病弱令嬢、魔王に憑依されてムキムキになる ~思いの分だけ、筋肉が膨れ上がる~

椎名 富比路

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最終章 怨念 VS 筋肉

第58話 王子の想い人?

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 ドラゴンの背中に乗りながら、決戦に向けて気を引き締める。

 ネロック上空から、死の谷が見えてきた。

 その中で、一際おそましい光を放つ場所が。

「あれが、黒幕のいる場所かい?」

「おそらくは。そうですね?」

 レメゲトンに、わたしは尋ねる。

『うむ。あれぞ【ネクロノミコン】の発掘された場所なり』

 わたしは、そこから少し離れた場所に降り立つ。

「ここから先は、わたしだけで行きます。みなさんは、フェターレ王子の救出を優先してください」

「一人でたたかうのか、お嬢?」

「その方が、相手も油断するでしょう。それに、王子を気にかける余裕がありません」

 ネクロノミコンの力を取り込んだアドリアナは、おそらく強敵だ。王子の身を案じながら戦えるほど、甘くはない。

「王子はお任せします。なんなら、相手と刺し違えても、王子はお守りします」

「いや、それは王子が望んでいないでござる」

 わたしの提案を、女サムライが却下した。

「なぜです? わたしなんかいなくても王子が無事ならそれでいいではありませんか」

 この国に平和をもたらすのは、わたしのような野蛮人ではない。フェターレ王子のような立派な人間だ。魔王などが権力を握る世界など、許されない。

「あんたは、玉砕してはダメだ。それこそ、あいつの思うつぼだぜ。なんせあんたは、王子の心の拠り所なんだからな」

「わたしが?」

「ああ、なにかあったら、あんたのことを話題にするんだ。ああいうのを、惚気ってんだろうな」

「なにをバカな」

 フェターレ王子には、想い人がいるはず。

 その方が悲しまないためにも、わたしが救い出さねば。

「あちゃあ。フェターレ様の思いも空回りってか?」

「聞きしに勝る、鈍感主人公ぶりでござる」

 なにやら、不名誉な陰口を叩かれているとわかる。

「なんですか? わたしがそんなに珍妙な発言をしましたでしょうか」

「だから、あんたが王子様の想い人だってんだよ。言わせんなよ」

 ドワーフ男が、はあ、とため息をつく。

「ご冗談を」

 わたしは、きっぱりと否定した。

「冗談なもんかよ! でなければ、こんな危険な旅に出ていくわけがねえ。とっとと別の女をこさえて、お城でぬくぬくと暮らしているさ」

「ですから、王子はそう生きるべきであって」

 ドワーフの反論に、こちらも正論で返す。

「なんとまあ、報われねえ……気にもとめられてねえとは」

 呆れた様子で、ドワーフが額に手を当てた。

「まったくでござる。エルフの中でも、こんな馬耳東風な女はいなかったでござるよ。拙者でさえ、夫の心には気づいたというのに」

「言えてるぜ。うちのカカアと息子なんて、オレとはツーカーもんさ」

 自分たちの家庭事情まで、王子の側近たちは話し出す。

「あはは! さすがの筋肉令嬢も、色恋には顔なしだねえ」

 アキコまで、笑い出した。

「でもまあ、これで賑やかになったさね。戦闘の緊張感も溶けてきた」

 へへん、とアキコが王子の側近たちと楽しげに語らう。

「たしかにな。なんか、生きて帰れそうな気がするぜ」

「特攻隊の気分でござったが」

 アキコが、わたしの肩に手を添えた。

「まあ、フォルテ嬢。王子本人から、直接思いを聞きな」

 そう言って、アキコが先行する。

「行くぜ!」

「参る!」

 続いて、ドワーフの銃士とエルフのサムライが続いた。三人は、裏手からアドリアナのもとに回り込む。

 わたしは正面から、紫の光の裂け目へと突き進んだ。



『フォトンよ。いや、もうフォルテと呼ぶべきか』

「いいえ。わたしは、冒険者フォトンです。フォルテ・まっスリアーニという少女は、もう死にました」

『左様か。人間になるチャンスは捨てたと』

「はい。人間を捨てなければ、あの女を殺せません」

 アドリアナは、それくらい狡猾な女である。わたしを毒で滅ぼそうとし、世界を破滅させようとした。ゼム将軍を使って。

「あれは、自分の父さえ手駒にするような女です。まともな精神で勝てる相手だとは、わたしも思っていません」

『うむ。油断をせぬことはよきことじゃ。我も、もうなにも言わん』


 アドリアナと対峙した。

「来たか……」

 そこには、アドリアナと、拘束された王子が。

「うざい。世界がうざい。どうしてアタシは死んだのに、みんなは生きてるの?」

「何をおっしゃいます? あなたはこうして、生きているではありませんか」

「死んだんだよ! 一度! ゼムが母親に、ネクロノミコンの力を生ませようとして!」

 どういうことだ? 話が全く見えない。彼女の言葉は、支離滅裂だ。

「レメゲトンから、説明を聞いていないのか? あたしはな、ネクロノミコンを取り込まれて産まれたんだ」

 アドリアナは、元々死産寸前だったらしい。「死にかけているなら、いっそゾンビでもいいから生ませよう」と、ゼム将軍は考えた。

「ゼムのヤロウ。ネクロノミコンをアタシの母親に取り込んだのさ。それで産まれたのが、アタシだよ」

『お主の魂は、ネクロノミコンに殺されたのか?』

「あんなの、殺したよ。魂を喰われる前に、逆にアタシがネクロノミコンを殺してやったよ!」

 アドリアナは、ギャハハ、と病んだ笑いを響かせる。
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