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第54話 キスと条件
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驚きの表情のギルランスを前に、顔面蒼白の和哉の体はカタカタと震えだす。
(どうしよう……何て言えばいいんだろう……どうすれば……)
そんな考えが頭の中をグルグルと駆け巡り、声も出せないまま俯くことしかできない和哉だった。
居たたまれない沈黙の中――先に口を開いたのはギルランスの方だった。
「……カズヤ……今の……どういう意味だよ……」
喉の奥から絞り出すような掠れた声で尋ねるギルランスに、和哉はビクッと肩を大きく揺らし反射的に顔を上げる。
そこには困惑の表情で和哉を見つめるギルランスの姿があった。
「え……えと……それは……その……」
いくら頭に血が上っていたとはいえ、今まで隠してきた本心を曝け出してしまった自分を呪いながら和哉はなんとか取り繕おうと思考を巡らすが、焦りと混乱で思考がまとまらない上に、喉がカラカラに張り付いて思うように声を出すことも儘ならなかった。
そんな和哉の狼狽っぷりを見つめながら、ギルランスはいまだ驚きの表情のまま再び問を重ねた。
「なあ……さっきの言葉……お前、本気か?」
(……ああ……もう、ダメだ……終わった……)
これはもうどうやっても誤魔化すことは出来ないだろう――いよいよ観念した和哉はゴクリと唾を飲み込んだ後、「……うん」と小さくうなずくとそっと顔を上げた。
和哉の返事を受けたギルランスはまた驚いたように目を見開いていたが……やがて、体勢を整えベッドの上で胡坐をかいて座り直すと、真っ直ぐに和哉を見据え手招きをしてみせた。
「……こっちに来い」
「う……うん」
和哉はぎこちない動作で、言われるままギルランスの元へ歩み寄りベッドへと上がると、正座をして向き合うようにして座った。
(何を言われるんだろう……怖い……)
これから一体どんな展開が待ち受けているのか――和哉は今にも泣きだしてしまいそうな自分を懸命に叱咤しながら奥歯を強く噛んで涙をこらえる。
まるで怒られるのを待つ子供の様に体を硬くし、俯いたままじっと待っていると……。
「なあ、カズヤ……」
ふいに名を呼ばれ、ビクリと肩を揺らした和哉が恐る恐る顔を上げると、そこには、真剣な眼差しで見つめるギルランスの顔があった。
「……はい」
(お、怒ってる?それともキモいって思ってる?――まさかコンビ解消されるとか……?)
不安に押し潰されそうになりながら返事を返す和哉の心境を知ってか知らずか、ギルランスは確認するようにゆっくりと口を開く。
「……お前、本当に俺にキスなんてできるのか?」
「――えっ?」
思ってもいなかったギルランスの問いかけに和哉は目を丸くして一瞬固まってしまった。
そんな様子を見て苦笑いをしながらギルランスは続ける。
「いや、お前、前の世界では女とつきあってたって言ってたろ?……本当に俺とキスしたいって思ってんのか?俺は男だぞ?」
その言葉に和哉はハッとして顔を上げた。
確かに、前の世界ではなんとなく女子と付き合っていたりした――だが、今ならば分かる、アレは“恋”なんかではないと。
(そう……ギルは紛れもなく僕と同じ性の“男”だ、だけど――)
今の和哉は目の前の男にどうしようもなく焦がれている自分に気付いてしまっているのだ。
そして、その事実から目を背ける気ももうない。
(だったら、もう、逃げるのはやめよう……)
ギルランスとの関係がここで終わってしまうかもしれないという恐怖はまだ和哉の中にはある。
だが、ここまで来たなら、もう下手な言い訳をしたりするのは良くないようにも感じる。
そして……もし許されるならば真正面から受け止めてもらうしかない――そう決意すると和哉は顔を上げ真っ直ぐにギルランスを見た。
「うん、できるよ……っていうか、したい……すごく……」
和哉の返事にギルランスはその琥珀の瞳がこぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いた後、暫く無言で何やら考え込む様子を見せた。
そんなギルランスを和哉は不安に押しつぶされそうになりながらもじっと見つめていた。
暫しの沈黙の後――やがてギルランスはゆっくりと顔を上げると和哉の目を見ながら口を開いた。
「わかった……なら、してみろ」
「へ?」
ギルランスからの予期せぬ提案に和哉は思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。
何を言われたのか理解が及ばないまま、呆けた顔を見せる和哉に、ギルランスはもう一度確認するように続ける。
「だから、俺とキスしてぇんだろ?してみればいいじゃねぇか」
(え?え?え?――は?今、なんて??)
