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第二章 ヘラるスラッシャー対百人の退魔師 ~ピが大事にしていたペットと一つになった。これであたしも、ピの一部ってことだよね~

とある退魔師の結末

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 井口イグチは、電車に乗ってキリちゃすの潜伏先へ向かっていた。

 弥生の月に支給されたスマホには、スラッシャーのおおまかな魔力を検知できる機能が備わっている。これを頼りに、スラッシャーを探すのだ。

 ひときわ大きい反応が、とある県の山奥を指している。ここが、キリちゃすの居場所だろう。

 まだ時間はある。他の退魔師たちは移動に手間がかかっているようだ。自分が一番乗りだろう。とにかく急いで……。

 そこで、自分が何者かに囲まれていることに気づく。どおりで、自分以外に乗客がいないと思っていた。

 気がつくと、客が二、三人に増えている。右に一人、左には二人いた。どの客も人間ではない。全員が同じような黒いフードつきロングコート姿で、顔も見えなかった。

 よく考えると、いつまで経っても駅にたどり着かないじゃないか。

 ここでようやく、自分がワナにハメられていたと気づく。

 頭が理解した瞬間に、ロングコートの集団が近づいてくる。

「魔王の復活を邪魔するものは、死あるのみ」

 ノイズの混じった機械的な声が、コートから聞こえた。相手は、手にナイフを持っている。

 ザコスラッシャーだ。数で押してくるタイプだろう。

 井口も立ち上がって、迎え撃つ。やられる前にやれ。まずは自分がどれくらい強いか、視聴者に見てもらう。

 上段の回し蹴りで、左のコートスラッシャーの首を蹴り飛ばす。

 ナイフで武装したスラッシャーに、挟み撃ちにされた。

 つり革に足をひっかけて、ハイジャンプする。ナイフの波状攻撃をかわした。

 囲まれないように移動して、三人を同時に相手をする。

 井口は、リュックに差していたポスターを抜く。推しアニメである『魔法少女 ヤミネコ』のポスターだ。これを武器とすると、強くなった気がする。

「ふうううう!」

 彼は、丸めたポスターを指で挟む。持ち手から先端まで、魔力を込めた。紙切れ同然のポスターに、日本刀並の切れ味が備わる。

 バカの一つ覚えのように、スラッシャーはナイフで襲ってきた。

 精神を集中させ、井口は向かってくるスラッシャー三体を一瞬で切り捨てる。

 井口に斬られたスラッシャーたちは、黒い灰になった。

 我ながら、見事である。

「どうよオレの実りょ……」

 勝ち誇っていた井口のみぞおちに、穴が空く。

 井口が振り返ると、そこにはさっき殺したコートタイプと同系統のスラッシャーが。 

 背後にいたスラッシャーに、胸を貫かれたのだ。

 井口が倒れると、スマホの画面が目に飛び込んでくる。

 人がリアルで死んだんだ。再生数も伸びているだろう。これで画面の向こうは、自分に注目しているかもしれない。

 そんなことを考えながら、井口の視線に再生数が飛び込んでくる。


 再生数は、たった一四だった。


 ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ 


 やべえ。囲まれてる。

 黒フードの連中が、大量に湧きやがった。コイツら全員、スラッシャーなんだろう。

「んだ、テメエら?」
「魔王復活に手を出すな。そうすれば、こちらも手出しはしない」

 ここでも、魔王かよ。

「はあ? テメエら、魔王の手先か?」
「違う。だがほぼすべてのスラッシャーは、魔王の恩恵を受けている。もう一度だけ言う、邪魔をするな」
「スラッシャーだぁ? テメエらはただのゾンビじゃねえか」

 数あるスラッシャーの中で、もっともポピュラーで最下級のザコだ。
 おおかた、魔王が復活するってんで「便乗して魔力のおこぼれもらいましょ」、って墓から這い上がってきたのだろう。
 ハゲタカみてえなヤツラだ。

