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第一章 オカルト刑事《デカ》と、女スラッシャー

現場検証

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 茶々号が死んだ。

 オレはスマホを持って、緋奈子の寝室へ飛び込む。

「大変だ! 茶々号が……うお!?」

 緋奈子は着替え中だった。ブルーの下着の上に、パンツスーツを着ている。背中越しだが、上には何もつけていなかった。

「なんですか、カオル。盗撮は犯罪ですよ」
「違う! 茶々号が死んだんだ!」

 振り返りながら、オレはわめく。

「知っています。センゴクさんから連絡がありましたから」

 オレに向けて、緋奈子がスマホを見せた。胸を隠しながら。

「被害者らしき女性は、七和の管轄で死んでいたそうです」
「マジか……」
「着替えるので、待っていてください」

 オレの後ろで、ブラのホックを止める音がした。すぐさま、クロのジャケットを着た女性がオレを通り過ぎる。

 場所は、署から車で一〇分ほどの場所だ。

 パトカーで向かい、現場へ。

 車の時計を見ると、まだ朝の六時にもなっていなかった。

 途中、コンビニで買ったパンで、適当に朝食を済ます。

 オレはメロンパンを。
 緋奈子はホットのほうじ茶と、チョリソー入りのホットドッグを食う。一瞬で食べ尽くし、肉まんを割って辛子をドバドバ流し込む。

「朝からよくそんな辛いもん食えるな。眠気覚ましかよ?」
「これがワタシの日常です。あなたも朝から甘いメロンパンといちご牛乳とか、糖尿になりますよ」

 辛党の緋奈子は、甘いものを食うとエズいてしまうそうだ。 

「被害者の氏名は、笹塚ささづか 史那ふみな。二一歳の大学生です。学業の傍ら、バーチャルアバターを使ったゲーム配信で稼いでいた模様。ここ最近はアルバイトにも顔を出さず、学校にも通っていなかったそうです」
「バイト感覚だったのに、事務所に所属するようになった。それ以降は、本格的に配信一本で食えるスターになっちまったと」

 よかったんだが悪かったんだか。

 彼女を取り巻く人間関係も、聞かされた。修羅場をくぐり抜けてきたらしい。

「あんたが追っている大物スラッシャーと、関係がありそうか?」
「行ってみないことには」

 殺害現場の高級マンションに、車を駐めた。

 現場では、殺人課が聞き込みを、鑑識が検証をしている。

 笹塚の遺体は、すでに解剖へ運んだ後だという。

「こんなマンションに住んでいたのか、茶々号は」
「ああ、青嶋アオシマ警部」

 巡査部長の福本フクモトが、オレに声をかけてきた。警察学校の後輩で、今は殺人課にいる。細いオレとは違い、ガッチリしたスポーツマンタイプのイケメンだ。単細胞過ぎてモテないが。

「先輩、そちらの女性は?」

 オレの後ろに立っている長身の女性が、福本は気になっている様子である。思わず、学生時代の呼び名でオレに声をかけてきた。

「科捜研の方ですか? ここ、関西ですもんね!」
「バカ野郎っ。科捜研が捜査の現場に来るかよ? あんなのテレビドラマだけの話だ」

 警察学校を出ているなら、誰でも知っているハズなんだが?

「冗談ですよ。でも、ホントに誰なんです?」
「探偵さん。オレらの捜査協力者だ。合同で、デカいヤマを追ってる」
「オカルト関連ですか……七和署の福本 晋太郎《シンタロウ》巡査部長です。青嶋先輩には、警察学校にいた頃からお世話になっています」

 福本が、緋奈子に敬礼をする。

「どうも。輝咲キザキ 緋奈子ヒナコといいます」
 名刺を渡し、緋奈子も頭を下げた。
「よろしくシンタロー。それともファーストネームで呼ばれるのはお嫌い?」
「とんでもありません! では先輩、現場を」