予想外すぎる展開に和哉の頭の中はパニック状態だ。
これは自分の聞き間違いなのでは――そう思い、和哉は狐につままれたような気持ちのまま尋ね返した。
「え、えっと……今、なんて言った?ごめん、もう一回言ってくれる?」
現状に理解が追い付いていない和哉にイラついたのか、ギルランスはムッと眉間に皺をよせる。
「だーかーらー!キスしてみろっつったんだよ!それともなんだ?やっぱり嘘でしたってか?」
「ち、ちがっ――!?」
和哉は慌てて首を横にふり否定すると、気を落ち着けてからもう一度ギルランスを見つめ直す。
「違くて……その、いいのかなって……だって僕たち男同士だから……もし、ギルが嫌なら――」
遠慮がちにぼそぼそと訊ねる和哉の言葉は、ギルランスの「あのなぁ」という言葉に遮られた。
「ダメだったら、しろなんて言ってねぇだろ?」
そう言うギルランスの表情は呆れているようでいて、どこか優し気でもあった。
実際、ギルランスが何を思ってそんな事を言っているのか全く理解ができない和哉だったが、その表情見た瞬間、心を覆っていた不安感が少しだけ和らいだような気がした。
そしてさらに、この思いもよらない事態はむしろ“降って湧いた絶好のチャンス”だと捉えるべきだと直感した。
和哉は嬉しさで飛び上がりそうになるのをグッと抑えながら、ゴクリと唾を飲み込むと膝立ちになりギルランスとの距離を詰める。
「う、うん……じゃあ……いくよ……?」
「おう」
気負う様子も見せることなくうなずくギルランスの頬に、和哉は震える手を必死に抑えながらそっと添えた。
心臓が爆発してしまいそうに激しく脈打ち、全身の体温が一気に上昇していく――今まで生きていた中で一番の緊張感が和哉を包みこんでいた。
(ああ、もう!しっかりしろよ!僕!!こんなチャンス二度とないかもしれないんだぞ!!)
自分を叱咤しながらも、ゆっくりと顔を近づけていく和哉だったが……真っ直ぐ向けられているギルランスの瞳と目が合い、動けなくなってしまう。
(え……ちょっ――なんでそんなガン見なん!?)
さすがにこのままキスをする勇気などない――焦った和哉は遠慮がちに頼んでみる。
「ギ、ギル……ごめん、目を閉じてもらってもいい……?」
そんな和哉のお願いを受け、一瞬ムッとしたような顔を見せたギルランスだったが、すぐに目を閉じ「ん」と顎を突き出すような仕草をみせた。
(うわあああああ!!)
ギルランスの素直な態度に和哉は恥ずかしさのあまり顔を赤らめ悶絶しそうになったが……すぐ我に返ると(早くしないと!)と思い直し再び距離を縮めていく。
そして――。
和哉はありったけの想いを込めてギルランスの唇に口づけた。
焦がれていた男《ひと》の柔らかく温かな唇の感触に触れた瞬間、和哉は心の底から湧き上がる歓喜と興奮に打ち震えているのを感じた。
(ああ……ギルとキスしてる……僕は今、大好きな人とキスしてるんだ……)
時間にして一瞬の出来事だったが、今の和哉にとっては永遠にも等しい長い長い時間に思えるほどの至福の一時だった。
そんな幸福感を抱きながら、名残惜しい気持ちを残しつつそっと唇を離す。
ギルランスの瞼が開かれ再び現れた琥珀を、和哉は幸せのあまり呆けた顔で見惚れてしまっていた。
すると――。
「で、どうだったよ?」
「え?」
唐突なギルランスの問いかけに和哉は思わず首を傾げる。
「だから、感想だよ。なんかねぇのか?」
和哉の様子に業を煮やしたのか、ギルランスは少々不服そうな声音でもう一度問いかけた。
(そ、そうだった!)
