ダブルソード 第二章 ~アドラ編~

磊蔵(らいぞう)

文字の大きさ
34 / 38

第47話 昇る朝日

しおりを挟む
和哉とギルランスは薄暗い部屋のソファに座り、一連の事件について話し合っていた。
ちなみに、膨大な魔力消費により疲労困憊となったアミリアは、現在ベッドで眠りについている。

「……つまり、ラグロスさんが黒幕って訳なのか……」

「……ああ、だろうな……」

そう言いながら溜め息をつく二人の前には、ロインが羽織っていたローブがテーブルの上に置かれていた。
そのローブの胸元に付いている紋章は間違いなく彼らが所属している組織のものだろう。

そしてその紋章は以前ミーシャの母親、リリアナが言っていた物に酷似して見えた。
ただ、当初和哉が想像していたものとは少し異なっていて、ウロボロスの輪の中にあるのは♀の記号ではなく、丸の中にエジプトの壁画を思わせるようなタッチの左目らしきものが描かれていた。
和哉はそのローブを手に取りしげしげと観察してみるが、当然それが何か分かるはずもない。

(……これは一体何なんだろう?)

「う~ん、この紋章って……ギルはなにか分かる?」

和哉が例のマークを指差しながら尋ねると、ギルランスは考え込むように唸りながら答える。

「……まぁ、さっきのあいつの話と照らし合わせて考えてみると……何となくだが、想像はできるかもな」

その言葉に少し驚き、続きを促すようにギルランスを見つめる和哉の視線を受け、彼は更に続けた。

「ウロボロスは言わずもがなだが、“左目”ってのは月を意味する場合がある……そして月にはその満ち欠けする様から『再生』『復活』『女性性』なんかの意味が込められてる事が多い……だから多分だが……」

ギルランスはそこで一旦言葉を区切ると、和哉の顔をちらりと見やってから再び口を開く。

「まぁ、平たく言えば、『(月=女性)の復活を目指している組織です』って事じゃねぇかと俺は思う……」

「なるほど、そういう事か」

先程ロインが『彼女の復活』とか言っていた事を思い出しつつ、和哉は納得して頷く。
だが、それでもまだ分からない事だらけだ。

「でも……ラグロスさんがそこまでして復活させたい女性って……?」

「さぁな……あの野郎の考えなんか俺には分からん……」

和哉の疑問に対して、ギルランスは憎々し気に吐き捨てるようにそう言うと、ひとつ大きな溜め息を吐いた後、続ける。

「ま、なんにしても、結局はあいつを見つけ出して直接聞くしか方法は無さそうだ……」

「うん……そうだね……」

そう言って二人は黙り込んでしまった。
街頭の光だけが差し込む薄暗い部屋に静がな時間が流れ、ただアミリアの規則正しい寝息だけが微かに響いていた。

そんな静寂の中、ふと和哉はあのベッドの中での出来事を思い出し、あの時ギルランスに不快な思いをさせてしまった事を改めて謝ろうと口を開きかけた――が、それより先にギルランスが言葉を発した。

「……さっきはわるかったな」

「……え?」

唐突な謝罪に和哉が顔を上げると、そこには真剣な表情をしたギルランスがいた。

「……またお前にあんな姿見せちまった……怖がらせちまったか?」

どうやら彼はあの豹変した自分の姿の事について言っているようだ。
確かにあんな凶悪な顔を見せるギルランスが全く怖くないといえば嘘になる――だが、それと同時に抗えないような魅力を感じている自分がいることを和哉はもう自覚していた。
むしろ、本来のギルランスがどんな姿であろうとも構わないと思っているし、彼の全てを受け入れられる自信すらある。

和哉が惚れたのは、自信に満ちた強さがあり、ちょっと怖い一面いちめんを持ち合わせながらも優しくて、そのくせ不器用で子供みたいな可愛さを見せる時がある――そんな複雑さを孕んだ”ギルランス・レイフォード”と言う人物なのだ。
だが、それを全て正直に告白する勇気など今の和哉にはなかった。
なので、今はギルランスの不安を払拭できるよう、話せる可能な範囲での言葉で本当の気持ちを伝えるため、和哉はギルランスの目を見つめながら微笑みかける。

「ヤだな、前にも言ったじゃん、怖くないって……ギルはそのまんまで僕にとっては充分なんだからさ。だから大丈夫だよ?」

その言葉を聞いた瞬間、ギルランスの顔が泣きそうに歪んだようにも見えたが、それも一瞬のことだった。
ギルランスはすぐに顔を逸らして、頭を掻きながら「……そうかよ」と言うと、和哉に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でボソリと呟いた。

