ダブルソード 第三章 ~サリア帝国編~

磊蔵(らいぞう)

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第72話 キマイラ

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魔獣の体長は約15メートル程だろうか――鋭い牙や爪を持つ獰猛そうなその姿からは、邪悪な雰囲気が漂っていた。

「あれは……キマイラか!?……なんだってあんな奴がここに……?」

和哉の横で、同じく公会堂から飛び出してきていたカエサルが驚きに満ちた声で呟いた。

(あれが……キマイラ……?)

初めて目にしたそれはとても醜悪な姿をしていた。
ライオンの頭を持ち山羊のような身体と手足、背中には鷲の翼が生え、尾は大蛇という何とも禍々しい姿だったのだ。

和哉もその名前だけは聞いた事があり知っていた。
キマイラはA級ランクの冒険者でも倒すのは難しいと言われる凶悪な魔物だ。
先の戦いで倒壊を免れていた建物も今の衝撃で次々と崩れていく。

(まずいな……このままじゃ……村が……!)

そう思った矢先、横からカエサルの詠唱が聞こえた。
そして、辺り一面が光り輝いたかと思うと、公会堂周辺に結界が張られるのが見えた。
それはかなり大規模な結界で、村の中央に位置する公会堂から奥全てを覆うように張られているようだった。

(すごい……こんな広範囲に渡って強力な結界を張るなんて……)

あまりの事に唖然としていると、キマイラが咆哮を上げながらその結界へ体当たりを始めた。

(あの結界が破られる前に倒さなきゃ!)

和哉は背中の弓に手を伸ばす――が、その手は空を摑んだだけだった。
そう、今は患者の施術にあたっていたので白衣を着ていたのだ。

(しまった!!今は装備してないんだった……!?)

こうなれば腰の短剣で戦うか、もしくは魔法で対抗するか――和哉が試案を巡らせていると、後ろから大きな声で名を呼ばた。

「カズヤさん!!!これを!!」

振り返るとエマが自分の装備していた弓矢を外し、和哉に投げて寄越した。

「ありがとう!!エマさんは村人の避難誘導を頼みます!」

弓矢を受け取った和哉はエマに村人の避難を託し、そのまま結界の外へ飛び出した。
急いで弓を構えると、まずは一発、威嚇射撃でキマイラに向かって放つ――その矢を横跳びで避けた敵が着地するタイミングを狙ってもう一撃を足元へ放つ。
矢はキマイラの左前脚の甲のあたりに命中したものの、固い皮膚を貫く事ができず、深く突き刺さっただけで終わってしまった。

(やっぱりこれじゃ駄目か……)

舌打ちしながら次の攻撃に備えて構える和哉に、キマイラの尾が巨大な鞭のように襲い掛かる。
慌てて横に飛んで避けるが、そこへキマイラの口から炎の塊が吐き出される。

(やば……!?)

避けきれないと判断した和哉は、咄嗟に左腕を前に出し、防御態勢を取る。
だが、来るはずの攻撃が来ない――代わりにカエサルの詠唱が聞こえた。
カエサルが和哉の前に透明な壁を展開し、キマイラの攻撃を弾き返していた。

(凄い……これが魔法の盾か……)

和哉が感心していると、続けて今度は敵の足元に魔法陣が現れる。
カエサルの声と同時に、キマイラの下から炎が噴き出し、あっという間に全身を包み込んだ。
これで倒せれば良かったのだが、そう簡単にはいかなかった。

(くそっ!あれでもダメなのか……!?)

キマイラは全身に炎を纏い苦しむ様子を見せていたが、それでもまだ健在だった。
それどころか、怒り狂って咆哮を上げると、尾を振って反撃してきたのだ。
和哉はカエサルの反対方向へ走り込みキマイラを挟み撃ちにする形を取った。
敵の背中側へ回り込むつもりだったが、なぜかキマイラは和哉に狙いを定めているようで、執拗に追いかけ回されてしまう。

(あ、あれ?なんか僕ばっかり狙われているような……)

気のせいだろうか――そう思いながらも、何とか逃げ回りながら隙を見ては矢を打ち込み続けた。
すでにキマイラの身体は何本も矢が突き刺さっていて、あちこちから血を流しており、その動きも少し鈍くなってきたように見える。
そこで和哉はすかさず魔力を練り上げると雷の魔法を発動させ、それを矢に付与させて打ち込んだ。
キマイラは感電したかのようにバリバリと音を立て痙攣している。

(今だ!!!)

とどめを刺そうと再び弓を構えようとした時、硬直しているキマイラの口が大きく開かれ、その顎の奥に炎が見え隠れしているのが見えた。

(まずい!またあの炎が――!)

その時だった――カエサルの声が響き、それと同時にキマイラの身体が弾き飛ばされるように宙を舞った。
そして次の瞬間、その身体はまるで見えない大きな手に握り潰されたように、ぐしゃりとひしゃげる――キマイラは断末魔の雄叫びを上げるとそのまま地面に叩きつけられたのだった。

(……すごい……これがA級ランクの実力か……)

目の前で起きた光景に驚きを隠せなかった――その圧倒的な強さにただ茫然と立ち尽くしていると、背後から声を掛けられた。

「カズヤ君、大丈夫だったかい?」

振り返るとカエサルが心配そうな顔をしてこちらに駆け寄って来るところだった。

「あ、はい……大丈夫です」

「そうか……それなら良かった」

カエサルは和哉の無事を確認するとホッとしたように微笑んだ。

「あの、ありがとうございました……助けて頂いて……」

「いや、君が奴の隙を作ってくれたから、私もあの大技を出す事が出来たんだ。あれは詠唱が長いからね。だから君のお陰だよ――ありがとう」

実際に助けてもらったのはこちらなのに……そう思いつつも、やはりこんなすごい人に褒められてしまうと和哉としても嬉しくないわけがない。
例の如くカエサルに頭を撫でられながら照れ笑いを浮かべる和哉だったが、ふと疑問を思い出しカエサルに聞いてみる。

「それにしても……なんであんな魔物がいきなり現れたんですかね?」

和哉の言葉にカエサルの表情が変わる――先程までの柔らかい表情が消え、険しい顔つきになった。

「そうだね……それも気になるところだけど……キマイラが何故か執拗に君ばかり狙っていた事の方がもっと気がかりだね……」

ぐしゃぐしゃに潰れて息絶えているキマイラに目を向けながらカエサルが呟いた。

(確かに……どうしてだろう……?)

自分的には魔物に狙われる心当たりなど無い和哉だ。
ましてや魔物自身に『特定の人物を狙う』というような、そんな明確な意志などあるのだろうか?――分からない事だらけだった。
二人は癪全としないままも、少しづつ塵となって消えてゆくキマイラの亡骸に一瞥をくれるとその場を後にして公会堂へと戻って行った。

幸いにも今回の襲撃による怪我人など被害も出ず、また死者も出なかった事が救いだった。

(それにしても、どうしてこんな事になったんだろう……僕何か魔物に狙われる様な事したかな???)

原因を突き止めようと考えても全く思い当たる節が無かった。
どんなに考えても分からないものは分からないのでとりあえず考えない事にして、和哉は今自分がやるべき事――ここの患者たちへの対処に集中すべく、意識を切り替えた――。

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