ダブルソード 第二章 ~アドラ編~

磊蔵(らいぞう)

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第50話 薄い本

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その後、朝食を済ませた二人は今日もまたギルドへと向う道を歩いていた。
昨夜の一件があったので少々気まずい雰囲気を醸しながら歩く二人だったが、それでも特に変わった様子もなくいつも通りだ。

和哉はチラリと横目でギルランスの様子を確認する。
今朝の慌てぶりはどこへやら、何事もなかったかのように今は平然とした顔で隣を歩く彼を見て和哉は少し拍子抜けしたような気分になってしまう。

(昨夜はあんなにギュッってしてくれてたのになぁ……)

昨夜の出来事を思い出す度に和哉の胸の奥はキュンキュンとうずく。
しかしその反面、やはりギルランスは自分が酔い潰れた後のことは覚えていない上に、今朝の反応を見る限り、昨夜のことは事故のようなものと割り切られているのかもしれない……そう思うと少し寂しい気持ちになるのだった。

(まあそうだよな……いくら酔っていたとはいえ男同士の出来事だし……)

そもそもが酔った勢いでああなってしまったのであって、そこにギルランスの意思は存在しないのだ。
それでも好きな人と添い寝を出来たのだから、和哉としては十分過ぎるほどの幸運ではあるのだが……。

(でも、もし仮にだけどギルが覚えていたら……僕のことどう思うのかな……?)

和哉がそんなことを考え始めた頃、ちょうどギルドの建物が見えてきたところだった。

(ん?……あれは、ルーラさん?)

建物の入り口のところにルーラが立っているのが見えた。
どうやらルーラは二人を待っていたようで、声を掛けられそのまま二階にある彼女の執務室へと通された。

「先日はお疲れ様でした、どうぞそちらにお掛け下さい」

部屋に入るなり笑顔のルーラに促され、二人は並んでソファへと腰を下ろした。
ルーラもまた二人向かいに座ると、スッと一枚の紙を机の上に乗せた。
それは先日の『夫婦連続殺人事件』の完了書だった。

「さて、まずは報酬ですね。こちらは約束通り金貨50枚となります。お受け取りのサインをこちらへお願いします」

いつも通りの柔らかな微笑みと共に差し出された書類に目を通し、問題がない事を確認した和哉とギルランスは、それぞれ署名欄に自分の名前を記入した。

「ありがとうございます、確かに頂きました。ではお納めください」

そう言ってルーラは重そうな革袋を机の上に置いた。
それをギルランスが受け取ると本題に入る事になったようで、ルーラは先ほどまでの柔らかな笑みから一変、真剣な眼差しで二人を見据えた。

「では、早速ですが例の件についてです」

ルーラの言葉に和哉とギルランスは共に姿勢を正す。

「依頼者へは魔物使いとその魔物の仕業しわざとして報告しておきました……もちろんラグロス様の事は伏せてございます」

それを聞いたギルランスは少しホッとした様子で頷き、「そうか……すまない、助かる」と礼を口にした。
ギルランスが頭を下げるとルーラは困ったように首を左右に振った。

「いえ、この件に関してはわたくしも協力させていただきます。話によればこの世界の存続に係わる事ですもの、ギルドマスターとしましても放っておくことはできません。……それに……何より、私もラグロス様に関しましては思うところがありますし――」

そこで一旦言葉を区切ると、ルーラは二人を交互に見やる。

「お二人には申し訳ありませんが、今回の件、一時私に任せて頂けませんか?決して悪いようにはしない事をお約束します」

真摯な瞳で訴えかけてくるルーラの言葉に、和哉は隣のギルランスに目を向けた。
これはギルランスが長年追っていた仇に関することだ――最終決定権はギルランスにある。

「ギル……」

ギルランスは暫く無言で考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「……ああ、わかった。そうしよう――ただし、何か進展があればすぐに教えてほしい」

この返答に和哉は少し驚いたが、ギルランスとしても思うところがあったのだろう――そう思い納得した。
既にことはギルランス個人の”仇討ち”という私怨にとどめておくことも出来ないほどに大きな問題となっている。
ここは権力もコネもあるルーラにに任せたほうが賢明だと、ギルランス自身判断したのだろう。
ギルランスの了承を得て安堵したのか、ルーラは小さく息を吐くと肩の力を抜いた。