すっかり忘れていたが、そもそもこれは和哉が言い出した事なのだ――焦りつつも、とりあえず感想を述べてみる。
「えっと、ありがとうございました……柔らかかった……です……」
なぜか敬語になってしまう。
「はぁ!?それだけかよ!?他に何かねぇのか!?」
「ええっ!?他!?えっと……気持ちよかった……かな……?」
さらなる追及にしどろもどろで答えると、「ふぅ~ん……」とだけ呟いたギルランスは自分の唇を指でなぞりながら何やら考え込んでいるようだった。
(え?なに?――それ、どういう反応……?)
ギルランスの反応に不安を覚えた和哉は、内心汗びっしょりになりながら、恐る恐る尋ねる。
「あ……あの……ギルは……どうだった?」
和哉の問いかけにハッとしたように顔を上げたギルランスは、照れ臭さを隠すかのように頬をポリポリと掻きながら苦笑いを浮かべた。
「あー、まあ……悪くねぇ、かもな……」
その言葉を聞いた瞬間、和哉は胸がいっぱいになり、思わず涙が溢れそうになってしまう。
そんな自分を悟られないよう、わざと明るい声で話しかけた。
「そ、そっか……!良かったぁ~!実はちょっと不安だったんだ」
「何がだよ?」
「いや、だってさ……男同士だし?ギルに気持ち悪いって思われちゃったら嫌だなぁ~と思って……」
頭を掻きながら本音を伝えた和哉に、ギルランスは「はぁ!?――」と声をあげたかと思うと少し呆れた様な溜め息を漏らす。
「バーカ!何言ってんだ?んな訳ねぇだろ?――つうか、それならはなっから『キスしてみろ』なんて言うわけねぇっつうの」
「そ、そっか……良かったぁ」
和哉はギルランスがこのキスをネガティブに捉えていないと確信できて心底ほっとした――これで“パーティー解消”という最悪の事態は免れたようだ。
(本当に良かった……でも……)
そうなってくると、問題はこの先だ。
和哉は改めて姿勢を正すと、少し緊張しつつギルランスに話しかけた。
「それでさ、あの……」
そこで一度言葉を切り、ゴクリと唾を飲み込む。
「ん?」
あらたまって言う和哉にギルランスは不思議そうに首を傾げる。
そんな仕草も可愛くて堪らないと思ってしまう自分はやはりどこかおかしいのかもしれない――そんな事を思いながら和哉は言葉を続けた。
(正直かなり怖いけど、これを聞かないわけにはいかないだろう――)
「これからも、一緒に居てくれる?……それで、その……また、キスしても……いいかな……?」
少し震える声で何とか言葉にし、和哉はギルランスの顔を窺うように見つめた。
すると、ギルランスは一瞬目を瞠った後、フッと表情を緩めると今度は悪戯っぽくニヤリと笑いながら答えた。
「まぁ、お前がそうしたいなら……別にいいけどな」
ギルランスの意外な反応に一瞬呆気に取られたものの――すぐに(それってOKってことだよね!?)と和哉の頭の中で何かが弾け飛んだ。
(うわぁ……もうダメかも……今なら多分死んでも悔いはないわ……)
幸せすぎて泣きそうになっているのか、それともニヤけてしまっているのか、自分でもよく分からないまま、和哉は顔に出さないよう必死で抑えつつ頷き返した。
「うん……ありがと」
―――だがそんな和哉にギルランスから意外な言葉が告げられる。
「ただし、条件がある」
「えっ!?条件!?」
思ってもいなかった言葉に和哉はギョッとし思わず体を硬くした。
(い、いったい……何を言い出すつもりだろ……?)
ゴクリと唾を飲み込み、緊張しつつ次の言葉を待つ。
「条件は三つだ――」
ギルランスはそう言い、人差し指から順に立てながら和哉を覗き込むようにして続けた。
「一つ目は、『俺の許可なく勝手に死ぬな』、二つ目は、『俺が死んだらお前も死ね』、まぁ、これは俺は死なねぇから大丈夫だろ……で、三つ目は――」
そこで一旦言葉を切ると、三本目の指を立てたギルランスはニッと笑ってみせる。
「――『お前は俺の隣で笑っていろ』、以上だ」
「……」
ギルランスの言葉に和哉は一瞬息を飲むと同時に全身が熱くなるような感覚を覚え言葉を失ってしまった。
それはとても傲慢な条件だった――だが、同時にまるでプロポーズの言葉のようにも聞こえる気がしたからだ。
おそらくギルランス自身はそんなつもりは全く無いのだろう。
その証拠に彼の表情からは照れや恥じらいといったものは微塵も感じられない。
ただただ純粋にそう思っているからこそ出た言葉なのだろうが、それでも和哉には十分すぎるほどの破壊力があった。
(だ、だって……つまり、要約するとそれって『俺の側から離れんな』って事だよね……?)
