ダブルソード 第三章 ~サリア帝国編~

磊蔵(らいぞう)

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第53話 喧嘩

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デフォーの自宅は渡し舟屋から歩いてすぐの場所にあった。
木組みのログハウス風の造りで、質素だが手入れがよく行き届いていて清潔感のある居心地の良さそうな家だ。

「ささ、汚いところですが遠慮なく上がってくだされ!」

促されるままに家の中に入った二人にデフォーは笑顔で続ける。

「クロエを寝室へ運んできますんで、そちらでお待ちください」

そう言い残すと、デフォーはクロエを抱えながら一旦奥へと消えていった。
デフォーの背中を見送った和哉は小さく息吐くと、隣のギルランスに向き直り声をかけた。

「ギルもびしょ濡れだからすぐ着替えたほうが良いよね?」

だが……。

「いや、いい……」

ギルランスは素っ気なく返事を返すと和哉に背を向け、そのまま案内された部屋へとスタスタと向かっていってしまった。

「えっ?ちょっ……ギル?」

(なんだ?なんか機嫌悪そうだな……?)

和哉はギルランスの変化についていけず戸惑いを覚えるも、取り敢えず彼の後に続き部屋に入った。
そこは居間となっており、シンプルながらも使いやすそうな家具が置かれていた。
中央にテーブルと椅子が並び、奥には暖炉があり、その上に家族の肖像画らしき物がいくつか飾られている。

ドカリと椅子に腰を下ろすギルランスを横目に、和哉は暖炉の上に並ぶ数枚の肖像画に目を留めた。
一枚は、今よりだいぶ若いデフォーと思われる男性と、幼いクロエを抱いて彼に寄り添う女性の三人で描かれたもの。
もう一枚は、クロエとデフォーが仲睦まじく並んで立っているもの。
そして最後に、一枚目に描かれているのと同じ女性のバストアップの肖像画だ。
穏やかで優しい眼差しをこちらに向け微笑んでいる女性にはどこかクロエの面影も感じる。

(この人は、クロエさんのお母さんかな?)

そんな事を考えながら和哉がそれらの肖像画を眺めていると、戻って来たデフォーから声をかけられた。

「それは数年前、娘がまだ幼い頃に絵師に依頼して描いたものです。今思えば一番楽しい時期でしたなぁ……」

しみじみと語り出したデフォーはどこか遠い目をして肖像画を見つめた。
だがすぐにハッとした様子を見せると慌てて「ああ!すいません」と照れくさそうに笑って続けた。

「妻はクロエが10歳の時に病で亡くなりましてね、それ以来男手一つで育ててきたんですよ。そのせいなのか、なかなかの男勝りに育っちまいましたよ――ハハハ」

苦笑いしながらそんな風に語るデフォーの言葉と表情からは娘への深い愛情が感じられた。

「そう、だったんですね……」

「あ、いやぁ!私の話なんてどうでもいいんです!……えーと、そうだそうだ――」

彼らの事情を知り、神妙な面持ちで頷いた和哉に対し、デフォーは気を取り直したようにパンッと手を打ち鳴らすと、明るい声で話題を切り替える。

「ささ、どうぞそちらへお掛けください――今、お食事をご用意しておりますから」

デフォーの促しを受け、和哉がギルランスの隣の席に座ったところで、奥から一人のメイドらしき女性がカートいっぱいに食事の皿を乗せて姿を現した。
どうやらデフォー宅で働いている使用人なのだろう。

「お待たせしました」

そう言いながらメイドが並べていく料理は、どれもこれも美味しそうな匂いを漂わせていた。

「さあさあ、どうぞ!遠慮なく召し上がってください!」

満面の笑みで料理を勧めるデフォーに「では……いただきます」と和哉が遠慮がちに告げると、それに倣ってギルランスも黙ったまま箸を伸ばした。
ふるまわれた食事を一口含んだ瞬間、和哉は思わず感嘆の声を上げた。

「うわ、おいしい!」

どうやらこの地方の郷土料理のようで、湖で採れる魚介を中心とした料理はシンプルな味付けながらも素材の味を生かしたとても美味しいものだった。
チラリとギルランスを見ると、彼も料理を気に入ったのだろう、黙々と食べ続けている。