「ありがとうございます。では早速調査を開始したいと思います。調査結果は逐一ご報告させて頂きますね」

そう言って席を立ったルーラと共に一階まで下りてきた和哉とギルランスは、改めて彼女に向き直った。
ペコリと頭を下げる和哉の横で、ギルランスは真剣な表情で「じゃあ、たのんだぞ」と念を押すように告げる。

「はい、お任せください。必ずや有益な情報を掴んで見せますわ」

二人に向かって大きく頷いたルーラは、優雅な仕草でお辞儀をすると、踵を返し、ギルドの奥へと姿を消していった。

****
****

和哉とギルランスはルーラと別れた後、この日は簡単な依頼を一件こなしてから宿に戻る事にした。

宿の入り口を入った所で、受付カウンターの女性に声を掛けられた。
彼女が言うには、祭期間が終わったため、各部屋に空きが出たとの事だった。
二人は新たにツインルームを取ることにした。
これで、今まで揉めていた”どちらがベッドで寝るか”という問題から解放される事になるが、和哉は少しばかり残念な気持ちにもなっていた。

(もう同じベッドで寝るなんて事も無くなっちゃうのかな……)

そう思うと一抹の寂しさを覚えると同時に、あのバクバクと心臓に悪い環境から解放された事への安堵感が入り交じる複雑な心境を抱える和哉だったが……当のギルランスはといえば全く気にした素振りはなかった。

「ふぅ……やっと広いベッドで眠れるな」

(そりゃあそうだよね……ギルにとってはただ単に”ソファで寝る”なんていう、窮屈な思いをしなくて済むっていうだけだしな……)

昨夜は成り行きで一緒にベッドで眠っただけで、ギルランスとしたらまた今日も自分はソファで寝るつもりだったのだろう。
そこへのツインの空きは、ギルランスにとっては渡りに船といったところだったのだろうが、和哉としてはやはり少し複雑な気持ちにならざるを得ない。
そんな感情を振り払うように、和哉は気持ちを切り替えつつギルランスと一緒に新しい部屋へと移動した。

室内は少し家具のグレード下がっただけで、あまり今迄の部屋と変わらなかったが、ベッドはサイドテーブルを挟んでシングルを二つ用意されていた。

(ま、ツインなんだから当然そうだよな……)

改めて見るその景色に若干拍子抜けしたような気分になりつつ、密かに苦笑いを浮かべる和哉だった。

****
****

その夜、二人が部屋で寛いでいると、不意にドアをノックする音が聞こえた。
和哉がドアを開けるとそこには一人のメイドが立っていた。

「お寛ぎのところ失礼いたします。ギルドのルーラ様がギルランス様をお呼びでございます。下の酒場でお待ちになっておりますので至急いらして下さいませ」

(ルーラさんからの呼び出し?……何だろう?)

メイドから告げられた急なルーラからの呼び出しに戸惑いながら和哉がギルランスに目を向けると、彼もまた「ルーラが?」と不思議そうな顔をしていた。

「……わかった、すぐ行く。カズヤ、ちょっと待っててくれ」

「……うん」

部屋を出て行くギルランスの背中を和哉が心配しつつ見送っていると、横にいるメイドから「それと――」と声をかけられた。

「はい?」

振り向く和哉にメイドは手にしていた物を差し出しながら続けた。

「こちらはガラク村のアマンダ様よりカズヤ様へでございます。お預かりしておりましたのでお届けにあがりました」

それはA4サイズのコピー用紙くらいの大きさで、薄くて平たい包紙のようなものだった。

「あ、はい……ありがとうございます」

(これは一体……??)

戸惑いつつも礼を言いながらそれを受け取った和哉に、メイドは頭を下げて部屋を去って行った。
メイドがいなくなり静寂が訪れた室内で、和哉は改めて渡された包紙を見つめながら首を捻った。

(何だろう?)

