ダブルソード 第二章 ~アドラ編~

磊蔵(らいぞう)

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第24話 黒髪

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黙ったまま廊下を歩いていくギルランスに追いついた和哉は、声をかける事も出来ずに隣に並ぶように歩く。
気まずいまま階段を下りたところでギルランスがピタリとその足を止め、和哉に振り向いたが、その顔には先程の表情は微塵みじんもなく、いつも通りの表情に戻っていた。

(いつものギルだ……さっきのは何だったんだろ……?それに『ラグロス』って……?)

戸惑いながら考えを巡らせている和哉に、ギルランスは何事もなかったかのように声をかる。

「おい、お前腹減ってねぇか?」

「……へ?いや、まぁ空いてるけど……」

唐突すぎる問い掛けに和哉はキョトンとしたまま答えた。
確かに今日は朝から何も食べていないのでお腹が減っていたのは事実だったが……。
よく分からない展開に呆けた顔で首を傾げる和哉に、ギルランスはニッと笑い親指でギルド内に設けられている酒場を指し示した。

「よし、じゃあなんか食って行こうぜ」

「え?あ、うん」

和哉はギルランスに言われるまま酒場へと足を向かう。
ギルドの奥に設けられている酒場へ向かう途中、和哉は並んで歩くギルランスにチラリと視線を向けた。
あの時みせた辛辣しんらつな表情はもう見る影もなく、今は普段通りの彼だった。

(なんであんな顔したんだろ……それにラグロスさんのことも……?)

和哉の中でギルランスに聞きたい事は山ほどあった――。
だが、目が合った和哉に向かって「ん?」と首を傾げるギルランスの仕草に、何故だか胸が詰まって何も聞けなくなってしまった。

「ううん、なんでもないよ」

和哉は笑って答え、それ以上考えるのをやめた。
今は、この雰囲気を壊したくはなかったし、なによりギルランスが話したくない事ならば無理に聞き出す必要はないと思ったからだ。

(いつか、ギルが話せるようになったら、話してくれるかもね……)

そう気持ちを切り替えた和哉はギルランスに笑い返すと努めて明るく振舞った。

「いやぁ~、”ギルドの酒場”とかテンション上がるなぁ~!僕、もうお腹ペコペコだよ!」

そんな和哉の様子を見たギルランスは、一瞬驚いたように目を見開くと、すぐに可笑しそうにクッと笑いを漏らした。

「そうだな、俺も腹ペコだ」

(良かった……笑ってくれた)

そんな些細なやり取りの中で和哉は、さっきまでの複雑な気持ちにそっと蓋をした。

ギルランスの笑顔にどこかホッとしたような気持ちを感じながら、和哉は酒場のスイングドアを押し開く彼の後を追って中に入っていった。
因みに”スイングドア”とは、西部劇の酒場とかでよく見られる、上部と下部に空きのある二枚の板で出来たあれの事だ。

(うっわ、雰囲気あるなぁ~)

な雰囲気をかもし出す酒場の様子に、和哉のテンションは言葉だけでなく本当に爆上がりしていた。
ワクワクと緊張が入り混じった気持ちのまま、和哉は店内を見回した。

「うわぁ~、すごいね……」

和哉の口から思わず感嘆の声が漏れる――そこはまるでRPGに出てくるような冒険者たちの憩いの場だったからだ。

店内は大勢の人が集っていて、大剣やら槍やらを携えた屈強な男たちや、鞭や弓矢を持ち(ちょっと露出度の多めな)装備に身を包んだ女性冒険者などが思い思いの席に腰掛け、仲間と談笑しながら酒を酌み交わしている。
天井から吊り下げられたランタンは光を揺らめかせながら、この幻想的な雰囲気を更に押し上げていた。

(すご……これぞ”THE・ファンタジー!”って感じだな……)

そんな和哉の心の声が聞こえたかのように、ギルランスはまるで悪戯いたずらに成功した子供のような笑みで「だろ?」と和哉の顔を覗き込んだ。

「うん、うん、なんかすごいや」

ギルランスに頷き返しながらも和哉のキョロキョロは止まらなかった――だが、辺りを見回していた和哉は、ふとある事に気が付いた。
人が多くて混んでいるはずなのに、自分たちの周りだけポッカリと空間が空いているのだ。

(なんだろう?何かけられている……?それに妙にザワついているような……?)

