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第49話 この酔っ払いめ!!
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バタン――!
勢いよく宿のドアが開かれ、ギルランスを支えた和哉が室内に入ってきた。
「ちょ、ちょっと……ギル、大丈夫?」
「……ああ、平気だ……」
心配する和哉に、軽く手を掲げながら応えるギルランスだったが、足元がふらついている上に呂律も怪しい――かなり酒に酔ってしまっているようだ。
あの後、パレードを見ながら二人で飲んでいたのだが、酒に強いはずの彼がこんなに酔うとは珍しい。
どれだけ飲んでも顔色一つ変えた事がなかったし、ましてや、ここまでフラフラになっている姿など見るのは和哉も初めてのことだった。
和哉が支えながらベッドまで連れて行くと、布団に倒れ込むように横になったギルランスはそのまま動かなくなった。
どうやら眠ってしまったようだ。
(寝ちゃったか……)
和哉はギルランスの横に腰を下ろすと、子供のように眠りこけるギルランスをじっと見つめた。
(一体どうしたんだろ……?)
やはり何かあったのだろうか?と心配しつつ柔らかな銀髪に手を伸ばしかけたところで……寝言だろうか、不意にギルランスが小さく呟いた。
「……くそ……ラグロス……なんで……」
その言葉を聞いた瞬間、和哉はハッと息を呑んだ。
(そうだった、昨夜一連の事件の黒幕がラグロスさんだって判明したんだった……)
昼間はなんでもないような態度で振る舞っていたギルランスだったが、やはり気丈に振る舞いながらも内心ではかなり動揺していたのだろう。
和哉自身も昨夜その名を聞いた時は驚きを隠せなかったものだ。
まさかという思いと同時に、考えれば考えるほど、和哉の中で徐々にラグロスに対して怒りにも似た感情が湧き上がってくる。
ギルランスとは兄弟同然に育ちながら突然裏切るような真似をして彼の命を奪おうとしただけでなく、父親同然の師匠を殺して逃げた挙句、今度はこの世界の転覆を裏で策謀する秘密組織のボスとして君臨しているのだ。
そして、今でもこうしてギルランスを苦しめ続けている――そんな人物を許せるはずがなかった。
(こんなにもギルを苦しませるなんて、許せないよ……)
そんな風に感じつつ、和哉は酔いつぶれて眠っているギルランスに目を落とす。
(……きっと、ギルにとってラグロスさんとのことはトラウマになってるんだろうな……)
いつもならば決してそんな醜態を晒したりしない彼がこんな風になっているのだ――相当堪えているのだろうということは和哉にも容易に想像できた。
(ギル……)
和哉はそっと手を伸ばして、ギルランスの柔らかな髪を梳くように撫でた。
すると、それがくすぐったかったのか、ギルランスは眠ったまま「ん……」と小さく声を上げながら僅かに身じろぎをする。
その仕草がなんだか可愛らしく見え、愛おしさが湧き上がってくるのを感じながら和哉は自然と頬を緩ませた。
(いつもはあんなに俺様なのに……可愛いな……)
しばらくの間、和哉はギルランスの髪を撫でながら寝顔を見つめていたが……そろそろ自分も寝なければと思い、ベッドから立ち上がろうとしたその時だった。
ふいに伸びてきた手に腕を掴まれ、和哉はベッドに引き戻された。
「……え?何……?」
驚いて振り返るとまだ酔っているのかそれとも寝ぼけているのか、どこか虚ろな目で見上げるギルランスと目が合った。
「……どこ行くんだよ……?」
「え?いや……もう寝るからソファに戻ろうと思って……」
掠れた声で呟くギルランスの問いに和哉が戸惑いつつ答えると――なぜかギルランスはムッと眉間にしわを寄せたかと思うと、いきなり掴んでいる和哉の腕を引き寄せた。
「うわっ……!」
バランスを崩した和哉は思わずギルランスに覆い被さるように倒れ込みそうになる。
それを受け止めるように背中に腕を回したギルランスはそのまま強く和哉を抱きしめた。
(――なっ!??)