あの女将のことだ、また謎の物を寄越したのでは……?
和哉は溜め息を吐きながらソファに腰掛けると、取り敢えず開けてみることにする。
包みの中にはメッセージカードと共に一冊の薄い冊子が入っていた。
メッセージカードにはこう書かれていた。

『二人の仲を深めるための参考資料に使っておくれ!これを読めば潤滑油の使い方もばっちりさ!』

(………………)

相変わらずよくわからない女将の言動に、和哉は思わず苦笑いを浮かべつつ何とも言えない気分になるが……まずは読んでみる事にしてパラリと本を開いた瞬間、驚きに目を見張った。

(うわぁぁぁぁ!!何これ!?)

そこには男同士が裸でくんずほぐれつの激しい絡み合いをしているシーンが描かれていたのだ!
予想もしていなかった内容に、思わず咄嗟に本を閉じてしまった和哉だったが……一旦深呼吸をして気を落ち着かせてから、恐る恐る再度ページを開いてみた。

(……うん、やっぱりあるよね……)

見間違いではなかった。
やはり、ページいっぱいに二人の男性が激しく睦み合っているイラストが描かれていた。

(ちょ……なにコレ……?)

和哉は戸惑いと共に変な汗をかきつつパラパラとページをめくってみる――どうやら、この本には男性同士の恋愛や性行為に関する事細かな説明書きが書かれてあるようだった。
しかもご丁寧に図解入りの上、妙にリアルなタッチなので目のやり場に困るほどだ。

(……って!女将さん、何でこんなの僕にくれるんだよ!)

女将に向かって心の中で思いっきり突っ込みを入れるも、文句を言おうにも本人は遠くガラク村にいる為、どうすることもできない。
和哉は大きな溜息を吐きながら改めて本の表紙へと視線を落とした。

(いや、確かにこの本があればいざという時にはスムーズに事が進――じゃなくて!そうじゃなくて!)

ブンブンと頭を振って妙な考えを追い払おうとするも、やはり気になってしまう。

(どうしよう……気になるよぉぉ~)

思わず天を仰ぎたくなる気持ちを抑えて何とか心を落ち着けようとしたが、やはり一旦意識してしまうとどうしてもその先に興味が行ってしまいどうしようもない。

「まぁ、とりあえず読んでみるか……ほ、ほら、せっかく女将さんがくれたんだし……その好意を無駄にするのも悪いしさ……うん、そうしよう……」

和哉は何かを誤魔化すように言い訳めいた事をブツブツと呟きながら、改めて手に持った本をペラリとめくり始めた。

(え~と、なになに……『初めての男同士での性行為における心得』……ですか……)

最初のページにはそんなタイトルが躍っていた。
どうやら初心者向けの解説書らしい。
初めのほうはある程度ソフトなものから始まるのだが、読み進めていくうちにどんどん過激な内容へとなっていき――それに伴い和哉の顔はどんどん熱く火照っていく。

(うわぁ……マジか……)

今まで想像したこともない内容に心臓はバクバクとうるさく高鳴り、驚きと恥ずかしさが入り混じった複雑な心境のまま和哉は夢中で最後のページまで読み終えた。
最後まで読む頃にはすっかり汗びっしょりになってしまっていた。

(こ、これは……未知の世界過ぎる……!実践するには勇気がいるよ~!)

その内容はとても衝撃的で、女性との行為しか知らなかった和哉にとっては色々な意味で刺激が強すぎるものだった。
暫し呆然としたまま本を手に固まっていた和哉は、ふと我に返る。

(だけど……アミリアさんといい、女将さんといい、何でみんな僕がギルへの気持ちを自覚する前から分かったんだろう?――もしかして僕、もの凄く態度に出てたとか!?)