二人は空腹だったこともあり夢中になって食べ進めた。
そんな二人を満足気な面持ちで見つめていたデフォーは、見計らったように話しかけてきた。

「それで、お二人は旅の冒険者さんかなにかですか?」

「ええ、まあ……」

和哉の返事にデフォーは嬉しそうに目を細め、うんうんと首を振った後、今度は何やら思案気な表情で腕を組んだ。
そして暫く宙に視線を彷徨わせていたが……やがて意を決したように「よしっ!」と膝を叩くと再び口を開いた。

「実はですね、お願いがあるんですが、聞いて頂けますでしょうか?」

妙に改まった様子のデフォーに若干戸惑いながらも、和哉は「――?僕たちで出来る事なら」と頷き、先を促した。

「ええと、カズヤさん……でしたよね?」

「はい」

名を確認され、コクリと首を縦に振った和哉にデフォーはとんでもない爆弾発言を投下した。

「クロエを嫁に貰ってやってくれませんか?」

((――!!?))

予想外すぎるデフォーの言葉に、和哉は驚きのあまり思わず飲んでいた水を吹き出しそうになるのを何とか堪えたが、隣のギルランスは盛大にむせ返っていた。
ゲホゴホと咳き込んでいるギルランスの背中を擦ってやりながら和哉はデフォーに視線を向ける。

「あ、あのデフォーさん?いったい何を仰っているのか分かりませんが……?」

動揺を隠しきれないまま返す和哉の反応などお構いなしといった様子でデフォーは話を続ける。

「いやね、私もこんな年ですし、最近ではあまり調子も良くないので、いつ何があるか分かりません。他に身よりもありませんし、私としても娘の将来が心配でならないのです。しかし幸いにもこうして貴方という誠実な若者が現れてくれたわけですから是非とも娘のことを頼みたいんですよ!どうかお願いしますよ!」

一気にまくし立てられ呆気に取られる和哉だったが……一方のデフォーはと言えば「いや~、あなたのような人に出会えてよかった!」と何ともおめでたい表情で拍手を送っている。

(なんでそうなっちゃうの?)

「ちょ――!待って下さいよ!?僕は――」

混乱しつつも必死に抵抗を試みる和哉の言葉を遮るように、デフォーは更に畳み掛けた。

「分かってますって。さっきの様子を見る限りあなたはクロエの事を憎からず思っているでしょう?」

「いえ、そんな事は……」

「隠さなくてもいいですよ。これでも私も若い頃は結構モテたものでしてね、人の感情には敏感な方なんですよ。特に色恋沙汰に関しては、ね」

(いやいや!全く人の感情分かってませんけど!?)

パチリと片目を閉じお道化《どけ》た様子で笑みを見せるデフォーに、和哉は内心でおもいっきり突っ込みを入れながらも、あまりにも異常なこの状況に眩暈を覚えそうになる。

確かにクロエの命を救った和哉は、デフォーからすれば大事な一人娘の命の恩人でもあるのだから、親としてそう思ったのかもしれないが――それでもこれはいくらなんでも暴走しすぎである。
なにより、相手は今日会ったばかりの、さらには会話すらしていない人間なのだ。
和哉が冷や汗をかきながら助けを求めて隣を見ると、いつの間にか復活したギルランスは仏頂面のままジッと和哉を眺めているだけだった。

(ちょっ――助ける気は皆無ですか!?)

ギルランスの痛い視線に晒されながらも、和哉は(ここはきっぱりと断らなきゃ!)と意を決しデフォーに向き直る。

「すみません、お気持ちは嬉しいのですが、僕には心に決めた人がいますので……このお話はお断りさせていただきます」

「おや、そうなんですか?」

和哉の返答に驚いたように顔を上げたデフォーだったが、あまり気落ちした様子もなく「そうですか……」と呟くと、すぐに気を取り直したように今度はギルランスへと視線を移した。

「でしたらギルランスさん……あなたどうですかな?あなたならお強そうで――」

「――っ、ダメです!!」

言いかけたデフォーの言葉を遮るように勢いよく立ち上がる和哉に、その場の全員の視線が注がれる。
突然大声をあげた和哉の勢いに驚いたように目を丸くするデフォーは勿論のこと、ギルランスもまた驚いたように和哉を見つめていた。
二人の視線にハッと我に返った和哉は慌てて取り繕うように言葉を重ねた。