「だが、物量で押しつぶすには最適だ」

 まったく恥ずかしげもなく、ゾンビスラッシャー共が足を引きずりながら寄ってきた。

「カオル」

 緋奈子ヒナコが臨戦態勢のまま、オレに目配せしてくる。

「ケッ」

 鼻で笑いながら、オレは銀製のオートマチックをとった。

「へん、やなこった! スラッシャー殺しは、オレの生きがいなんだ!」

 すべてのスラッシャーを根絶やしにするため、オレは警察官になったんだ。
 オレとスラッシャーとの殺し合いは、一生終わらねえ。

「ならば、死んでもらう。すべてのスラッシャーは、お前を狙うだろう」

 黒いローブの集団が、一斉にサバイバルナイフを所持した。

 緋奈子も、白い手袋をはめ直す。

「やってみろや!」

 オレが銃を構えると、スラッシャーが襲いかかってきた。

 ローブの腕を掌底で払い、心臓と眉間を同時に撃つ。

 後ろから刺されそうになるが、紙一重てかわしてこめかみに一発お見舞いした。

 緋奈子は拳だけで、ローブのスラッシャーを粉砕している。
 別の個体を蹴りでも倒しているから、あの手袋に特殊加工があるというわけじゃないらしい。純粋に、緋奈子の力で退治しているのか。

 負けてられっかっての。

「おらあ!」

 飛び膝蹴りを、ローブのアゴに食らわせた。

 肉体に魔力を乗せる術さえ会得していれば、たいていスラッシャーは死ぬ。
 退魔師としての特殊訓練は必要だが、スラッシャーはその気になれば殺せるのだ。
 スラッシャーは、幽霊のような武器の効かないアンデッドではない。


 三体のローブが同時に、オレへナイフを投げてくる。

 さっきヒザで蹴り殺したローブを引き上げて、盾にした。

 銀の銃を片手で撃ち、三体同時に倒す。

「全員、逝ったか。手応えのねえ奴らだ」

 一息つき、オレは銃をしまう。

「やるなアンタ。武器も持たずにゾンビを殺っちまうなんて」
「訓練していましたから。それより今のあなた、並々ならぬ殺気でしたね」
「ああ。前にも話したが、スラッシャーは親の仇だからな」

 腹が減ってしまったので、まだ開いている駅前のドーナツ屋へ飛び込んだ。

 いくらカツ丼を食ったばかりと言えど、退魔の仕事は腹が減る。魔力を大量に消耗するからだろう。

 甘いドーナツをオレが大量に買う中、緋奈子はトレイにチョリソーのピラミッドを作っている。スープ代わりに、担々麺まで添えて。

 ドーナツを食いながら、オレは幼少期を語る。

「オレは、オカルト課の刑事と巫女の間に生まれた」

 母親の実家は、神社だ。

「当時からオレは、霊媒体質ってやつで、スラッシャーを引き寄せていた。『人に見えないものが見える』ってんで、よくからかわれていたよ」
「霊能力者あるあるですね」

 話を聞きながら、緋奈子は黙々と担々麺をすする。

「知っていたか? 千石さんの前は、オレのオヤジが署長だったんだ」
「存じ上げております。優秀な警察官だったと」
「しかし、オヤジは大型のヤマを追って、死んだ」

 スラッシャーに殺られたって、千石さんから聞かされた。

 今でも、そのスラッシャーの行方はわかっていない。千石さんが署にこもっているのは、犯人の手がかりを探し続けているから。

 オヤジの死後、母親は実家へ帰った。妹と一緒に、神社を守って暮らしている。

 オレは千石さんに、鍛えてもらい、スラッシャーを殺す術を学ぶ。優秀な両親の血を継いでいるからか、上達は早かった。

「あの人がひょうひょうとしているのは、そうしていないとオレがシリアスになり過ぎちまうからだとよ」

 あの人は、オレにとってのドーナツみたいな存在だ。一種の緩衝材ってところか。

「わかります」

 田舎の母と妹の反対を押し切って、オレはオカルト課に入る。

「あんたはどうなんだ? あんたほどの才女で美人なら、別に退魔師になんてならなくても」
「そう思ってくださっていたんですか?」
「まあな。お世辞抜きで、いい人だと思う。ちょっと融通はきかねえが」
「私は、戦闘ばかり教わりましたからね。聞き込みなどは最低限しか」
「探偵失格じゃん」

 せっかく褒めたのに、自滅してやんの。

「わたしが退魔師になった理由は、恩返しです。とある少年の」
「少年? それって……」

 オレが聞き返そうとすると、スマホが鳴り出す。

「んだよ、福本フクモト!?」

 相手は、後輩の福本だ。

「ででで、出ました! スラッシャーのキリちゃすです!」
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