そう考えると恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だったが、同時に彼女たちの心遣いが嬉しくもあり、感謝の念すら感じられた。
そしてこれは、これまで和哉の中で曖昧で漠然とした感情だったものが確信に変わる瞬間でもあった。

今までは、例えば”恋に恋する少女”のような浮ついた気分で”好きだ”と思っているのではないか?と自問自答していたところもあった和哉だった。
だが、今回の件で明確に自覚したのだ――自分は間違いなく”性的な意味”を含めてギルランスを好きなのだと言う事を……。
その証拠に、本の挿し絵に自分とギルランスを重ねて見て、妄想しては興奮している自分がいたからだ。

(……僕は、本当にギルとそういう関係になりたいと思っているんだ……)

しかし、自分の感情を認識したはいいが、だからと言っていきなりどうこうできるものでもないのも事実だ。
和哉にはギルランスが自分の事をどう思っているのか全く分からないし、そもそも彼に同性愛への偏見が無いという保証もないのだ。
もしもギルランスにこの気持ちを知られたら……と、考えると怖くて仕方がなかった。

(きっと気持ち悪がられるだろうな……)

最悪の場合、パーティー解散もあり得るんじゃないだろうか?――そう考えると胸が締め付けられるように痛くなり、ギルランスが自分から離れて行ってしまうかもしれないという不安が和哉を襲う。

(駄目だ!絶対にバレないようにしないと!)

今まで通りにギルランスのそばにいられるだけで幸せなのだから今はこれ以上望んではいけない、と和哉は自分に言い聞かせた。

「今はまだ、このままでいいんだ……このままで……」

そう独り言ちた和哉は、自分の荷物袋を手繰り寄せると、この本の存在をギルランスに知られないよう、荷物の奥底に隠すことに決めた。
その時――。

(……あ、これは……)

ふと見ると、荷物の中に、以前女将から貰ったまま放置していた香油の瓶が目に留まった。
これまではいったい何に使う物なのか見当もつかずそのままにしていたが、本を読んだ今ならこの液体の用途も理解できる。

(こ、これを使うってことはつまり……僕とギルがそういう事をする時に……これを使って……)

途端に先ほど読んだ本の内容が鮮明に脳内で再生されてしまい、和哉の顔はカーッと熱く火照ってゆく。

(うわぁぁあぁ!!)

その場にうずくまって悶絶しそうになるのを何とか堪えつつ、和哉は赤く染まった顔を両手で覆った。
暫くの間、一人で悶えるような羞恥心と、ドキドキと早鐘のように鳴り響く心臓を必死に抑え込みながら、瓶を手に悶々としていた和哉だったが、なんとか冷静になろうと深呼吸してから改めて考える。

(う、うん……これを使える日が来るかわかんないけど……一応、しまっておくか……)

わずかな期待と後ろめたい気持ちを抱えながら、和哉は本と共に香油の瓶を荷物袋の奥に押し込んだ。

****
****

その後、ようやく和哉が落ち着きを取り戻してきた頃、部屋のドアがガチャリと開いた。

「……悪い、遅くなった」

そう言いながら入ってきたギルランスは少し疲れた様子で大きく伸びをするとソファに身を沈めた。
和哉は平静を装いながら「おかえり」と返すと、早速ルーラからの呼び出しの件を確認する事にした。

「えっと、ギル……ルーラさんに呼ばれてたけど……なんかあった?」

和哉の問いにギルランスは小さく溜息をきながら「ああ……」と短く肯定の返事をしてから説明を始めた。

聞くと、ルーラによればここ最近魔物たちの凶暴化やその個体数の増加が問題視されているらしく、ギルドとしても冒険者たちに注意を呼び掛けているのだそうだ。
そして――これはルーラの憶測なのだが――例の”復活”に向けての予兆ではないかと言う話だった。

「ルーラはラグロスの件と同時にこの事も調べてみると言っていた」

深刻な表情で告げられたギルランスの話を聞いて和哉は顔を曇らせた。

「そっか……」

やはりラグロスが何者かを復活させる日が近づいているせいなのだろうか?と考えずにはいられず、不安に駆られてしまう。
そんな思いが顔に出てしまったのか、ギルランスは和哉の顔を覗き込むようにして言った。

「大丈夫だ、心配すんな。俺達ならやれるさ」

その言葉はまるでギルランスが和哉へのみならず、自分自身にも言い聞かせている様に聞こえた。
和哉はその言葉にハッとさせられた。

(そうだ……ここで僕達がしっかりしなきゃ駄目だよな)

「うん、だよね!」

つい、弱気になってしまいそうになる自分を叱咤し、和哉は力強く返答をする。
そんな和哉にギルランスはニッと笑みを見せ「よし、その意気だ」と頷き返した。

****
****

それから暫し雑談を交わしていたのだが、和哉はふと以前から疑問に思っていた事を思い出し、ギルランスに聞いてみることにした。

「そういえばずっと気になっていたんだけど――ルーラさんって、なんでラグロスさんの事知ってるの?」

その質問にギルランスは事もなげな表情で答える。

「ああ、あいつは死んだ師匠の女だったからな……」

「そうなんだ――って、えぇぇぇぇ!!」

予想もしていなかった言葉に、和哉は思わず叫んでしまった。

(まさかそんな過去があったなんて!)