「す、すいません!つい大きな声を出してしまって……!で、でも……その……何というか……そもそもこういった事は娘さんご本人の意思が一番大事だと思いますし、いくら親御さんの頼みでも勝手に決めるような事ではないと思うんですけど……?」

しどろもどろになりながらも説得を試みる和哉の言葉を受け、さすがのデフォーもようやく自分の暴走ぶりに気づいたのだろう。

「おぉ!こりゃ失敬!」と頭を掻きながら照れ臭そうに笑うとペコリと頭を下げた。

「確かにそうですよね。いやはや、申し訳ない。どうも気が逸ってしまいまして……」

「いえ、分かっていただけましたらそれで結構ですので――」

どうやら何とか諦めてもらえたようで、和哉はホッと胸を撫でおろすと再び席に腰を下ろした。
――と、そこで、それまで黙って話を聞いていたギルランスが突然口を開いた。

「話は終わりだ。そろそろ休ませてもらおう」

不愛想にそれだけ言うと席を立ち出て行こうとする。

「あ、ギル――」

思わず声をかける和哉を無視するように、ギルランスはそのままメイドに案内され寝室の方へ行ってしまった。

(はぁ……何だか今日はさっきから妙に機嫌が悪いな……)

ポツンと取り残された格好となった和哉は暫し呆然とその場に佇んでいたが――やがてデフォーの方へ向き直り、気まずいながらも苦笑いを浮かべた。

「あの……ギルはちょっと疲れているみたいで――すいません」

「いえいえ、気にしないでください。こちらこそ変なお願いをしてしまって――」

ギルランスの不躾な態度を詫びる和哉にデフォーは気にするなという様に手を振ると「さあさあ、カズヤさんもお疲れでしょう?」と言って部屋へと案内してくれた。

そうして通された客人用の部屋は、ベッドが二つ並んで置かれているだけのシンプルな空間だった。
先に来ていたギルランスは濡れた服を着替た姿で、ベッドの上で自身の腕を枕にしながら仰向けに寝転がり天井を見つめていた。
その様子に何となく声をかけるのを憚られた和哉はそっと息を吐くと静かに扉を閉め、空いているほうのベッドに腰を下ろした。

(機嫌悪そうだなぁ……)

そう思いながら隣のベッドを盗み見るも、やはりギルランスからの反応はない。
しばしの沈黙の後――先に口を開いたのは意外にもギルランスの方だった。

「なあ……」

不意に声をかけられ、反射的に振り向く和哉に目を向けることなく、ギルランスは天井を見つめたまま言葉を続けた。

「さっきの事なんだが……」

「――?さっきって?」

唐突な切り出しに和哉が戸惑いながらも聞き返すと、ギルランスは一呼吸置いた後、再びゆっくりと口を開く。

「……結婚がどうとかっていう話だ」

その言葉になぜかドキリとしてしまう和哉だったが、それを悟られないように平静を装いながら返事を返した。

「ああ、あれね……デフォーさんたら、びっくりさせるんだから、まいったよね」

アハハと空笑いをしながら肩を竦めてみせる和哉だが、ギルランスはそれに反応することなく、また暫し考え込むように黙りこくる――やがてゴロリと寝返りをうつち和哉へと向き直ると、ぼそりと口を開いた。

「……誰だよ?」

「え?」

唐突な質問に虚をつかれた和哉が思わず聞き返すと、ギルランスはムスツとした顔のまま「だから――誰なんだよ」と再び同じ問いを繰り返す。
その鋭い視線を受けながらも、その言葉の意図がいまいち理解できずにいると、痺れを切らせたようにギルランスがさらに言葉を重ねた。

「さっきデフォーに言ってただろ?心に決めた奴がいるって……」

そう言われ、ようやくギルランスの質問の意図を察した和哉だったが、即答することが出来ずについ言葉に詰まってしまう。
あの時は”断れなければ!”の一心で、つい本音が入り込んでしまったのだが、まさかギルランスがそこに食いついてくるとは思ってもみなかったからだ。
当然、『君のことだよ』などと本当の事が言える筈もない。

(な、なんでそんなとこだけはよく憶えてるんだよ!?)

