ダブルソード 第二章 ~アドラ編~

磊蔵(らいぞう)

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第46話 アミリアの魔法

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部屋のドアがカチャリと音を鳴らした。

(――!!来たっ!?)

一気に和哉の緊張感が増し、先程までのドキドキとはまた違う心臓の音がうるさいくらいに鳴り響く。
何者かが部屋に侵入してくる気配に、和哉は息を殺して耳を澄ませた。
足音は二人分聞こえるが、話し声はしない――そのかわり、グルルという獣のような息遣いが聞こえる。

和哉は侵入者に気付かれないように気を付けながら、布団の中からそっと覗き足音の主を確認してみた。
息を潜めてドアの方を見やる和哉の目に、黒いローブを纏った人物と、もう一つ大きな影がゆっくりと部屋へ入ってくるのが映った。
男のほうはフードを目深に被っているため、顔は見えないが体型からして恐らく男だろうと判断できた。

もう一方の影は2メートル近くある二足歩行の魔獣のようで、薄暗い闇の中、赤く光る双眸と鋭い牙が禍々しく光っているのが分かる。
その様子に和哉は、ローブの男はおそらく魔物使いでこの魔獣を従えているのではないだろうか、と推測する。

(……でも、なぜこんなことをする必要がある?)

二人組の目的が不明なだけに困惑する和哉をよそに、足を忍ばせベッドへと近づいてきた侵入者は、それぞれ二手に分かれてベッドサイドの左右に回り込んだ。
和哉側にローブの男が立ち、そしてギルランス側の枕元には巨大な魔獣が禍々しい息遣いをさせながら佇んでいる。
こちらが熟睡していると思っているのか侵入者は何の警戒もせず油断しきっているようだった。
魔獣がゆっくりと腕を振りかぶり、その爪が振り下ろされた瞬間――。

ガキィーーン!!!

ギルランスの剣が魔物の爪を弾き返し薄暗い室内に火花が散ったかと思うと、すぐさまベッドから飛び出し魔獣に斬りかかる。
そして、ザシュッ!という音と共に、魔獣の首が宙に舞った。
胴体だけになったその巨体は血飛沫を撒き散らしながら倒れ込み、あっと言う間にその命を落とした。

一方、ギルランスと同時にベッドから飛び出した和哉も、慌てて逃げようとするローブの男の背中を取り、弓矢で狙っていた。

「動くな!!動いたら体に穴が開くよ?」

和哉の言葉にピタリと動きを止めた男は観念したように手にしていたナイフを手放すと、床に膝まづいた。
抵抗する様子はなく、どうやら諦めたようで、和哉はホッと胸をなでおろす。
そこへ――。

「終わったかしらぁ?」

ガタリとクローゼットの扉が開き、アミリアが顔を覗かせた。

「あ、はい、多分……」

アミリアに答えながら和哉はギルランスの方に目をやる。
魔獣を倒したギルランスは薄暗い部屋の中でゆっくりとこちらを振り向くところだった。

(なんか、ちょっと様子が……?)

違和感を感じながら首を傾げる和哉に目を向けることなく、ギルランスは足元に転がる魔物の死骸をぐちゃりと踏み付けながらローブの男に歩み寄ると、そのまま剣を男に突きつけた。

「……俺は今機嫌がわりぃんだ……全部吐いた方が身のためだぞ」

背筋が凍るような冷酷な低い声色でそう呟き、切先を男の喉に近付けるギルランスの顔を見た和哉はギョッとして身を固くする。
そう、ギルランスはまた、あの恐ろしい顔を見せていたのだ。
外からの淡い光に照らされたその顔は、まるで獲物を前にした獣のように獰猛だ。
琥珀の瞳は怪しく光り、犬歯を剥き出しにして笑っているようにも見える。

(あ……まただ……またこの顔だ!)

時折見せるギルランスのこの表情を見ると、和哉はいつも何故だか堪らない気持ちになってしまう。

(怖い……だけど……)

自分が捕食される側になってしまったかのような錯覚に陥り、確かに怖いと思うのだが、それだけではなく恐怖以上に別の感情が湧き出てくるのを感じるのだ。

(もっと見ていたい気もするけど……でも、これ以上はまずい気がする……!)

和哉は、恐怖と快楽が混在したような複雑な感情が自分の中で渦巻いているような、そんな感覚に襲われていた。

ローブの男もギルランスの様子に恐怖を覚えているのだろう――先程まで余裕のある顔をしていたはずの男の顔色がどんどん青ざめているのが見て取れる。
だが、それでも男は頑なに口を開こうとしなかった。
その様子を見て、ギルランスは冷たい光を宿した目のままニヤリと笑った。

「……そうか……なら死ね」

低い声で呟いたギルランスが剣を持つ腕を振り上げたその時、慌てた様子のアミリアがその腕にしがみつく。

「ちょ、ちょっと待ってギル!!」

アミリアの制止に、動きを止めたギルランスは表情一つ変えずにキロリと瞳だけを彼女に向けた。

「……」

「まだ情報聞き出していないでしょ!?殺しちゃだめよ!」

「……放せ」

「だめよ!ギル!!戻ってきなさい!!」

ギルランスは必死にしがみつくアミリアを鬱陶しそうに振り払うと、再度剣を振りかざす。
そこで、ようやくハッと我を忘れかけていたことに気づいた和哉は、慌てて声を上げる。