突然の事に驚き、目を白黒させながら固まる和哉をよそに、ギルランスはまるで逃がさないとでも言うかのようにぎゅっと強く抱き締めたまま、いつもより低い声音で耳元で囁くように呟く。
「ここにいろ……」
(――っ!)
今までに聞いた事がない、甘えたような、それでいて艶っぽい声音に一瞬思考停止に陥る和哉だが、次の瞬間には心臓が早鐘を打つように高鳴り始める。
「……ちょ……ギル……っ」
痛いくらいにバクバクと脈打つ心臓を抑えつつ、和哉は何とかベッドから抜け出そうともがきながら背を向けるが、今度は後ろから抱きすくめられる形で拘束されてしまい身動きができなくなる。
「うわっ……ちょ……待ってってば!」
慌てて抗議の声を上げる和哉の声など届いていないのか、ギルランスは更にギュッと腕に力を込めるとそのまま和哉の首筋に顔を埋め、まるで甘えるかのようにすり寄ってきた。
(ヤバい!ヤバいって……いや、そりゃ嬉しいけど……でも、これはマジでヤバいって!)
既に和哉の頭の中はパニック状態だ。
密着した背中から伝わってくるギルランスの体温や鼓動、そして何より直接肌に感じる吐息に全身が熱く火照り出し、頭がクラクラしてきてしまう。
もう限界だ!!と、思ったその時、後ろからスヤスヤという寝息が聞こえてきた。
(ん?あれ?もしかして……寝てる……?)
どうやら酔っぱらいの寝ぼけた行動だったようだ。
その事に和哉はホッとしつつも、同時にガッカリしている自分にも気づいてしまう。
(……って、何考えてるんだよ僕は!)
慌てて邪な考えを振り払うように頭を振り、自分を落ち着かせる和哉の背後では相変わらず規則正しい寝息が聞こえる。
普段は凛々しく大人びた印象を与えるギルランスがこんな風に甘えてくるなど、誰が想像できるだろうか。
(よっぽど精神的に参ってたのかなぁ……)
和哉は昨夜からの彼の様子を思い出し、胸が締め付けられるような気持ちになった。
ギルランスが普段通りを装っていただけなのかもしれないが、少なくとも和哉には彼が無理をして強がっているようには見えなかった。
おそらく、ギルランス自身、無意識のうちに自分の弱さを見せまいとしていたのではないかと思う。
それだけに今この姿を見るとどうしても放っておくことが出来なかったし、それ以上に、こんな風に甘えたような仕草をされてしまえば、普段とのギャップもあってか和哉としては余計に可愛く見えてしまうというものだ。
(……可愛い過ぎる……こんなの反則だろ……)
寝ているくせにしっかり和哉の事を抱き締めたまま離そうとしないギルランスの腕の中で、小さく溜息をつくと和哉は抵抗するのを諦めることにした。
(……ったく……しょうがないなぁ)
暫くの間そうやって大人しくギルランスの腕の中に納まっていた和哉だったが――やはり、好きな人にそんな風にされていて何も感じないというのは難しいもので……。
ギルランスの寝息が首筋にかかる度にゾクリとする感覚が走り、背中越しに感じる彼の逞しい体躯に再び胸がドキドキと高鳴りだす。
意識するまいと思えば思うほど逆に意識してしまい、触れている箇所が敏感になっていくような錯覚に陥る始末だ。
(うう……こんなの、拷問だよ……)
和哉は崩壊寸前の自分の理性に焦りを覚えながらも、同時にこの幸せな時間をもう少し味わっていたいというジレンマにも襲われ、悶々とした時間を耐えていた。
しかしそんな状況も長くは続かなかった。
そうこうしているうちにアミリアから貰った薬の効果が切れてきたようで、和哉は急速に襲い来る眠気を感じ始める。
(あ、ダメだ……眠い……)
そう感じた時には既に和哉の意識は微睡みの中に沈み込んでいた――。
****
****
翌朝――。
目を覚ました和哉の眼前にはギルランスの整った寝顔があった。
(!?)
