ダブルソード 第二章 ~アドラ編~

磊蔵(らいぞう)

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第45話 不安定な心

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食事を済ませた後、三人は作戦通り部屋で待ち伏せするために所定の位置についていた。
アミリアは部屋のクローゼットの中に隠れて待機している。
そして、今、和哉はギルランスと一緒にベッドの中にいるのだ――。

犯人が来ても簡単にはバレないように布団を深く被って隠れているので恐らく大丈夫だろう。
二人とも直ぐに戦闘態勢に入れるように武器を携えて布団に潜り込んで息を潜めている。
しかし、和哉が今気になって仕方がないのは、すぐ隣にギルランスがいるという事実だった。

(それにしても……近いっ!!)

一つの布団の中で一緒に入っているのだから当たり前なのだが、あまりにも距離が近すぎて心臓の音がバクバク鳴っているのが聞こえてしまうのではないかと気が気ではなかった。
お互いの息遣いや体温まで感じるほど近くに好きな人がいて冷静でいられるわけがない。
和哉の胸は高鳴りっぱなしだった。

(うぅ~っ……なんでこんな事に……)

今更後悔したところで何も変わらないのだが――。

****
****

時は少し遡り、三人が宿屋で作戦会議をしていた頃まで戻る。

”ギルランスファーストキス騒動”が落ち着いた後、おもむろにギルランスが口を開いた。

「とりあえず今夜はここで待機だな」

その言葉にアミリアはうなずいた。

「そうね、犯人が現れるとしたら夜だろうし……」

「ああ、それに犯人がどんな奴なのかも分からねぇ……危険かもしれないし、アミリアはいったん帰るか?」

心配をするギルランスに対し、アミリアは少し呆れたような顔を見せて溜息をついた。

「あのね、相手は魔法使いかもしれないのよ?魔法に対抗するには同じ魔法で対抗するしかないわよ!」

「……そうなると、お前の出番って訳か……」

「そういう事!まっかせなさい!!」

アミリアはそう言って自分の胸をドンッと叩いた。
その様子にギルランスは若干引き気味な様子で苦笑いを浮かべながらも納得したようだった。
そんな二人をよそに和哉はギルランスに対する自分の気持ちを自覚した今、これからどうやって彼と接すればいいのか悩んでいた。

(……こういうのをBLって言うんだっけ……?)

元の世界で同級生の女の子達がそういう漫画などで盛り上がっていたのは何となく記憶にあるのだが、あれはあくまで漫画の世界でありフィクションだ。
女子たちが『BLはファンタジーよ!』などと言っていたのが印象に残っている。

(それに……)

世の中には”同性愛者”と言われる人たちが存在している事実は和哉も知識として知っていたものの、実際にそういった人に出会ったり接したことがなかったため、当時はどうしても実感がわかなかったのだが……それがまさか自分が当事者になってしまうとは夢にも思わなかったのだ。
女性としか経験のない和哉には未知の世界すぎて正直どうしていいのか分からなかった。

(あ~、あの時クラスの女子が貸してくれようとしてた漫画、借りとけば良かったかなぁ……)

もし同性同士の恋愛模様を描いた作品を読んでいれば、多少なりとも参考になったかもしれないのに……などと思い、今更後悔しても後の祭りだ。
とにかく今は目の前の現実を受け入れていくしかないのだと考えていた和哉だったが……。

(あれ……?ちょっと待って……?そもそもこの世界って同性愛OKなのか??)

ふと頭に浮かんだ素朴な疑問だったが、それは今後の展開に大きく関わってくる重要な問題だ。
和哉にはこの世界の法律や倫理観についての知識はまだあまりなかった。
少なくとも今まで読んだ小説内では同性同士で愛し合う描写はなかったはず――そう思いつつ記憶をたどってみたが、やはり思い当たる節がない。

(う~ん、どうなんだろ?日本みたいな感じなのか、それとも海外みたくもう少しオープンな感じなのか……?)

そんな事を考えているうちにいつの間にか二人の話は終わっていたようで、和哉はギルランスから話しかけられていることに気づくのが遅くなった。

「おい、カズヤ!聞いてたか!?」

(―えっ?)