「ありがとな……」

その横顔は安堵しているようであり、照れているようにも見え、和哉の胸は小さくキュンとする。

(うん、やっぱり可愛いんだよなぁ……)

そんな事を実感しつつ、和哉もまたギルランスに対して「僕のほうこそ、さっきはごめん」と謝る。
和哉としてはギルランスがあの状態になってしまった原因の一端は自分にもあるのではないかとも思えるし、何より彼に対して誤解を与えるような態度を取ってしまったことをかなり後悔していたのだ。

「ギルが体調を気遣ってくれたってのに、僕ったらあんな態度とっちゃって……ごめんね」

申し訳ない気持ちで頭を下げる和哉だったが、当のギルランス的にはもう既にそんな事は気にしていなかったようだった。

「なんだよ、そんな事気にしてたのか?別に怒ってねぇよ。まぁ、そりゃちょっとはムカついたけどな」

ギルランスは苦笑いを浮かべながら肩を竦めてみせると、「ただ―」と付け足すように続ける。

「――なんか悩んでる事があるんなら遠慮なく言えよ?」

そう言って二ッと笑い、ポンと和哉の頭を優しく撫でるギルランスに、和哉は頷きながら微笑み返す。

「うん、わかったよ……ありがとう」

とは言うものの――。

(言えるわけないじゃないかぁぁぁ!……”君が好き”だなんて、言えっこないだろぉ~!!)

心の中で絶叫しながらも顔は至って冷静に取り繕っている和哉とは裏腹に、ギルランスは穏やかな表情を見せていた。
それからまた暫く静かな時間が流れ、二人とも無言のまま時を過ごしていたが、やがてギルランスは何かに気付いたようにふと窓の外に視線を移した。

「……そろそろ夜が明けるな……」

その言葉に釣られて和哉も窓の外へと意識を向ける。
暗い夜空から白み始めた東の空へと移り変わる光のグラデーションが、夜明けが近い事を告げていた。

和哉はソファから立ち上がり窓辺まで行くと、そこから見える景色を眺めた。
中世ヨーロッパ風の街並みに朝霧がかかり幻想的な雰囲気を醸し出している。
遠く見える真っ白な王宮は昇り始めた朝日でそのシルエットを浮かび上がらせているのが見え、その周りを囲むようにして広がる街の景色はまるで絵画のようだった。

「……綺麗だ……」

和哉がその美しい光景に目を奪われながら思わず呟くと、背後から「そうだな……」と同意するように呟く声が聞こえた。
その声の近さに振り返った和哉は、いつの間にかすぐ後ろに立っていたギルランスと目が合いドキリとする。

(近っ――!)

慌てて前に向き直る和哉の気など知る由もないギルランスは、そのまま和哉の横に並ぶように移動すると、同じように外の景色に目を向けた。
肩と肩が触れ合うほどの距離にいるギルランスの体温にさえ意識してしまい、和哉の心臓はどんどん高鳴ってゆく。

今までなら特に気にする距離ではなかったはずだが、ギルランスへの気持ちを自覚してしまった今では必要以上に意識してしまうのだ。
そして一度意識すると今度は逆に、その僅かな距離がとてももどかしいものにも感じられて仕方がなくなる。

出来る事ならば、このまますぐ傍にいる彼の身体に手を伸ばして抱き付いてしまいたい――和哉はそんな衝動に駆られる自分がいるのに気付きながらも必死で平静を装っていた。
だが……そんな和哉に気付きもせず、ギルランスは不意に動いたかと思うと、和哉の肩に腕を回し自分の方へと引き寄せた。

(――!!?!?)

ギルランスとしたら普通に男同士の友情的スキンシップのつもりの行動だったのだろうが……その行為は和哉にとって完全に予期せぬ爆撃に他ならない。
あまりのショックに心拍数が急上昇して一瞬呼吸が止まりそうになった。

(どどどど、どうしようっっっ)

驚き過ぎて固まる事しか出来ずにいる和哉をよそに、ギルランスは窓の外を見つめたまま落ち着いた口調で話し始める。

「いろいろ考えたんだが……ここで幾つか依頼をこなして資金が貯まったら、俺はまたラグロスを探す旅に出ようと思う」

(えっ……!?)