思わず叫びそうになるのを必死に堪えながら昨晩の記憶を辿る。
(ああ、そうだ……昨日、あのまま寝ちゃったんだっけ……)
昨夜の事を思い出した和哉が再び暴走しそうな心臓を抑えていると、目の前の元凶も目を覚ましたようだ。
「ん……」
長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が持ち上がり琥珀の瞳があらわれる。
まだ覚醒しきれていないのか、ぼんやりとしているギルランスに和哉は平静を装いつつ声を掛けた。
「おはよう」
「……ああ……おは――!!!」
返事をし掛けたところでギルランスはようやく今の状況に気付いたようだ。
ギョッと目を見開きガバッと飛び起きたかと思うと、物凄い勢いでベッドの端まで後ずさりした。
まるで警戒態勢に入った猫のような反応だ。
「お、お前っ!な、なんで!?」
(うん、やっぱりこういう反応だよね)
予想通りの反応過ぎて和哉は思わず笑いが込み上げてきてしまう。
「ぷっ、くくくっ……」
堪え切れず吹き出す和哉にギルランスは焦った様子で声を上げた。
「なっ……おい、カズヤ!笑ってねぇで説明しろって!」
ギルランスは完全に混乱しているようだが、その顔は珍しく赤く染まっていた。
そんな反応をされるとつい苛めたくなってしまう。
「ゆうべのこと、覚えてる?」
和哉は少し意地悪な質問を投げかけてみた。
すると案の定、ギルランスはあからさまに狼狽え始める。
「あ、いや……それは……」
顔を真っ赤にしてモゴモゴと言葉を濁す姿がなんだか可笑しくて和哉はまたクスリと笑いを零した。
(ホント、可愛いなぁ……)
普段は強気で威圧的な態度が多いギルランスが、こうも簡単に狼狽する姿を見せてくれるなんて滅多にないことなので貴重だ。
それだけに和哉の中では堪らない愛おしさが湧き上がってくる。
そんなやり取りをしている間にギルランスは徐々に冷静さを取り戻してきたようで、やがて諦めたように溜息を吐くと、頭をバリバリと掻きむしりながらバツが悪そうに口を開いた。
「……悪い……途中からの記憶がねぇんだ……まさかとは思うが俺は何かやらかしたのか?」
その問いに対して、和哉は少し考えてからまたちょっとだけ意地悪な答えを返した。
「大丈夫だよ、ギルが僕を抱き枕代わりにした事以外、なんにも無かったよ?」
(ま、ホントのことだしね)
「なっ……!?」
予想通りギルランスは驚きに目を見開き、一度冷めかけていた顔はまたみるみるうちに赤く染まっていく。
それでもなんとか平静を装うとしているのか、耳まで真っ赤に染め上げつつも取り繕うようにワザとらしく咳払いをした。
「そ、そうか……それはまあ、あれだ……迷惑かけたな……」
明らかに動揺を隠そうとしているギルランスの様子に和哉はまたまた吹き出しそうになるが、ここで笑ってはいけないと思い、グッと我慢をして笑いをかみ殺しながらも悪戯っぽく返す。
「まあ、結果オーライかな?いつも余裕たっぷりでクールなギルがこんなに慌ててるところが見れたんだからさ」
からかうように言う和哉の言葉にギルランスは耳を赤くさせたままムッと眉間にしわを寄せ、「悪かったな……」と拗ねたような表情をみせた。
ギルランスが慌てたり照れたりしているのが可愛すぎてついつい弄りたくなってしまう和哉は、またもや悪戯心を起こす。