そう思いながら不思議に感じていた和哉の耳に周囲の声が飛び込んできた。

「おい、あれって……?」

「間違いないわ……ギルランスよ、生きてたのね!?」

「あの目付きの悪さ……相変わらず怖ぇ~」

「あいつと喧嘩けんかした奴はみんな半殺しにされたらしいぞ?」

「ちょっとイケメンなだけに、しいのよね~」

「でもあの性格じゃあな……俺なら絶対近付かねぇぜ?」

ヒソヒソと囁くような声が和哉の耳まで届く……どうやら周りの人々はギルランスに近付きたくないようだ。

(なんか色々言われてる……それにしても、ギルってそんなに怖いのかな?)

確かに口数は多くないし、基本険しい顔つきだ――和哉も出会った当初は”怖い”と感じたものだ。
だが、彼の本質は外見と真逆であることを和哉はすでに知っている。
その事を知っているからこそ、今この状況に疑問を感じずにはいられなかった。

当のギルランスはそんな周囲の声に気付いているのかいないのか、特段気にする様子もなく、空いているテーブルに着くと店員を呼び止め料理を注文していた。
慌てて和哉もギルランスの向かいに腰掛けると「僕も同じものを」と店員に告げた。
店員が去った後、改めて店内を見回しながら周りの様子に首を傾げる和哉に、ギルランスは苦笑しながら口を開いた。

「まぁ、気にすんなって……いつもの事だ」

「あ、うん……」

曖昧な笑みで返事を返した和哉だったが、そこでふと、考えかたを変えてみることにした。

(ま、いいか……ギルがホントは優しい人だって事、僕だけでも分かっていればいいんだし――逆に考えればギルがを見せるのは僕にだけ、って事になるしね……)

そう考え直すと、今度は逆に妙な優越感が湧いてきて、和哉は思わず緩む口元を押さえた。
そんな和哉の様子に気付いたギルランスが訝し気な視線をよこしながら何か言いかけたその時、ちょうど運ばれてきた料理の香ばしい匂いに、二人の会話はそこで途切れた。

テーブルの上には、”これでもか”と主張するようにこんがりと焼き目のついた肉厚な骨付き肉がドンと置かれ、その横には琥珀色の野菜スープと大きな器に入ったサラダが添えられている。

「うわぁ~うまそう!いっただきま~す!」

目を輝かせながら早速手を合わせて食べ始める和哉に、ギルランスはやれやれといった風に肩を竦めて苦笑いを零しながら、自分も料理に手をつけ始めた。
その間も周りの冒険者たちはチラチラと二人を盗み見ていたが、そんな視線も和哉は目の前の肉に齧り付いた途端にどうでもよくなってしまっていた。

「はふっ……うま~い!あ、こっちもおいしい!」

(異世界飯って、マジでなんでも美味しいよなぁ!)

などと感心しながら夢中で食べ進めていた和哉だったが、ふと視線を感じて顔を上げると、そこにはテーブルに肘をつき、和哉が食べるさまを楽しそうに眺めているギルランスの姿があった。

「なに?食べないの?」

首を傾げて尋ねる和哉に、ギルランスはフッと優しい笑みを零す。

「いや、相変わらずうまそうに食うと思ってな」

「そ、そうかな?」

微笑ましそうに目を細めるギルランスの眼差しに妙な照れ臭さを感じながら、和哉は誤魔化すように再び料理を頬張り始めた。
そんな和哉を見てギルランスはククッと喉を鳴らして笑うと、「ゆっくり食えよ」と言って自分の料理にフォークを突き刺した。

(なんか……こういうのって、いいなぁ)

和哉は、ふとそんな事を思った。
こんな風に心許せる誰かと一緒に食事をして、他愛もない会話をしながら笑い合う――そんな時間が、とても幸せに感じられたからだ。
心の中が温かい何かで満たされていくような感覚を覚えながら、和やかな食事の時間を楽しんでいた和哉の耳に、またも外野からの声が聞こえてくる。

「な、なあ……あれって……」

「あの”狂犬”が笑ってやがるぜ?」

「おいおい、今日は槍の雨でも降るんじゃねぇか?」

「あのギルランスにあんな顔をさせるなんて、一体どういう奴なんだ!?」

「そうね……しかも、今気づいたんだけど、黒髪に黒い瞳って……?」

いつの間にか、話題は和哉の事へと切り替わっていた。
周囲の冒険者たちはギルランスの変わりように驚き、そして今更ながら和哉の存在に気付き、その容姿に興味を持ったようだった。
皆、物珍し気にチラチラと二人を見ながら言葉を交わしている。

(そういえば初めてギルに会った時も髪の色の事言ってた気がする……)