普段は人の言動に無関心というか超が付くほど鈍感な癖に……こんな時だけ妙に細かいところまで目ざといのだから侮れない。
答えを催促するようにジト目で見つめているギルランスの視線に冷や汗をかきながらも、和哉はいきなり訪れたこの危機的状況を打開すべく、思考をフル回転させながら言葉を絞り出した。。

「えっと……あ、あれは……ほら、『嘘も方便』って言うだろ?ああいう時はそう言った方が丸く収まると思ってさ――」

しどろもどろながらもなんとか無難な答えを見つけて伝えると、「やだなギル、本気にしちゃったのかよ」と言いながらハハと笑って誤魔化してみた。
我ながら苦しい言い訳だと思う和哉だったが、他に言い訳も見つけられないのだから仕方ない。
和哉の言葉を聞いたギルランスは、一瞬だけ不満そうな顔をみせたが、すぐにいつもの調子に戻すと苦笑いを浮かべた。

「んだよ、嘘かよ……ったく、ビックリさせんなよな」

そう言って再び仰向けになると、天井に目を戻した。
ギルランスがこの苦し紛れの言い訳を信じてくれたのかどうか、和哉に判断することはできなかったが、それでも、これ以上追求してこないという事はひとまずこの場は乗り切ったと考えてよさそうだ。

(だ、大丈夫だよな……?)

とりあえずピンチを回避できた様子に和哉は小さく安堵の息を吐いたものの、どちらにせよこれ以上この話を続けたくないと思い、早々に別の話題を振ることにした。

「それにしても、クロエさん、助かって良かったよね!ギルがすぐに湖に飛び込んで対応してくれたから――っ」

なるべく明るい口調を心がけながら話し始めた和哉だったが、そこまで言って言葉に詰まってしまった。

「――?」

急に言葉を切り、口を噤んでしまった和哉を不審に思ったのか、ギルランスは不思議そうな表情で振り向き首を傾げていた。

実は、和哉は自分が発した言葉によって、蓋をしていた記憶が呼び起こされてしまっていたのだ。
そう、あの時の――ギルランスがクロエを救出した時のあの情景だ。
湖から上がってきたズブ濡れのギルランスとクロエの姿を思い出し、和哉の胸はまたあの言いようのない痛みを訴えていた。
そして、それを目にした時の自分の中に湧き上がってきた暗くドロドロとした感情、”嫉妬”を自覚した瞬間の強い衝撃と混乱……それら全てが鮮明によみがえってきて、和哉の胸を強く締めつける。
さらには、そんな醜い部分を見せまいと取り繕う自分に対する強い嫌悪感も同時に沸き起こってきてしまう。

(最悪だ……)

和哉は嫉妬心と共に自分自身に嫌悪感を抱きながらも、それらをなんとか抑え込もうと必死に平静を装った。

(落ち着け、僕――また、ギルに変に勘ぐられちゃうだろ!)

そんな和哉の気持ちを知ってか知らずか、暫くジッと和哉の様子を見つめていたギルランスだったが、ふと思い出したように、またまた思いもよらない方向からの質問を投げかけてきた。

「そう言えばよ……さっきお前がやってた、救命措置?だかってやつだが――あんなことしなきゃなんなかったのか?」

「え?」

想定外な問いに、思わずキョトンと目を丸くして聞き返す和哉に構うことなくギルランスは続ける。

「いや――別にわざわざそんなことしなくても、魔法を使えばもっと簡単だったんじゃねぇか?」

そう言いながら怪訝そうな目を向けるギルランスに和哉はハッとさせられた。
確かにそうだ――この世界の住人にとって魔法はごく身近にあるものなのだ。
わざわざ人工呼吸やら心臓マッサージなどせずとも、もっと簡単に助けられたのではないかと疑問に思うのは当然だ。

だが、あの時は瀕死のクロエを前に気が動転していたというのもあるが、なにより今の和哉はまだ蘇生魔法のような強力な魔法を習得出来ていないのが実情だった。
現に息を取り戻したクロエに覚えたての治癒魔法を施すだけで精一杯だったくらいだ。