「別に悪くないけど?可愛いかったし」
「かわっ……!」
和哉の言葉が予想外すぎたのだろう、ギルランスは驚いたように目を見開き赤い顔をますます朱に染めたかと思うと、プイとそっぽを向いてしまった。
「お、お前、頭湧いてんじゃねぇのか!?男相手に可愛いとか……」
そんな悪態をつくギルランスだが、それが照れ隠しだと分かっている和哉にとっては逆に愛しく思えるだけだ。
「ごめんごめん、でも本当に可愛かったんだよ?」
「……くそっ!もういい!言ってろ!」
ついに和哉の口撃に耐えられなくなったのか、ギルランスは捨て台詞を残してベッドから抜け出すと、そのまま逃げるように浴室へと消えていった。
一人残された和哉は、ギルランスの消えた浴室の扉を見つめながら昨夜の事を思い出していた。
ギルランスが和哉に対してあんな風に接してきたのは初めてだった。
元々スキンシップが激しい方ではあるが、あくまで仲間としての範疇を越えないものだったはずだ。
そんなギルランスが昨夜はまるで恋人に対するかのような態度を見せたのだ。
(酔ってたとはいえ、あれは反則だよな……)
酔っていたからこその行動だったのだろうが、あんなふうに甘えられると嫌でも意識してしまうというものだ。
和哉としても、もちろん最初は驚きと戸惑いで焦ったものだった。
だが、好きな相手からそんな風にされて嬉しくないはずがない。
寧ろ、このままずっと抱き締めていて欲しい――そんな風にさえ思ったのも事実だ。
しかし朝になって正気に戻ったのか、ギルランスは慌てて手を離して和哉との距離を取った。
その態度に少し寂しさを覚えた和哉だったが、その後の彼を見る限り嫌われてはいない事が分かったので安心した。
そこまで考えて、和哉はふと先ほどのギルランスの慌てようを思い出して自然と笑みが零れる。
(……可愛かったなぁ……)
思い出すだけで顔がニヤけてしまいそうになるくらいだ。
寝ぼけて甘えたり自分から抱き着いてきたくせに、目が覚めたらパニックになって逃げ出そうとしたりと、普段のギルランスからは全く想像できない姿ばかり見せられて少々驚かされたものだが、和哉としては、あの俺様な彼が自分の前でだけ見せてくれる姿が堪らなく愛しいと思えるものだった。
(あんな顔もするんだ……知らなかったな……)
もっと色んな表情が見たい――そんな思いが湧き上がってくるのを感じながら、和哉はベッドから降り立つと、自分も朝の身支度を始めた。
勢いよく宿のドアが開かれ、ギルランスを支えた和哉が室内に入ってきた。
「ちょ、ちょっと……ギル、大丈夫?」
「……ああ、平気だ……」
心配する和哉に、軽く手を掲げながら応えるギルランスだったが、足元がふらついている上に呂律も怪しい――かなり酒に酔ってしまっているようだ。
あの後、パレードを見ながら二人で飲んでいたのだが、酒に強いはずの彼がこんなに酔うとは珍しい。
どれだけ飲んでも顔色一つ変えた事がなかったし、ましてや、ここまでフラフラになっている姿など見るのは和哉も初めてのことだった。
和哉が支えながらベッドまで連れて行くと、布団に倒れ込むように横になったギルランスはそのまま動かなくなった。
どうやら眠ってしまったようだ。
(寝ちゃったか……)
和哉はギルランスの横に腰を下ろすと、子供のように眠りこけるギルランスをじっと見つめた。
(一体どうしたんだろ……?)
