところの感覚が妙に敏感になっていて、そこだけが痺れたように疼いていた。
和哉は口元を手で押さえながら慌てて顔をそらすが、それでも身体の熱は一向に収まる気配を見せなかった。
(う、うわぁあぁ……ヤバいってこれは……!)
無性にこの場から逃げ出したくなる衝動に駆られながらも、和哉は何とか踏みとどまって気持ちを落ち着かせようと試みる。
取りあえず深呼吸をし、何か別の事を考えようとしてみたが無駄だった――結局なにも浮かばず余計に焦ってしまう自分に、変な汗を全身にかきながら和哉の脳内はパニック寸前だった。
が、その時――。
「おい、聞いてんのか?」
不意に声をかけられてハッと顔を上げた和哉は、不機嫌そうな顔をしたギルランスと目が合った。
「あ、ごめん……何?」
慌てて聞き返す和哉に、ギルランスは大きく溜め息を吐いた。
「……だから、いったん宿へ戻るぞって言ったんだよ」
「あ、うん……」
「……お前大丈夫か?なんか変だぞ?」
訝しげにしながらも心配そうに顔を覗き込んでくるギルランスに和哉はまたまたドキリと心臓を跳ねさせる。
「べ、別に大丈夫だけど!?」
取り繕うように言いながら顔を背ける和哉の様子に、ギルランスは更に怪訝な表情を露わにして首を傾げた。
「けどさっきから様子がおかしいぞ?何かあったのか?」
「――っ!大丈夫だって言ってるだろっ!!」
ギルランスの追究に本当の事など言える筈もない和哉は、焦るあまり思わず声を荒げて返してしまい、ハッと口を押さえた。
その強い口調に驚いたのか目を見開いたギルランスだったが、すぐに今度は眉間に深い皺を刻みながらジロリと和哉を見据える。
「なんだよ、その態度は……?」
少し怒気を含んだような声色で詰め寄るギルランスに、和哉は慌てて首を振った。
「あ、いや……何でもないんだ……本当に大丈夫だから……ご、ごめん」
素直に謝る和哉の顔をしばらくじっと見つめていたギルランスだったが……やがて小さく息を吐くと、「わかったよ」と言って踵を返した。
そしてそのまま何も言わずにスタスタと先に歩き出して行ってしまう。
和哉はその後ろ姿を見送りながら安堵の息をつくものの、その胸の奥には再び鋭い痛みが走っていた。
(ごめん、ギル……ホントは嘘なんだ。僕、全然大丈夫じゃないみたいだ)
心の中でそっと呟きながら、和哉はギルランスの後を追いかけた。
そして、アミリアはそんな二人の後ろ姿を見つめながら、少しだけ複雑な表情で黙って付いて行った。
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