「――っ!ギルっ!!」

すると次の瞬間、和哉の声に反応するように、ピクリと眉を動かしたギルランスの動きがピタッと止まった。
そしてゆっくりと和哉に振り向く。
その瞳にはもう先程の狂気じみた光は見えず、いつものギルランスに戻っていた。

「……カズヤ……」

「ギル……よかった」

和哉がホッとした表情を浮かべると、ギルランスはどこか悲しそうな顔で目を伏せた。
そんな二人のやり取りを見ていたアミリアもホッとしたように息をつくと、気を取り直して口を開く。

「とりあえず、その男から話を聞きましょう?」

アミリアの促しに、和哉とギルランスは頷きローブの男に向き直る。
男は依然として顔を強張らせたままだったが、震えながらも反抗する様子を見せていた。

「は、話すわけがないだろ……!」

強がっているのか何なのか分からないが、話す事自体を恐れているようにも見えた。

「――じゃあ、やっぱ死ぬか?」

そう言って再び剣を構えるギルランスを、今度は和哉とアミリアが同時に押し留めた。
既にあの恐ろしさは見えず、今は通常モードのギルランスだと分かっていたが、二人は思わず慌てて声をあげる。

「ちょっ――ギル!!話聞くって言ったじゃんか!!」

「もうっ!だからダメだってば!」

二人揃っての剣幕にギルランスは一瞬驚いたように目を瞠った後、「ちぇっ――」と小さく舌打ちしながら渋々剣を収める。

「――んだよ、二人揃って……ちょっと脅しただけじゃねぇかよ」

などどブツブツと文句を垂れつつギルランスはバツの悪そうな顔で頭をバリバリと掻いた。
そんなギルランスの様子に和哉は苦笑いを浮かべ、アミリアは少し呆れたような顔で溜め息を吐くと、肩を竦めた。

「まぁ、取り敢えず、ここは私にまかせてくれるかしら?」

「アミリアさん?」

(なんか対策があるのかな?)

怪訝な顔で見る和哉に対し、アミリアは自信たっぷりにウィンクをしてみせてからローブの男に向き直る。
そして、呪文のような詠唱を呟きながらしゃがみ込み、男の正面から視線を合わせ、見据えた。

「あなた、名前は何て言うのかしら?」

アミリアの視線に射抜かれた瞬間、男はビクリと肩を震わせ……束の間の沈黙の後、ボソリと名乗った。

「……ロ、ロイン……」

「あら、いい名前ね」

男の名前を聞き出したアミリアは頷き、ニッコリと笑みを浮かべる。
だが、その微笑みを前に、ロインと名乗った男は何故か無理やり頬を引っ張りあげられたようないびつな笑みを顔に貼り付け、ブルブルと小刻みに震えていた。
そんなロインの様子に構う事なく、アミリアの言葉は続く。

「いい子ね、じゃあこれから私が質問するから、嘘偽りなく答えてちょうだいね?」

有無を言わさぬ笑顔でそう言うと、一度呼吸を整えアミリアは質問を繰り出した。

「まずは最初の質問よ。あなた達の目的は何かしら?どうして花嫁を狙うの?」

その問いにロインは暫く呆けたようにアミリアの顔を見つめていたが、やがてまるで自白剤でも飲まされたかのようにペラペラと話し出した。

ここで初めて和哉は、ロインがアミリアの魔法によって操られているのだと理解した。
アミリアのこの魔法は相手の心をコントロール出来るたぐいの物のようで、こういった尋問にはもってこいの能力と言えるだろう――和哉は改めてアミリアの能力のとその才能に驚かされていた。

(すごいな……こういうタイプの魔法もあるのか……!)

一方、ギルランスはといえば、元々アミリアの持つ力については知っていたようで、逆に妹同然の彼女の手腕を誇らしげな面持ちで眺めている。
そんな二人の前で、アミリアによる魔法によってロインの口は次々と言葉を紡ぎ出して行った。

「……お、俺達は、あのお方のために……あのお方の悲願である、”彼女の復活”を果たすために動いているんだ」

(((――!?)))

ロインの言葉にこの場にいた全員の息を飲み、顔を見合わせた。

(『あのお方』って?『彼女の復活』っていったい――?)