改めて考えてみてやはりとんでもない台詞だと気付いた和哉は、頭から湯気を噴き出しそうになりながら真っ赤になった顔を両手で覆うと、震える声で「はい……」とだけ小さく答えるのが精一杯だった。
だが、当のギルランスはそんな和哉を見て、まるで自分の言葉の重大さに気付いていないかのように平然とした様子で「どうした?」と不思議そうに首を傾げていた。
そんなギルランスを見て和哉は改めて思う。
(いや……やっぱ、この人、超絶天然入ってるよなぁ……)
この“条件”とやらもそうだが……そもそも、ギルランスは恋愛方面に関してはまるでポンコツなのだ。
このギルランスの言葉の本意がどこにあるのか、和哉としても測り兼ねるものがあったが、それでもこの先の展開が“全く可能性が無い”というわけではないということは充分に理解できた。
(だったら、僕は頑張るだけだ!!)
和哉は決意を新たにすると大きく息を吸い込んだ。
「うん!わかった!!約束するよ!全部守るって誓うよ!!」
和哉の宣言に「よし!」と破顔するギルランスを見て和哉の胸は言いようのないほどの熱いもので一杯になる。
(ああ、もうダメだ――僕はこの人が好きで好きでたまらないんだ……)
今までもそうだったが、今日この瞬間で尚更そう思ったのだ。
(この人の為なら何でも出来る、命だって惜しくない!)
和哉は本気でそう思った。
それほどまでに、この目の前にいる男――ギルランス・レイフォードという男を愛していた。
気が付くと和哉の目から涙が零れていた。
慌てて手で拭うが、まるで吹きこぼれる喜びを抑えられないかの様に後から後から溢れて来て止まらない。
そんな様子を見ていたギルランスは、フッと微笑んだかと思うと、手をのばして和哉の頬を伝う涙を優しく拭いながら少し困ったような笑みを見せた。
「……ったく、泣くなよ……さっき俺が言った条件忘れたのか?『お前は笑ってろ』って言ったろ?」
「ご、ごめん……嬉しくて……つい……えへへ……」
涙を拭ってくれた温かな指先の感触に、胸の奥がキュンと甘く疼くのを感じながら微笑み返した和哉は、ちょっと欲張りすぎかなと思いながらも我慢できずにギルランスにねだってしまう。
「ギル……もう一回、キスしていい……?」
「ん?ああ」
相変わらず何の気負いもない様子でさらりと肯定の返事を返すギルランスに、和哉は(ホント、この人は……)と内心で苦笑しつつも、ゆっくりと顔を寄せていき、二度目の口づけを交わした。
今度は先程より少しだけ長く口づける。
(ああ、幸せだ……)
和哉はギルランスの唇を堪能しながら、遠慮がちにちょっと啄むようにしてみる――すると、なんとギルランスからも同じような反応が返ってきたではないか!
