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第一章 病弱令嬢、筋肉に愛される

第1話 病弱令嬢と、自称美少女魔王

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 豪華なベッドの上で、わたしの命は今にも消えようとしていた。産まれてからずっと、わたしは謎の病に体を蝕まれ続けている。それも、今日で終わり。死期が近いと、自分でもわかる。

「おお、フォルテよ!」

「かわいそうなフォルテ。できれば変わってあげたいわ!」

 父と母が、わたしに寄り添う。

 思えば、両親には苦労のかけ通しだった。こんな娘でも、最優先で愛してくれた。きょうだいを作って、そちらを愛すればよかったのに。

 両親の愛に応えようと、わたしはあらゆる書籍を読み漁り、絵画に没頭し、魔法も学んだ。ありとあらゆる手を尽くし、貢献しようとした。しかし、死の宿命からは逃れられない。

 ああ、結局わたしは、なにも成し遂げられずにここで死ぬのか。

「おお、フォルテお嬢さまぁ」

 ポニーテールの少女が、わたしのベッド脇で号泣する。ココの料理長だ。

「おたわしやフォルテお嬢様」

 ハンカチを手に、さめざめと泣いているのは、若いメイド長である。

「死んじゃやだあ。おじょうさまー」

 メイド見習いである元ドレイの子どもが、死にゆくわたしにしがみついた。
 みんな、わたしの死期を悟って泣いている。
 一七年生きてきて、人の世話になりっぱなしだった。お手洗いにすら、一人で行けず。

 だが、メイドにも愛想をつかされていることだろう。彼女たちだって、きっとウソ泣きなのだ。

 ああ、お友達みたく、野山を駆け回ってみたかった。

 生まれ変わったら冒険者になって、世界中を回ってみたいわ。

 魔王は滅びたと言うから、平和なんだろうけど。世界には、まだまだ未知なるものが多い。

 それをあれこれと探索して、わずかばかりのお金を稼いで、旅の疲れをお酒で流し込むのだ。
 今の身体だと、アルコールの匂いを嗅いだだけで卒倒するけど。

『我が呼びかけに応えよ。フォルテ』

「……?」

 なんだろう? もうお迎えがきたのか? それにしては物騒だな。

 天井を見ると、禍々しい物体がそこにいるではないか。

 これは、旅物語の挿絵にあった魔王では? 穴が空くほど読んだから、覚えている。彼女は、まごうことなき魔王に違いない。

『我が名はレメゲトン。美少女魔王なり』

 やはり、魔王だったか。
 
――魔王とは。とうとう幻聴まで聞こえるようになりましたか。それにしても、ずいぶんと可愛らしくなられて。

 心の中で、毒づく。
 自分を美少女という存在に、ロクなヤツはいない

『勇者に倒されてな。こんなちんちくりんになって、身動きも取れぬ。魂が煉獄にとらわれているのだ』

――わたしの心が読めるのですね?」

『左様。なので口を動かさずともよい。話を聞くのだ』

 口を動かさなくても、心を読んで会話できるそうだ。

――なんなりと。
 
 ただ同情してくれる相手なんて、いらない。かまってくれるのはうれしいが、それが同情からであるとわかると萎える。わたしに構わず、自分の人生を生きてくれと思ってしまうのだ。

『我が魂を開放するため、肉体を捧げよ』

 魔王はよりにもよって、このわたしの肉体を差し出せという。
 病弱で、いつ死ぬかわからないこの身体を。

――よろしいのですか? わたくしはもうすぐ天に召されるのですよ?

『独り立ちに十分な魔力と健康な肉体を与える。例えば……あれとか』

 魔王レメゲトンは、わたしが描いた絵画に目を向ける。ムキムキマッチョになった姿の、わたしの肖像画に。

 あれは、わたしの理想像だ。できればわたしは、あの姿で産まれてきたかった。マッチョな肉体を駆使し、重い装備に身を包んで、その重量すら感じさせない俊敏な動きで魔物を屠るのだ。

――病弱な女の、ささやかな願いです。見るに耐えないでしょう。

 笑われるのは、目に見えていた。
 しかし、魔王は意外な反応を見せる。
 
『あの姿にしてやると言ったら、身体を差し出すか?』

――喜んで。
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