やはり何かあったのだろうか?と心配しつつ柔らかな銀髪に手を伸ばしかけたところで……寝言だろうか、不意にギルランスが小さく呟いた。
「……くそ……ラグロス……なんで……」
その言葉を聞いた瞬間、和哉はハッと息を呑んだ。
(そうだった、昨夜一連の事件の黒幕がラグロスさんだって判明したんだった……)
昼間はなんでもないような態度で振る舞っていたギルランスだったが、やはり気丈に振る舞いながらも内心ではかなり動揺していたのだろう。
和哉自身も昨夜その名を聞いた時は驚きを隠せなかったものだ。
まさかという思いと同時に、考えれば考えるほど、和哉の中で徐々にラグロスに対して怒りにも似た感情が湧き上がってくる。
ギルランスとは兄弟同然に育ちながら突然裏切るような真似をして彼の命を奪おうとしただけでなく、父親同然の師匠を殺して逃げた挙句、今度はこの世界の転覆を裏で策謀する秘密組織のボスとして君臨しているのだ。
そして、今でもこうしてギルランスを苦しめ続けている――そんな人物を許せるはずがなかった。
(こんなにもギルを苦しませるなんて、許せないよ……)
そんな風に感じつつ、和哉は酔いつぶれて眠っているギルランスに目を落とす。
(……きっと、ギルにとってラグロスさんとのことはトラウマになってるんだろうな……)
いつもならば決してそんな醜態を晒したりしない彼がこんな風になっているのだ――相当堪えているのだろうということは和哉にも容易に想像できた。
(ギル……)
和哉はそっと手を伸ばして、ギルランスの柔らかな髪を梳くように撫でた。
すると、それがくすぐったかったのか、ギルランスは眠ったまま「ん……」と小さく声を上げながら僅かに身じろぎをする。
その仕草がなんだか可愛らしく見え、愛おしさが湧き上がってくるのを感じながら和哉は自然と頬を緩ませた。
(いつもはあんなに俺様なのに……可愛いな……)
しばらくの間、和哉はギルランスの髪を撫でながら寝顔を見つめていたが……そろそろ自分も寝なければと思い、ベッドから立ち上がろうとしたその時だった。
ふいに伸びてきた手に腕を掴まれ、和哉はベッドに引き戻された。
「……え?何……?」
驚いて振り返るとまだ酔っているのかそれとも寝ぼけているのか、どこか虚ろな目で見上げるギルランスと目が合った。
「……どこ行くんだよ……?」
「え?いや……もう寝るからソファに戻ろうと思って……」
掠れた声で呟くギルランスの問いに和哉が戸惑いつつ答えると――なぜかギルランスはムッと眉間にしわを寄せたかと思うと、いきなり掴んでいる和哉の腕を引き寄せた。
「うわっ……!」
バランスを崩した和哉は思わずギルランスに覆い被さるように倒れ込みそうになる。
それを受け止めるように背中に腕を回したギルランスはそのまま強く和哉を抱きしめた。
(――なっ!??)
突然の事に驚き、目を白黒させながら固まる和哉をよそに、ギルランスはまるで逃がさないとでも言うかのようにぎゅっと強く抱き締めたまま、いつもより低い声音で耳元で囁くように呟く。
「ここにいろ……」
(――っ!)
今までに聞いた事がない、甘えたような、それでいて艶っぽい声音に一瞬思考停止に陥る和哉だが、次の瞬間には心臓が早鐘を打つように高鳴り始める。
「……ちょ……ギル……っ」
痛いくらいにバクバクと脈打つ心臓を抑えつつ、和哉は何とかベッドから抜け出そうともがきながら背を向けるが、今度は後ろから抱きすくめられる形で拘束されてしまい身動きができなくなる。
「うわっ……ちょ……待ってってば!」
慌てて抗議の声を上げる和哉の声など届いていないのか、ギルランスは更にギュッと腕に力を込めるとそのまま和哉の首筋に顔を埋め、まるで甘えるかのようにすり寄ってきた。
(ヤバい!ヤバいって……いや、そりゃ嬉しいけど……でも、これはマジでヤバいって!)
既に和哉の頭の中はパニック状態だ。
密着した背中から伝わってくるギルランスの体温や鼓動、そして何より直接肌に感じる吐息に全身が熱く火照り出し、頭がクラクラしてきてしまう。
もう限界だ!!と、思ったその時、後ろからスヤスヤという寝息が聞こえてきた。
(ん?あれ?もしかして……寝てる……?)
どうやら酔っぱらいの寝ぼけた行動だったようだ。
その事に和哉はホッとしつつも、同時にガッカリしている自分にも気づいてしまう。
(……って、何考えてるんだよ僕は!)