ハッとしてギルランスの顔を見ると、彼は呆れたような表情を浮かべていた。
実は、ボーッとしたまま考え事に耽ってしまっていた為、話を一切聞いていなかった。
まさか”BLについて考えていました”などと言えるはずもなく、どうやってこの場を切り抜けるべきか必死に考える和哉だったが、訝し気にじっと見つめるギルランスの視線に耐えきれなくなる。

「……うっ……すみません、聞いていませんでした……もう一度お願いします」

小さくなりながら素直に白状し謝る和哉に、ギルランスは更に呆れ顔を深めるが、「――ったく、しょうがねぇな」と言いながらももう一度説明してくれた。

「―― ――という訳だ」

一通りの説明を聞き終えた和哉はその”作戦”に息をのむ。

「……つまり、アミリアさんがクローゼットに隠れて……僕とギルが一緒のベッドの中で待ち伏せ、と……?」

おそるおそる聞き返す和哉にギルランスは無言で大きくうなずいた。

(マジかーー!!!?マジですかーーーー!!!!?)

思わず叫び出しそうになったが、何とか堪えた自分を褒めてやりたいと思った和哉だった――。

****
****

そして今に至る――。

(ヤバい……ドキドキしてきた……)

和哉は緊張のあまり心臓が口から飛び出しそうだった。
好きな相手と一緒のベッドの中にいるというこの状況だけでもいっぱいいっぱいなのに、いつ来るか分からない犯人を警戒しなければならないのだから尚更だった。

(早く来て欲しいような来ないで欲しいような……)

そんな矛盾した気持ちを抱えながら和哉は隣で息を潜めているギルランスの様子を窺う。
暗くて良く見えないが、彼は特に緊張している様子はなく平常心を保っているようだった。
一方の和哉としたらそれどころではなく、今にも何かよくわからない事を口走ってしまいそうになっていた。

(落ち着け……落ち着くんだ僕!!こんな所で醜態を晒すわけにはいかない!!)

いつ犯人の襲撃があるか分からない状態にもかかわらず、こんな浮ついた気分でいる場合ではない事は分かっている。
分かっていながらも、どうしてもギルランスを意識してしまっていた。

(うう……)

好きな人と同じ布団の中で密着しているというこの状況に耐えられそうもなく、思わず逃げ出したくなる気持ちを和哉は必死に抑えていた――そんな時だった。

「(おい、カズヤ……大丈夫か?)」

声を潜めながらの不意の呼びかけに、ビクッと体を震わせた和哉が恐る恐る振り向くと、暗い布団の中でもわかるくらい目と鼻の先にギルランスの顔があった。

(――っ!!!)

想定外の距離の近さに痛いほど心臓を跳ねさせた和哉は、反射的に仰け反るように顔を引いて距離を取る。

「(な、なに!?)」

自分でも驚くほど裏返った声だったが、なんとかその音量を抑えられた事を褒めてやりたいぐらいだった。
ギルランスは、顔を逸らせる和哉を追うように更にその距離を詰めつつ、訝し気な顔で覗き込む。

「(お前、今日はいつにも増して様子が変だぞ……?どうした?)」

「(べ、別に!何もないけど!?ちょっと緊張してるだけだから)」

和哉は声を抑えつつも、ギルランスの問いかけを全力で否定する。
だが、そんな和哉の態度にギルランスは納得がいかないらしく、「(……やっぱ、変だ)」と言いながら尚も追及の手を緩めようとはしなかった。
そして――。

「(もしかして体調でも悪ぃのか?熱とか――?)」

そう言った瞬間、ギルランスの大きな掌が和哉の額に覆いかぶさるように置かれた。
ギルランスにしたら本当に純粋に心配してくれての行動なのだろうが、間近で覗き込みながらそんなことをされてしまえば堪ったものではない――和哉の心臓は爆発寸前だった。

(ちょ、近いっ!顔近すぎるからっ!!)

パシッ――!

パニクった和哉は思わずその手を払い除けてしまっていた。

(あっ――)

その自分の行動にハッとした時にはもう遅かった。

「……あ、ごめん……ほんと、大丈夫だから」

しまった、と思いつつ慌てて謝る和哉だったが……ギルランスは一瞬驚いたように目を見開いた後、直ぐに眉根を寄せて顔を曇らせる。

「……そうかよ……」

ムッとした表情でそれだけ言うと、ギルランスは寝返りを打つように和哉に背を向け、そのまま黙り込んでしまった。

(うわぁぁぁ!まずい……っ!どうしよう!?)