和哉が疑問を口にする前に、アミリアは質問を繋げた。

「『あのお方』とは誰のことかしら?」

「それは……言えない」

言い淀むロインにアミリアは再度催眠術のように問いかける。

「いい子だからおしゃべりしましょう?さぁ、教えて?なぜ言えないの?」

その甘く囁くようなアミリアの声音に、ロインは額に玉のような汗を滲ませながら必死に口を開き、言葉を紡ごうとするが……。

「い、言えない……言ったら……こ、殺される、から……」

そこまで言うと、ロインは再び貝のように口を噤んでしまった。
どうやら相当恐ろしい存在が背後にいるらしく、これ以上喋ることを拒否しているようだ。
しかしここまで来て何も分からず終いというのも困る――アミリアはいったん話を別の方向に振ってみるよう質問を変えた。

「じゃあ、復活って?どんな方法で誰を復活させるつもりなの?」

その問いには答えられるようで、ロインはまた素直に口を開いた。

「……我らはいろいろな方法を試みた……」

「いろいろっていうのは……?」

アミリアの促しに、ロインの口からは滑るように次々と言葉が出てくる。

「ある者は奴隷印で操った女に集めさせた男の精を使って試したが失敗した……またある者は古代の魔女を復活させる事が出来れば同じ方法で彼女も復活させられると考え、どこかの女を実験体にしてみたがそれも完全体の復活には至らず失敗に終わった……」

そこまで聞いて和哉とギルランスはハッと顔を見合わせた。

((それってまさか……!!))

二人は同時にそう思ったが、今は先に聞かなければならない事があるためあえて口にはしなかった。

「それで?あなたはなぜ花嫁を?」

続けざまに被せるアミリアの質問に、ロインは虚ろな目のまま答える。

「俺は……幸福感のエネルギーに満ち溢れた状態の女たちのパーツ――それを繋ぎ合わせて彼女の依り代を作ろうと考えた。邪魔な花婿のほうは俺のペットの餌にしてやったがな」

「なるほど――女性が一番幸せを感じている可能性の高い新婚初夜の花嫁を狙ったってワケね?」

アミリアが頷きながら確認すると、急にロインは得意気な顔を浮かべた。

「そうだ!俺たちは近々彼女の復活に成功するだろう!そのためにはこの世界を彼女が復活するにふさわしい混沌と闇に包まれた世界にする必要がある……そしてあのお方と彼女の世界が完成するんだ!!ハハハ……もうすぐだ……あのお方と彼女に選ばれし者たちだけが幸福になれる世界に生まれ変わるのだ……!」

恍惚とした表情でベラベラと語るロインの言葉に三人は戦慄した。
この男は――いや、この男が所属する何らかの組織は本気で世界を造り替えようとしているのだ。

「あのお方ってのは一体誰なんだよ!?」

さすがのギルランスも焦りを隠しきれない様子で口を挟み詰め寄るが、ロインはまるで独り言のように呟き続けるだけだ。

「……言えない……それは言えない。俺たちは選ばれし者なんだ!あの方は俺たちに力を与えてくれた……俺は彼のために尽くすと決めた……」

「だからあの方ってのは誰だよ!?教えろ!!」

恫喝するギルランスに怯む様子も見せず、ロインはそのまままた口を閉ざしてしまった。
取り付く島のないロインの様子に、このままでは埒が明かないと判断したのか、アミリアはさらに術を強めたようだ。
いっそうの魔力のオーラを纏いながら、静かに、だがさきほどよりも強い口調でロインに語り掛ける。

「ねえ、ロイン。私はあなたの敵ではないわ……安心して?ほら、ゆっくり深呼吸してみて……そう……いい子ね……そうよ……何も怖くはないのよ……だからもう少し詳しく教えてくれる?『あの方』っていったい誰なの?」

そうとう力を使っているのだろう、質問を繰り出すアミリアの額に滲んだ汗がツゥ、とひとすじ流れ落ちた。

「さあ、言いなさい」

アミリアはひと際強い口調で問い掛ける――すると、ロインはビクンと身体を震わせた後、虚ろな目を見開き、口から涎を垂らしながらも話し出す。

「あ……あの方は、我々の神であり救世主だ……新たな世界へ導くための力を持つ唯一の存在……そして我々に力を与えてくださった尊き御方……ラ……ラグ……ロス様……」

(((――!?)))

その名前に一同が息をのんだ次の瞬間だった――ロインの体がビクビクッと痙攣したかと思うと、突然カッと発光したのだ!
あまりの眩しさに目がくらみそうになるが、光はすぐに収束し、そこには大きく開けた口や目から黒い硝煙を上げたロインの焼死体が転がっていた。
それはまるで体内から発火したように衣服はそのままなのに対して全身は黒焦げになっており、辺りに肉の焼けるような嫌な臭いが立ち込めていた。
その様子を呆然と見ていた和哉だったが、やがてハッと我に帰ると、膝をついたまま項垂れているアミリアに声をかけた。

「アミリアさん!大丈夫!?」

「……ええ、大丈夫よ……たぶん、名前を口にすると自動的に発動する魔法だったみたいね……」

(そんな魔法もあるのか!?)

アミリアの状態を心配しつつも、和哉がこの世界の魔法の多様さに驚いてると、上から絞り出すような声が降ってくる。

「……ラグロス……だと……?」

見るとギルランスが愕然とした表情で立ち尽くしていた。
和哉もまた、ロインの口からその名前が出た事に衝撃を受けていた。
そう、ギルランスが復讐のために追っていた男――そのラグロスが一連の事件の黒幕だったのだ――!
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