衝撃的な事実を知って驚きのあまり固まってしまう。
なぜなら以前、ギルランスから師匠の話を聞いたときに彼が師匠の事を『じじい』と言っていた事から、かなり年配の人物だと和哉は思っていたからだ。

「んだよ、うるせぇな……そんなに驚く事かよ」

目を見開き驚きを隠せない和哉の様子に、ギルランスはいぶかしげな視線を向けている。

「……ギル……お師匠さんって、いくつで亡くなったの?」

恐る恐る確認してみる和哉の問いに、これまた驚くようなな答えが返ってきた。

「……確か70歳くらいじゃなかったか?」

(マジかっ!じゃあ、ルーラさんとは物凄い年の差じゃないか!?)

驚きのあまり絶句する和哉の脳裏にルーラの姿が過る。
あの美しくも聡明で仕事も出来るルーラが、まさか70歳近くの爺さんと付き合っていたなど、にわかには信じ難い話だ。
だが、目の前でキョトンとしているギルランスの様子から察するに嘘や冗談とは思えなかった。
あまりの衝撃に言葉を失っている和哉に、ギルランスが不思議そうに首を傾げる。

「お前なに固まってんだよ?」

「あ、いや、別に何でもないよ……ただちょっと驚いただけ……」

ギルランスの声にハッと我に返り和哉は慌てて誤魔化したが、内心ではかなり動揺していた。

(まさかギルのお師匠さんがルーラさんの彼氏だったとは……)

衝撃の事実にしばらく呆然としていた和哉だったが、ふと、今日ギルドで聞いたルーラの言葉を思い出す。
ルーラが『ラグロス様の事は私も思うところがある』と言っていたのは、そういう過去があったからなのだろうと納得すると共に、彼女の心情を思うと胸が痛んだ。

(……ルーラさんは自分の恋人をラグロスさんに殺されたってことだよな……)

どれほど辛かっただろうか――そう思いながら和哉が一人でルーラへの想いで心を痛めていると……。

「んなことより、なんか小腹が減ったな……」

「えっ?」

しんみりとしていた和哉の気分は、飄々とした様子で呟くギルランスの言葉によって破られた。
突然そんな事を言い出したギルランスに驚いた和哉は反射的に聞き返してしまったのだが……本人はといえばまるで気にしていないようで「荷物の中になんか軽く食えるもん、入ってなかったか?」と言いながら立ち上がると、横に置いてあった荷物袋を漁りだした。

和哉は内心で(このマイペースさがギルらしくて好きなんだよな)と思いながらも、苦笑いを浮かべてその姿を目で追っていた――のだが、そこでハッと大事なことを思い出す。

(あっ!!そ、そうだった!袋にはアレが入ってるんだった!!)

そう、その袋には先ほど和哉がこっそりしまった”あの本と香油の瓶”が入っているのだ!
あの本がギルランスに見つかってしまったら……想像しただけでも恐ろしい。

「ギ、ギル!僕もお腹空いたから下の酒場に行こう!ほら、あそこなら軽食もあるしさ!」

和哉は慌てて立ち上がるとギルランスの手を掴み制止の声を上げた。

「……?お、おう、わかった」

必死の形相で迫る和哉の勢いに気圧けおされたのか、ギルランスは一瞬驚いたように目を見開いたが素直に従ってくれた。

(……良かったぁ……ギルが素直な奴で本当助かったよ……)

ホッと胸を撫で下ろした和哉は、不思議そうな顔をしているギルランスの手を引きながら足早に酒場を目指すのだった。
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