その瞬間、和哉の心は歓喜に震え、またまた涙が溢れそうになってしまうが、グッと堪えてそのまま柔らかなキスを味わっていく。
欲を言えばもっともっと深く口付けたいと思うところだが、今以上の接触は流石にギルランスを困惑させるであろうことは容易に想像できたので我慢することにした。
暫くの間お互いの温もりを確かめ合うように唇を重ねていたが、やがてどちらからともなくゆっくりと離れる。
和哉が名残惜しい気持ちでギルランスの顔を見つめていると、彼は照れ臭そうにガシガシと頭を掻きながら口を開いた。
「あー……なんかスゲェ変な感じだな」
「え、なにが?」
「いや、なんつーか……こういうの慣れてねぇから……どうしていいのか分かんねぇっつーか……」
そう言いながら視線を逸らすギルランスに和哉は思わずクスリと笑ってしまう。
「何だよ!?笑うなよ!」
「ごめん、ごめん!」
和哉が笑いながら謝ると、ギルランスはムスッとした顔のままプイッとそっぽを向いてしまった。
そんな姿すら、可愛らしく見えて仕方がないというものだ。
(ああ、僕は重症だ……)
和哉は内心苦笑しながらも、今一度ギルランスへの愛おしさを募らせていくのだった――。
(どうしよう……何て言えばいいんだろう……どうすれば……)
そんな考えが頭の中をグルグルと駆け巡り、声も出せないまま俯くことしかできない和哉だった。
居たたまれない沈黙の中――先に口を開いたのはギルランスの方だった。
「……カズヤ……今の……どういう意味だよ……」
喉の奥から絞り出すような掠れた声で尋ねるギルランスに、和哉はビクッと肩を大きく揺らし反射的に顔を上げる。
そこには困惑の表情で和哉を見つめるギルランスの姿があった。
「え……えと……それは……その……」
いくら頭に血が上っていたとはいえ、今まで隠してきた本心を曝け出してしまった自分を呪いながら和哉はなんとか取り繕おうと思考を巡らすが、焦りと混乱で思考がまとまらない上に、喉がカラカラに張り付いて思うように声を出すことも儘ならなかった。
そんな和哉の狼狽っぷりを見つめながら、ギルランスはいまだ驚きの表情のまま再び問を重ねた。
「なあ……さっきの言葉……お前、本気か?」
(……ああ……もう、ダメだ……終わった……)
これはもうどうやっても誤魔化すことは出来ないだろう――いよいよ観念した和哉はゴクリと唾を飲み込んだ後、「……うん」と小さくうなずくとそっと顔を上げた。
和哉の返事を受けたギルランスはまた驚いたように目を見開いていたが……やがて、体勢を整えベッドの上で胡坐をかいて座り直すと、真っ直ぐに和哉を見据え手招きをしてみせた。
「……こっちに来い」
「う……うん」
和哉はぎこちない動作で、言われるままギルランスの元へ歩み寄りベッドへと上がると、正座をして向き合うようにして座った。
(何を言われるんだろう……怖い……)
これから一体どんな展開が待ち受けているのか――和哉は今にも泣きだしてしまいそうな自分を懸命に叱咤しながら奥歯を強く噛んで涙をこらえる。
まるで怒られるのを待つ子供の様に体を硬くし、俯いたままじっと待っていると……。
「なあ、カズヤ……」
ふいに名を呼ばれ、ビクリと肩を揺らした和哉が恐る恐る顔を上げると、そこには、真剣な眼差しで見つめるギルランスの顔があった。
「……はい」
(お、怒ってる?それともキモいって思ってる?――まさかコンビ解消されるとか……?)
不安に押し潰されそうになりながら返事を返す和哉の心境を知ってか知らずか、ギルランスは確認するようにゆっくりと口を開く。
「……お前、本当に俺にキスなんてできるのか?」
「――えっ?」
思ってもいなかったギルランスの問いかけに和哉は目を丸くして一瞬固まってしまった。
そんな様子を見て苦笑いをしながらギルランスは続ける。
「いや、お前、前の世界では女とつきあってたって言ってたろ?……本当に俺とキスしたいって思ってんのか?俺は男だぞ?」
その言葉に和哉はハッとして顔を上げた。
確かに、前の世界ではなんとなく女子と付き合っていたりした――だが、今ならば分かる、アレは“恋”なんかではないと。
(そう……ギルは紛れもなく僕と同じ性の“男”だ、だけど――)
今の和哉は目の前の男にどうしようもなく焦がれている自分に気付いてしまっているのだ。
そして、その事実から目を背ける気ももうない。
(だったら、もう、逃げるのはやめよう……)
ギルランスとの関係がここで終わってしまうかもしれないという恐怖はまだ和哉の中にはある。
だが、ここまで来たなら、もう下手な言い訳をしたりするのは良くないようにも感じる。
そして……もし許されるならば真正面から受け止めてもらうしかない――そう決意すると和哉は顔を上げ真っ直ぐにギルランスを見た。
「うん、できるよ……っていうか、したい……すごく……」
和哉の返事にギルランスはその琥珀の瞳がこぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いた後、暫く無言で何やら考え込む様子を見せた。
そんなギルランスを和哉は不安に押しつぶされそうになりながらもじっと見つめていた。
暫しの沈黙の後――やがてギルランスはゆっくりと顔を上げると和哉の目を見ながら口を開いた。
「わかった……なら、してみろ」
「へ?」
ギルランスからの予期せぬ提案に和哉は思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。
何を言われたのか理解が及ばないまま、呆けた顔を見せる和哉に、ギルランスはもう一度確認するように続ける。
「だから、俺とキスしてぇんだろ?してみればいいじゃねぇか」
(え?え?え?――は?今、なんて??)