ギルランスの背中からは明らかに不機嫌になっている雰囲気がひしひしと伝わってきて和哉は慌てふためく。
しかし、”ときめきすぎて心臓破裂しそうだったから”などと言えるはずも無く、焦りだけが積み重なっていくばかりだった。
そんな和哉の心境を知ってか知らずか――暫く黙りこくっていたギルランスは背を向けたままボソリと口をひらく。

「……お前さ、なんかあったら言えよな?」

「……え?」

不意の言葉に問い返す和哉にギルランスはさらに続けた。

「なんか今日のお前、いつもと違うっていうか……妙にソワソワしてるかと思えば機嫌悪そうにしてたり、正直意味わかんねぇんだよ」

(――あ)

ギルランスのその言葉を聞いた瞬間、和哉は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

(僕は一体今まで何を見ていたんだろう……)

こんなに近くで心配してくれている人がいるというのに、自分のことで精一杯になりすぎていたせいで相手の優しさに気付けなかった――それどころか逆に傷つけるような行動をとってしまった自分自身に腹が立つと同時に激しく後悔の念に襲われた。

ただ、それでも本当の事など伝えられるはずもなく、和哉は必死で言い訳を考えたが何も出てこなかった。
そして、暫しの沈黙の後、ギルランスは不機嫌そうな溜め息と共に再び口を開く。

「まぁ、お前が言いたくねぇなら無理には聞かねぇよ……俺が思ってたほどお前は気を許しちゃくれてねぇってだけだろ?……余計な詮索して悪かったな」

まるで拗ねた子供のように言う、その言葉に和哉の胸はズキリと痛む。

(あぁ……僕は最低だ……勝手に浮かれて一人で舞い上がって……)

体調を気遣ってくれたギルランスの善意を振り払い、傷つけてしまっただけでなく、自分の言動が彼を悲しませてしまったことに気が付いたからだ。

(どうしよう……どう言えばいいんだろう?)

和哉は慌てて弁解しようと口を開く。

「ごめん……そんなつもりじゃないんだ……!ただ僕は……その……えっと……」

どう言えば伝わるだろうか――そもそも何を伝えたらよいものか?と考える間もなく口をついて出る言葉はどれも要領を得ない。
そんな和哉にギルランスはフンと鼻を鳴らしながらも振り返り、ようやく目を合わせてくれた。
その顔は怒っているようにも悲しんでいるようにも見えるし、それでいて呆れているような、そんな複雑な表情をしていた。

「……別に謝って欲しいわけじゃねぇんだけど?」

「うん……わかってる……」

和哉はギルランスの目を直視出来ないままうなずき、俯き加減ながらもなんとか言葉を続ける。

「ごめん……今は言えないけど……いつか必ず話すから……だから……その……もう少し待ってて欲しいんだ……」

自分でも何が言いたいのか分からないままに、たどたどしい言葉に乗せて思いを口にしていくうちに涙が滲んでくるのを感じる。
そんな和哉の様子をしばらくジッと見ていたギルランスだったが、やがて何度目か分からない溜め息を吐いた後、フッとどこか寂し気な笑みを漏らしながら和哉の頭にポンッと手を乗せた。

「――ああ……わかった」

そう言ってギルランスは手を離すと、再び背を向けて横になった。
ギルランスが許してくれたのか?機嫌は直ったのか?――それは分からなかったが、目の前の広い背中とそこから感じる柔らかな体温、それだけで和哉の鼓動は高鳴り、胸は熱く締めつけられる。
だが、そんな想いの中、和哉は自分のこの想いがどこまでの物なのか、正直まだいまいちよくわかっていなかった――と、いうのも”男が男を好きになる”という事実に和哉自身まだ戸惑う部分もあり整理しきれていないというのが本音だった。

(でも、確かに僕はギルを好きなんだ……それは間違いのない事実だ)

少なくともこの想いだけは、嘘でもなければ勘違いでもないということだけは自信を持って断言出来る――そう結論づけた瞬間だった。
部屋の外の気配が変わったのを感じ取った和哉は、ハッと息をのみ緊張に身を固めた。
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