 失礼しますよ、っと。

 最初に飛び込んできたのは、アルコールの匂いだ。三角コーナーや散乱したアルミ缶などを見ると、掃除もロクにしていなかったらしい。

「自室以外は、どこもこんな感じみたいです」
「らしいな。それにしてもひでえな。開けてない通販の箱がこんなに」

 いくら配信が忙しいとはいえ、もっとキッチリした性格だと思っていた。

「犯行現場は、どんな感じだ?」
「ひどいもんでしたよ。こちらです」

 散らかっている家の中で、自室だけは唯一まともに掃除していたらしい。だが、その現場も血まみれになっていた。

「被害者は、勉強机に突っ伏して死んでいたそうです」

 福本が、「こんな感じで」と、鑑識が撮った写真をタブレットで見せる。

「指が、削れていますね」
「はい。犯人は指の第一関節を切断し、机に何度もこすりつけていました。木製の机が削れるほど、ガリガリと」

 聞いているだけで、痛い。

 恐ろしいのは、犯人の腕力だ。それだけ強い力の持ち主ということになる。

「犯人は」
「間違いねえ。スラッシャーだ」

 こんな力業な芸当、スラッシャーの犯行以外にありえない。

「……カオル、これは!」

 現場にあった食器を見て、オレは吐き気を催す。

「これ、青梅食堂のラーメン鉢じゃねえか!」

 顔見せをしない関係上、何を食っているか配信ではわからなかった。だが、オレと同じものを食っていたわけか。

「たしか、配達員と入れ違いになりましたね」

 食事をしているシーンを見ながら、オレは寝落ちしてしまった。夜の二二時だ。

「あの時間帯までは、笹塚史那は生きていたってわけか」

 スラッシャーとの戦いは、どうしても体力を消耗する。オレも例外ではなく、きっちり七時間は寝ていた。二二時就寝の五時起床とか、小学生かっての。

「指の削られ絵具合から、何かを指で書かされていたのではとのことです」

 しかし、映像に手首から先が映っておらず、何を描いているかはわからないとのこと。現在は科捜研が検証中だ。

「交友関係とかは?」
「いえ。夜中に出歩くことはあったようですが、あいさつもしない人だったそうで」

 情報なしか。

 しかし、緋奈子は鑑識になんの許可もなく、本棚から釣り雑誌を手にとった。

「すいません、証拠品を勝手に読まれては!」

 ほらあ。鑑識のエライさんが、険しい顔になっちゃったじゃん。

「大丈夫です。これはオカルト課にしか識別できない仕組みですから」
「ああ『死者の書』か」と、オレも返す。

 死者の書とは、一見するとただの雑誌である。しかし、特定の霊力を持っている人物が触れば、なんらかの文字が浮かび上がるのだ。

「雑誌は基本的に、定期購読のはず。なのに、特定の号だけ所持しているのが不自然でしたので」
「は、はあ。おっしゃるとおりで」

 鑑識さんも、引き下がった。
 彼も、現場に釣り竿がないのにこんな雑誌を持っているのは変だ、と考えたに違いない。

「見てくださいカオル、やはりこれは」
「ああ。名簿だ」

 緋奈子が見つけたのは、退魔団体の所属者名簿である。

「『弥生の月』……茶々号って、弥生の月にいたのか!」
「なんですか、それは?」
「関西トップクラスの退魔団体だ。ウチより直接的に、スラッシャーと戦っているかな」

 だが、やり口も本格的だ。銃刀法違反なんてくそくらえな組織である。

「支持母体が、スジもんだからな」

 オレは、指の先を頬に走らせた。

「弥生の月にいたから、彼女はスラッシャーに狙われた?」
「調べてみないことには。ところで、犯人がバッチリと画像に映っていたとか」

 福本が、タブレットを操作する。

「こちらです。被疑者の氏名は灯芯とうしん キリカ。被害者と同じく二一歳。住所不定無職の女性です」
「知ってるよ。コイツ、『キリちゃす』だろ?」

 かつて、『キリちゃす』という名前で動画配信をしていた女性だ。
 地下アイドル系の顔出し配信者である。
 病んだキャラクターが売りの少女だったが、ファンの男性との交際が発覚して引退に追い込まれた。

 三次元だったので、オレはノーマークだったな。

「居所は掴めたのか?」
「いえ。潜伏先と思われていた現場は、不審火によって焼けてしまっていました。ですが、とんでもないことがわかりまして」

 福本が、潜伏先候補の現場を見せる。

「……ここって!」

 先日ニュースになっていた、〇〇県の森の中じゃねえか。

 見せてもらった場所は、地獄と形容したほうがいいような光景だった。死体が散乱しているだけでなく、誰かの内蔵まで飛び散っていた。

「懸命な捜査の結果、無差別に殺害された死体が各所で発見されたそうです。性別も年齢も角形なく、臓器をえぐり出された死体が」
「うえええ」

 そこへ、千石さんから、電話が。

 退魔団体「弥生の月」から、護衛の依頼が来たらしい。
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