予想外すぎる展開に和哉の頭の中はパニック状態だ。
これは自分の聞き間違いなのでは――そう思い、和哉は狐につままれたような気持ちのまま尋ね返した。
「え、えっと……今、なんて言った?ごめん、もう一回言ってくれる?」
現状に理解が追い付いていない和哉にイラついたのか、ギルランスはムッと眉間に皺をよせる。
「だーかーらー!キスしてみろっつったんだよ!それともなんだ?やっぱり嘘でしたってか?」
「ち、ちがっ――!?」
和哉は慌てて首を横にふり否定すると、気を落ち着けてからもう一度ギルランスを見つめ直す。
「違くて……その、いいのかなって……だって僕たち男同士だから……もし、ギルが嫌なら――」
遠慮がちにぼそぼそと訊ねる和哉の言葉は、ギルランスの「あのなぁ」という言葉に遮られた。
「ダメだったら、しろなんて言ってねぇだろ?」
そう言うギルランスの表情は呆れているようでいて、どこか優し気でもあった。
実際、ギルランスが何を思ってそんな事を言っているのか全く理解ができない和哉だったが、その表情見た瞬間、心を覆っていた不安感が少しだけ和らいだような気がした。
そしてさらに、この思いもよらない事態はむしろ“降って湧いた絶好のチャンス”だと捉えるべきだと直感した。
和哉は嬉しさで飛び上がりそうになるのをグッと抑えながら、ゴクリと唾を飲み込むと膝立ちになりギルランスとの距離を詰める。
「う、うん……じゃあ……いくよ……?」
「おう」
気負う様子も見せることなくうなずくギルランスの頬に、和哉は震える手を必死に抑えながらそっと添えた。
心臓が爆発してしまいそうに激しく脈打ち、全身の体温が一気に上昇していく――今まで生きていた中で一番の緊張感が和哉を包みこんでいた。
(ああ、もう!しっかりしろよ!僕!!こんなチャンス二度とないかもしれないんだぞ!!)
自分を叱咤しながらも、ゆっくりと顔を近づけていく和哉だったが……真っ直ぐ向けられているギルランスの瞳と目が合い、動けなくなってしまう。
(え……ちょっ――なんでそんなガン見なん!?)
さすがにこのままキスをする勇気などない――焦った和哉は遠慮がちに頼んでみる。
「ギ、ギル……ごめん、目を閉じてもらってもいい……?」
そんな和哉のお願いを受け、一瞬ムッとしたような顔を見せたギルランスだったが、すぐに目を閉じ「ん」と顎を突き出すような仕草をみせた。
(うわあああああ!!)
ギルランスの素直な態度に和哉は恥ずかしさのあまり顔を赤らめ悶絶しそうになったが……すぐ我に返ると(早くしないと!)と思い直し再び距離を縮めていく。
そして――。
和哉はありったけの想いを込めてギルランスの唇に口づけた。
焦がれていた男《ひと》の柔らかく温かな唇の感触に触れた瞬間、和哉は心の底から湧き上がる歓喜と興奮に打ち震えているのを感じた。
(ああ……ギルとキスしてる……僕は今、大好きな人とキスしてるんだ……)
時間にして一瞬の出来事だったが、今の和哉にとっては永遠にも等しい長い長い時間に思えるほどの至福の一時だった。
そんな幸福感を抱きながら、名残惜しい気持ちを残しつつそっと唇を離す。
ギルランスの瞼が開かれ再び現れた琥珀を、和哉は幸せのあまり呆けた顔で見惚れてしまっていた。
すると――。
「で、どうだったよ?」
「え?」
唐突なギルランスの問いかけに和哉は思わず首を傾げる。
「だから、感想だよ。なんかねぇのか?」
和哉の様子に業を煮やしたのか、ギルランスは少々不服そうな声音でもう一度問いかけた。
(そ、そうだった!)
すっかり忘れていたが、そもそもこれは和哉が言い出した事なのだ――焦りつつも、とりあえず感想を述べてみる。
「えっと、ありがとうございました……柔らかかった……です……」
なぜか敬語になってしまう。
「はぁ!?それだけかよ!?他に何かねぇのか!?」
「ええっ!?他!?えっと……気持ちよかった……かな……?」
さらなる追及にしどろもどろで答えると、「ふぅ~ん……」とだけ呟いたギルランスは自分の唇を指でなぞりながら何やら考え込んでいるようだった。
(え?なに?――それ、どういう反応……?)