慌てて邪な考えを振り払うように頭を振り、自分を落ち着かせる和哉の背後では相変わらず規則正しい寝息が聞こえる。
普段は凛々しく大人びた印象を与えるギルランスがこんな風に甘えてくるなど、誰が想像できるだろうか。
(よっぽど精神的に参ってたのかなぁ……)
和哉は昨夜からの彼の様子を思い出し、胸が締め付けられるような気持ちになった。
ギルランスが普段通りを装っていただけなのかもしれないが、少なくとも和哉には彼が無理をして強がっているようには見えなかった。
おそらく、ギルランス自身、無意識のうちに自分の弱さを見せまいとしていたのではないかと思う。
それだけに今この姿を見るとどうしても放っておくことが出来なかったし、それ以上に、こんな風に甘えたような仕草をされてしまえば、普段とのギャップもあってか和哉としては余計に可愛く見えてしまうというものだ。
(……可愛い過ぎる……こんなの反則だろ……)
寝ているくせにしっかり和哉の事を抱き締めたまま離そうとしないギルランスの腕の中で、小さく溜息をつくと和哉は抵抗するのを諦めることにした。
(……ったく……しょうがないなぁ)
暫くの間そうやって大人しくギルランスの腕の中に納まっていた和哉だったが――やはり、好きな人にそんな風にされていて何も感じないというのは難しいもので……。
ギルランスの寝息が首筋にかかる度にゾクリとする感覚が走り、背中越しに感じる彼の逞しい体躯に再び胸がドキドキと高鳴りだす。
意識するまいと思えば思うほど逆に意識してしまい、触れている箇所が敏感になっていくような錯覚に陥る始末だ。
(うう……こんなの、拷問だよ……)
和哉は崩壊寸前の自分の理性に焦りを覚えながらも、同時にこの幸せな時間をもう少し味わっていたいというジレンマにも襲われ、悶々とした時間を耐えていた。
しかしそんな状況も長くは続かなかった。
そうこうしているうちにアミリアから貰った薬の効果が切れてきたようで、和哉は急速に襲い来る眠気を感じ始める。
(あ、ダメだ……眠い……)
そう感じた時には既に和哉の意識は微睡みの中に沈み込んでいた――。
****
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翌朝――。
目を覚ました和哉の眼前にはギルランスの整った寝顔があった。
(!?)
思わず叫びそうになるのを必死に堪えながら昨晩の記憶を辿る。
(ああ、そうだ……昨日、あのまま寝ちゃったんだっけ……)
昨夜の事を思い出した和哉が再び暴走しそうな心臓を抑えていると、目の前の元凶も目を覚ましたようだ。
「ん……」
長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が持ち上がり琥珀の瞳があらわれる。
まだ覚醒しきれていないのか、ぼんやりとしているギルランスに和哉は平静を装いつつ声を掛けた。
「おはよう」
「……ああ……おは――!!!」
返事をし掛けたところでギルランスはようやく今の状況に気付いたようだ。
ギョッと目を見開きガバッと飛び起きたかと思うと、物凄い勢いでベッドの端まで後ずさりした。
まるで警戒態勢に入った猫のような反応だ。
「お、お前っ!な、なんで!?」
(うん、やっぱりこういう反応だよね)
予想通りの反応過ぎて和哉は思わず笑いが込み上げてきてしまう。
「ぷっ、くくくっ……」
堪え切れず吹き出す和哉にギルランスは焦った様子で声を上げた。
「なっ……おい、カズヤ!笑ってねぇで説明しろって!」
ギルランスは完全に混乱しているようだが、その顔は珍しく赤く染まっていた。
そんな反応をされるとつい苛めたくなってしまう。
「ゆうべのこと、覚えてる?」
和哉は少し意地悪な質問を投げかけてみた。
すると案の定、ギルランスはあからさまに狼狽え始める。
「あ、いや……それは……」
顔を真っ赤にしてモゴモゴと言葉を濁す姿がなんだか可笑しくて和哉はまたクスリと笑いを零した。
(ホント、可愛いなぁ……)
普段は強気で威圧的な態度が多いギルランスが、こうも簡単に狼狽する姿を見せてくれるなんて滅多にないことなので貴重だ。