その一言で、それまで舞い上がっていた和哉の気持ちは一気に奈落の底へと突き落とされ、違う意味で心臓が脈を打つ。
勿論、和哉もギルランスの目的は最初から分かっていたし、いずれは来るかもしれないと思い覚悟はしていた筈なのだが――実際に言われるとやはりショックは大きかった。

(そっか……やっぱり行くのか。分かってたけど……辛いな……)

そう思いながらも、和哉は自分を落ち着かせるようにひとつ息をつくと、努めて明るい声を作り言葉を返した。

「そ、そっか、そうだよね、ギルはいつまでもここにいるわけにはいかないもんな」

離れたくない!僕も連れて行って欲しい!――今にもそう叫んでしまいそうになる和哉だが、自分が一緒ではかえってギルランスの足手まといになってしまう事も十分に理解していたので、決して口には出さなかった。

(……迷惑かけられないもんな……仕方ないよ)

そう自分に言い聞かせつつ、ギルランスの顔も直視できずにギュッと唇を噛み締めながら俯く事しか出来ないでいた。
すると……。

「――でだ、カズヤ」

不意に名を呼ばれ、反射的に顔を上げた和哉の前には、いつになく真剣は眼差しのギルランスがいた。

「お前が良ければだが……一緒に付いてきてくれるか?」

(えっ!?)

思ってもいなかった言葉に、和哉はポカンとした顔でギルランスの顔を見つめるが――すぐにその意味を理解する。

(う、うそ!?ホント!?)

ずっと一緒にいたいと思っていた相手からそう言ってもらえたのだから、これが嬉しくないはずもない。
驚きと胸いっぱいに広がる喜びのあまり、和哉はうまく言葉を紡げなくなってしまう。
声を詰まらせる和哉をどう捉えたか分からないが、ギルランスは眉尻を下げながらも真摯な声色で言葉を重ねた。

「確かに危険な旅になるかもしれねぇ、それでもお前を連れて行きたいと思うのは俺の我儘だ……もちろん嫌なら断ってくれていい」

そう言いながら和哉の返事を待っているギルランスの顔は真剣そのもので、その目には強い決意の色が窺えた。

(そんなの――断るワケないじゃんっ!!)

思わず大声で叫びたくなる気持ちをぐっと抑えながら、和哉は潤む瞳でギルランスを真っ直ぐに見つめ返すと、自分を落ち着かせながらゆっくりと気持ちを言葉に乗せた。

「ギル……僕はね、君が許してくれるなら――いつだって君の傍に居たいと思ってるんだよ?足手まといになるかもだけど、君の行くところならどこへだって一緒に行きたいって思ってるんだ。だから――」

そこまで言って、今度はニッコリと満面の笑みで笑いかけながら、泣き出してしまいそうな自分を誤魔化すように少しお道化どけた口調で続ける。

「たとえそこが地獄の底だろうと、僕は喜んでついて行くつもりだからさ!」

ギルランスは和哉の言葉に驚きで目を瞠っていたが――次の瞬間にはフッと破顔して笑い声を上げた。

「フハッ、地獄の底か……そりゃ頼もしいってもんだ」

そう言って和哉の頭をクシャリとひと撫ですると、再び窓の外に視線を戻し、独り言のように小さく呟く。

「……そうか……ありがとな」

その言葉はとても小さなものだったが、和哉にはしっかりと届いていた。
そして、それが照れ隠しでもなく、心からの感謝の言葉だということは彼の表情を見れば明らかだった。

「うん……」

その表情にまた鼓動が高鳴っていくのを感じつつ和哉は小さく返事を返すと、無理矢理視線を外し窓の外へと向ける。
昇り始めた太陽の光が段々と濃いオレンジ色に変わり始め、辺りが明るくなっていく様を目にしながら、和哉は胸の奥底から湧き上がる温かい気持ちに浸っていた。

(よかった……これからも一緒にいられるんだ……)

しかも、今の言葉を信じるのであれば、ギルランスも少なからず和哉を必要とし、また信頼してくれているという事なのだ。
その事実に和哉の心は弾み、自然と頬も緩んでしまう。
そんな和哉の内心など知る由もなく、穏やかな表情で外を眺めていたギルランスは再び口を開く。

「俺は必ずラグロスを見つけ出し、決着を付ける……頼りにしてるぜ、相棒!」

その言葉と共に和哉の肩に回された手にグッと力が込められた。
それはつまり『二人で頑張ろう』という意味なのだろう――ならば和哉の答えは決まっている。

「うん!もちろんだよ!全力でギルをサポートするよ!!」

力強く頷く和哉に、ギルランスも満足そうな笑顔を浮かべた。
そして二人は決意も新たに、また朝日が照らし出す景色に目を向ける。
夜の帷が溶けて消えていく中、朝日が黄金色の光を放ちながら輝いている様子を、和哉とギルランスは言葉もなくただ眺め続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...