ギルランスの反応に不安を覚えた和哉は、内心汗びっしょりになりながら、恐る恐る尋ねる。
「あ……あの……ギルは……どうだった?」
和哉の問いかけにハッとしたように顔を上げたギルランスは、照れ臭さを隠すかのように頬をポリポリと掻きながら苦笑いを浮かべた。
「あー、まあ……悪くねぇ、かもな……」
その言葉を聞いた瞬間、和哉は胸がいっぱいになり、思わず涙が溢れそうになってしまう。
そんな自分を悟られないよう、わざと明るい声で話しかけた。
「そ、そっか……!良かったぁ~!実はちょっと不安だったんだ」
「何がだよ?」
「いや、だってさ……男同士だし?ギルに気持ち悪いって思われちゃったら嫌だなぁ~と思って……」
頭を掻きながら本音を伝えた和哉に、ギルランスは「はぁ!?――」と声をあげたかと思うと少し呆れた様な溜め息を漏らす。
「バーカ!何言ってんだ?んな訳ねぇだろ?――つうか、それならはなっから『キスしてみろ』なんて言うわけねぇっつうの」
「そ、そっか……良かったぁ」
和哉はギルランスがこのキスをネガティブに捉えていないと確信できて心底ほっとした――これで“パーティー解消”という最悪の事態は免れたようだ。
(本当に良かった……でも……)
そうなってくると、問題はこの先だ。
和哉は改めて姿勢を正すと、少し緊張しつつギルランスに話しかけた。
「それでさ、あの……」
そこで一度言葉を切り、ゴクリと唾を飲み込む。
「ん?」
あらたまって言う和哉にギルランスは不思議そうに首を傾げる。
そんな仕草も可愛くて堪らないと思ってしまう自分はやはりどこかおかしいのかもしれない――そんな事を思いながら和哉は言葉を続けた。
(正直かなり怖いけど、これを聞かないわけにはいかないだろう――)
「これからも、一緒に居てくれる?……それで、その……また、キスしても……いいかな……?」
少し震える声で何とか言葉にし、和哉はギルランスの顔を窺うように見つめた。
すると、ギルランスは一瞬目を瞠った後、フッと表情を緩めると今度は悪戯っぽくニヤリと笑いながら答えた。
「まぁ、お前がそうしたいなら……別にいいけどな」
ギルランスの意外な反応に一瞬呆気に取られたものの――すぐに(それってOKってことだよね!?)と和哉の頭の中で何かが弾け飛んだ。
(うわぁ……もうダメかも……今なら多分死んでも悔いはないわ……)
幸せすぎて泣きそうになっているのか、それともニヤけてしまっているのか、自分でもよく分からないまま、和哉は顔に出さないよう必死で抑えつつ頷き返した。
「うん……ありがと」
―――だがそんな和哉にギルランスから意外な言葉が告げられる。
「ただし、条件がある」
「えっ!?条件!?」
思ってもいなかった言葉に和哉はギョッとし思わず体を硬くした。
(い、いったい……何を言い出すつもりだろ……?)
ゴクリと唾を飲み込み、緊張しつつ次の言葉を待つ。
「条件は三つだ――」
ギルランスはそう言い、人差し指から順に立てながら和哉を覗き込むようにして続けた。
「一つ目は、『俺の許可なく勝手に死ぬな』、二つ目は、『俺が死んだらお前も死ね』、まぁ、これは俺は死なねぇから大丈夫だろ……で、三つ目は――」
そこで一旦言葉を切ると、三本目の指を立てたギルランスはニッと笑ってみせる。
「――『お前は俺の隣で笑っていろ』、以上だ」
「……」
ギルランスの言葉に和哉は一瞬息を飲むと同時に全身が熱くなるような感覚を覚え言葉を失ってしまった。
それはとても傲慢な条件だった――だが、同時にまるでプロポーズの言葉のようにも聞こえる気がしたからだ。
おそらくギルランス自身はそんなつもりは全く無いのだろう。
その証拠に彼の表情からは照れや恥じらいといったものは微塵も感じられない。
ただただ純粋にそう思っているからこそ出た言葉なのだろうが、それでも和哉には十分すぎるほどの破壊力があった。
(だ、だって……つまり、要約するとそれって『俺の側から離れんな』って事だよね……?)