以前、ギルランスが話していた事を思い出し、和哉は改めて自分の容姿の特異性を認識させられた。
とは言え、ギルランスは『気にする事でもねぇ』と言ってくれていたし、周囲の冒険者たちにとっても関わりのない事だろうと、それ以上深くは考えなかった。

(なんか、視線が痛いけどね……)

和哉は『気持ち悪い』とか『不吉』だとかいう言葉と共に浴びせられる周囲の視線にあまりいい気はしていなかったものの、取り敢えず流すことにした。
無視を決め込んで料理をパクついていた和哉だったが、その実、耳だけはしっかりと会話を拾っていた。

「なぁ、ギルランスってソロじゃなかったか?」

「確かそうだったが……じゃあ、今はあの黒髪と組んでるって事か?」

「――つうか、女みてぇなツラだけど、男、だよな」

「ギルランスがあんな風に笑ってるなんて……あの男、一体どんな魔法使ったのよ!?なんか悔しいわ!」

和哉たちが無関心を貫いているのをいいことに、彼らの間で段々と陰口はヒートアップしていった。

「実はギルランスってそっち系だってりしてな」

「うわ……ジョーダンでもキツイぜ、それ」

「いや、あの黒髪とならわからんでもないぞ?」

「おいおい、やめろよ。俺、想像しちまったぜ……キモッ」

これには今まで無視をしてきた和哉も頭にカッと血が上る。
和哉的には後半の彼らが話している意味などは分からなかった――だが、とにかく自分の容姿のせいでギルランスが悪く言われているのだけはハッキリと分かったからだ。

和哉は無言で席を立つと、噂話をしている中心人物の冒険者のテーブルへツカツカと歩み寄る。

「お、おい、カズヤ!?」

呼び止めるギルランスの声など耳に入らないくらい、和哉の怒りは頂点に達していた。
噂話に下卑たげひた笑いをあげていた冒険者たちは、目の前に立ち塞がった和哉の姿を認めると、明らかに動揺した様子をみせた。

「な、何だよ……」

「……なんか用かよ」

そう口々に言う冒険者の男たちに対し和哉はわざとニッコリと極上の笑みを向ける。

「こんにちは」

「お、おう」

和哉の笑顔に毒気を抜かれたのか、男たちは戸惑ったように答えた。
そんな彼らに構わず和哉は言葉を続ける。

「さっき、僕達の事話してましたよね?何を話していたんですか?」

あくまでも笑顔を崩すことなく丁寧な口調で尋ねる和哉だが、その目は全く笑ってはおらず、怒りを宿したままだ。
和哉の視線にたじろぐ男たちだったが、その中のリーダー格と思われる男は引きつったような笑みを浮かべながら口を開く。

「い、いや……別にたいしたことじゃ……」

言い逃れしようとする男に和哉は一歩近づくと、相手の目を覗き込み更にニッコリと笑ってみせた。

「いえね、皆さんがコソコソと僕達の事をお話しされているようでしたので、どういう事かなぁ、と思いまして……」

そこまで言うと、和哉は浮かべていた笑顔を一変させ、すっと目を眇《すが》めたまま相手を睨み付ける。

「僕の事はどうとでも言ってくれて構いません、ですが――」

そこで一旦言葉を区切った和哉は、ギルランスに視線を移してから再び男たちに向き直り言葉を続ける。

「――彼を……僕の相棒を侮辱する奴は許しません」

静かな怒りを込めた和哉の言葉と態度に圧倒されたのか、男たちは皆一様に口を噤んだ。
そんな男たちを見下ろしたまま睨みつけていた和哉の肩を、いつの間にか席を立ち背後に立っていたギルランスがポンと叩く。

「ギル……」

「カズヤ、行くぞ」

ギルランスはそう和哉に告げると、たじろいだままでいる男たちにギロリと氷のように冷たい視線を落とした。
途端に男たちの顔から血の気が引き、目に見えて怯えの色を浮かべ始めた。

「あ……わ、悪かった」

「す、すまなかった……」

慌てて謝罪の言葉を口にする男たちの様子に、フンッと鼻を鳴らしたギルランスは、そのまま踵を返して歩き出した。
その後を追うように慌てて付いて行く和哉の耳に、その後男たちの話す声が入ってくる。

「す……っげぇ怖かったな」

「ああ……」

「なんか俺、鳥肌が止まんねぇぜ……」

そんなやり取りを背中で聞きながら、和哉はモヤモヤとした気分のままギルランスの後に続いてギルドを後にした。
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