それだけに和哉の中では堪らない愛おしさが湧き上がってくる。
そんなやり取りをしている間にギルランスは徐々に冷静さを取り戻してきたようで、やがて諦めたように溜息を吐くと、頭をバリバリと掻きむしりながらバツが悪そうに口を開いた。
「……悪い……途中からの記憶がねぇんだ……まさかとは思うが俺は何かやらかしたのか?」
その問いに対して、和哉は少し考えてからまたちょっとだけ意地悪な答えを返した。
「大丈夫だよ、ギルが僕を抱き枕代わりにした事以外、なんにも無かったよ?」
(ま、ホントのことだしね)
「なっ……!?」
予想通りギルランスは驚きに目を見開き、一度冷めかけていた顔はまたみるみるうちに赤く染まっていく。
それでもなんとか平静を装うとしているのか、耳まで真っ赤に染め上げつつも取り繕うようにワザとらしく咳払いをした。
「そ、そうか……それはまあ、あれだ……迷惑かけたな……」
明らかに動揺を隠そうとしているギルランスの様子に和哉はまたまた吹き出しそうになるが、ここで笑ってはいけないと思い、グッと我慢をして笑いをかみ殺しながらも悪戯っぽく返す。
「まあ、結果オーライかな?いつも余裕たっぷりでクールなギルがこんなに慌ててるところが見れたんだからさ」
からかうように言う和哉の言葉にギルランスは耳を赤くさせたままムッと眉間にしわを寄せ、「悪かったな……」と拗ねたような表情をみせた。
ギルランスが慌てたり照れたりしているのが可愛すぎてついつい弄りたくなってしまう和哉は、またもや悪戯心を起こす。
「別に悪くないけど?可愛いかったし」
「かわっ……!」
和哉の言葉が予想外すぎたのだろう、ギルランスは驚いたように目を見開き赤い顔をますます朱に染めたかと思うと、プイとそっぽを向いてしまった。
「お、お前、頭湧いてんじゃねぇのか!?男相手に可愛いとか……」
そんな悪態をつくギルランスだが、それが照れ隠しだと分かっている和哉にとっては逆に愛しく思えるだけだ。
「ごめんごめん、でも本当に可愛かったんだよ?」
「……くそっ!もういい!言ってろ!」
ついに和哉の口撃に耐えられなくなったのか、ギルランスは捨て台詞を残してベッドから抜け出すと、そのまま逃げるように浴室へと消えていった。
一人残された和哉は、ギルランスの消えた浴室の扉を見つめながら昨夜の事を思い出していた。
ギルランスが和哉に対してあんな風に接してきたのは初めてだった。
元々スキンシップが激しい方ではあるが、あくまで仲間としての範疇を越えないものだったはずだ。
そんなギルランスが昨夜はまるで恋人に対するかのような態度を見せたのだ。
(酔ってたとはいえ、あれは反則だよな……)
酔っていたからこその行動だったのだろうが、あんなふうに甘えられると嫌でも意識してしまうというものだ。
和哉としても、もちろん最初は驚きと戸惑いで焦ったものだった。
だが、好きな相手からそんな風にされて嬉しくないはずがない。
寧ろ、このままずっと抱き締めていて欲しい――そんな風にさえ思ったのも事実だ。
しかし朝になって正気に戻ったのか、ギルランスは慌てて手を離して和哉との距離を取った。
その態度に少し寂しさを覚えた和哉だったが、その後の彼を見る限り嫌われてはいない事が分かったので安心した。
そこまで考えて、和哉はふと先ほどのギルランスの慌てようを思い出して自然と笑みが零れる。
(……可愛かったなぁ……)
思い出すだけで顔がニヤけてしまいそうになるくらいだ。
寝ぼけて甘えたり自分から抱き着いてきたくせに、目が覚めたらパニックになって逃げ出そうとしたりと、普段のギルランスからは全く想像できない姿ばかり見せられて少々驚かされたものだが、和哉としては、あの俺様な彼が自分の前でだけ見せてくれる姿が堪らなく愛しいと思えるものだった。
(あんな顔もするんだ……知らなかったな……)
もっと色んな表情が見たい――そんな思いが湧き上がってくるのを感じながら、和哉はベッドから降り立つと、自分も朝の身支度を始めた。
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