「なんでいちいち口と口でやんなきゃいけねぇんだ?なんか理由があるのか?」

ギルランスの尤もな疑問に、和哉は自分の力不足を感じながらも、ぼそぼそと小さな声で返す。

「だって、まだそんな魔法を習得してないからさ……それに、僕がいた前の世界じゃ、魔法なんてないから、ああやってやるのが一般的っていうか……」

遠慮がちに説明する和哉だが、内心では(なんだよ!ギルだってヒーリング系魔法のひとつも使えないくせに……)などと文句を言ったりもしてみる。
そんな和哉の心の声など知る由もないギルランスはと言うと、「そうなのか!?」と初めて知った和哉の世界の事情に驚いたように目を瞬かせていた。

「そっか、お前がいた世界は魔法がねぇのか……ってことは、つまりああいった方法が蘇生魔法代わりの技術ってやつなのか」

「まぁ……そうなるかな?」

和哉の返答を受け「なら、仕方ねぇか……」と納得したように小さく呟くギルランスだったが……次の瞬間、またしても予想外の言葉を口にした。

「いや、俺はてっきりお前があの女とキスしたくてそうしたのかと思っちまったぜ」

薄笑いを浮かべながらどこか皮肉めいた声で発せられたその言葉に、和哉は耳を疑いそうになった。

「――っ!?なっ――」

(――なんでそんな事言うんだよ!)

あまりのことに一瞬言葉を失ってしまった和哉だったが、これにはなぜか無性に腹が立ってしまう。

和哉としては、魔法を習得出来ていない不甲斐ない自分が情けなかったし、人命救助とはいえ好きな人の目の前で他の誰かに口づけなければならなかった事も正直あまりいい気はしていなかった。
その上、ギルランスがクロエを抱き抱えている光景が頭から離れず、ずっとザラついた気持ちを抱え続けていた和哉は、思わずそのイライラをぶつけるように言葉を荒げてしまう。

「何だよ!そんなわけないだろ!?ふざけたこと言うなよ!!」

和哉がここまで強くギルランスにあたったのは初めての事だった。
思わぬ和哉の反撃にギルランスは一瞬驚いた表情を見せるも――今日は妙に虫の居所が悪そうだった彼もまたカチンときたようだ。
最近では和哉に対してだけは怒鳴る事などなかったギルランスだったが、今は違った。

「あ゛あ!?なんだよその言い方は!怒る事じゃねぇだろ!!」

明らかに不機嫌な様子で牙を剥いたギルランスに一瞬怯んだ和哉だったが……しかし今は一度火のついてしまった己の激情を抑えることができなくなってしまっていた。

「怒ってなんかないし!そう言うギルだって必要以上にクロエの体触ってたじゃないか!!」

頭に血が上っている和哉はつい思ってもいない事を口にしてしまう。
すると案の定ギルランスは眉間の皺を更に深く刻みながら怒鳴り返してくる。

「はぁ!?俺がいつそんな事したってんだよ!?お前だって何回もあの女に口を付けてたじゃねぇかよ!!」

「――つ!!」

もうここまでくると、和哉自信、自分が誰に対して、何に怒っているのかすら分からなくなっていた。
なぜこんなにイライラしているのか? 自分はいったいどうしたいのか? 分からないまま売り言葉に買い言葉で二人の口論はどんどんヒートアップしていった。

「それは仕方ないだろ!?あのままじゃ息出来なかったんだから!」

「ああ、そーだったな!――とか言いながらそうやって理由付けて、実はしたかったんじゃねぇの!?」

「――っ!!だから、なんでそうなるんだよ!?それを言うならギルだってアミリアさんとキスしてたじゃんか!!」

「だから、それは違うって言ってんだろ!!思い出させんじゃねぇよ!!あれは――」

もう何も考えられなかった――和哉は沸騰した頭でギルランスの言葉を遮るように叫んでいた。

「うるさいっ!!僕だってギルとキスしたかった!!」

「……なっ!?」

「あっ――!!」

思わず口をついて出た言葉にハッと我に返った和哉は、慌てて手で口を塞ぐが遅かった。
勢いでとんでもない事を言ってしまった事に気付くも、もう後の祭りだ――一度飛び出してしまった言葉は、二度と元には戻らないのだ。

(や、ヤバい!!)

全身から一気に汗が噴き出す感覚に襲われながら、和哉は恐る恐るギルランスの様子を窺った。
案の定、ギルランスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でピシリと固まっている。
その表情を見た和哉は一気に頭が冷えていくのを感じた。
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