改めて考えてみてやはりとんでもない台詞だと気付いた和哉は、頭から湯気を噴き出しそうになりながら真っ赤になった顔を両手で覆うと、震える声で「はい……」とだけ小さく答えるのが精一杯だった。
だが、当のギルランスはそんな和哉を見て、まるで自分の言葉の重大さに気付いていないかのように平然とした様子で「どうした?」と不思議そうに首を傾げていた。
そんなギルランスを見て和哉は改めて思う。
(いや……やっぱ、この人、超絶天然入ってるよなぁ……)
この“条件”とやらもそうだが……そもそも、ギルランスは恋愛方面に関してはまるでポンコツなのだ。
このギルランスの言葉の本意がどこにあるのか、和哉としても測り兼ねるものがあったが、それでもこの先の展開が“全く可能性が無い”というわけではないということは充分に理解できた。
(だったら、僕は頑張るだけだ!!)
和哉は決意を新たにすると大きく息を吸い込んだ。
「うん!わかった!!約束するよ!全部守るって誓うよ!!」
和哉の宣言に「よし!」と破顔するギルランスを見て和哉の胸は言いようのないほどの熱いもので一杯になる。
(ああ、もうダメだ――僕はこの人が好きで好きでたまらないんだ……)
今までもそうだったが、今日この瞬間で尚更そう思ったのだ。
(この人の為なら何でも出来る、命だって惜しくない!)
和哉は本気でそう思った。
それほどまでに、この目の前にいる男――ギルランス・レイフォードという男を愛していた。
気が付くと和哉の目から涙が零れていた。
慌てて手で拭うが、まるで吹きこぼれる喜びを抑えられないかの様に後から後から溢れて来て止まらない。
そんな様子を見ていたギルランスは、フッと微笑んだかと思うと、手をのばして和哉の頬を伝う涙を優しく拭いながら少し困ったような笑みを見せた。
「……ったく、泣くなよ……さっき俺が言った条件忘れたのか?『お前は笑ってろ』って言ったろ?」
「ご、ごめん……嬉しくて……つい……えへへ……」
涙を拭ってくれた温かな指先の感触に、胸の奥がキュンと甘く疼くのを感じながら微笑み返した和哉は、ちょっと欲張りすぎかなと思いながらも我慢できずにギルランスにねだってしまう。
「ギル……もう一回、キスしていい……?」
「ん?ああ」
相変わらず何の気負いもない様子でさらりと肯定の返事を返すギルランスに、和哉は(ホント、この人は……)と内心で苦笑しつつも、ゆっくりと顔を寄せていき、二度目の口づけを交わした。
今度は先程より少しだけ長く口づける。
(ああ、幸せだ……)
和哉はギルランスの唇を堪能しながら、遠慮がちにちょっと啄むようにしてみる――すると、なんとギルランスからも同じような反応が返ってきたではないか!
その瞬間、和哉の心は歓喜に震え、またまた涙が溢れそうになってしまうが、グッと堪えてそのまま柔らかなキスを味わっていく。
欲を言えばもっともっと深く口付けたいと思うところだが、今以上の接触は流石にギルランスを困惑させるであろうことは容易に想像できたので我慢することにした。
暫くの間お互いの温もりを確かめ合うように唇を重ねていたが、やがてどちらからともなくゆっくりと離れる。
和哉が名残惜しい気持ちでギルランスの顔を見つめていると、彼は照れ臭そうにガシガシと頭を掻きながら口を開いた。
「あー……なんかスゲェ変な感じだな」
「え、なにが?」
「いや、なんつーか……こういうの慣れてねぇから……どうしていいのか分かんねぇっつーか……」
そう言いながら視線を逸らすギルランスに和哉は思わずクスリと笑ってしまう。
「何だよ!?笑うなよ!」
「ごめん、ごめん!」
和哉が笑いながら謝ると、ギルランスはムスッとした顔のままプイッとそっぽを向いてしまった。
そんな姿すら、可愛らしく見えて仕方がないというものだ。
(ああ、僕は重症だ……)
和哉は内心苦笑しながらも、今一度ギルランスへの愛おしさを募らせていくのだった――。
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