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第二章 ヘラるスラッシャー対百人の退魔師 ~ピが大事にしていたペットと一つになった。これであたしも、ピの一部ってことだよね~

緋奈子 覚醒

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 もはや、後藤は人間の原型を留めていない。トレントっていうのか? 顔がついた木みたいになっている。

「ヤロウ、ご丁寧にメガネまでかけてやがる!」
「かろうじて、人間性を遺しているのでしょう」

 トレントとなった後藤が、手を振り上げた。

「やばい、来るぞ!」

 そう考える前から、本能が動く。オレは横へ逃げた。

 後藤トレントの腕が、木々をなぎ倒す。
 燃え盛る戦闘ヘリに引火し、木でできた手が炎に包まれた。
 トレントが、熱さでうめく。
 しかし、その炎すら吸収して自分の力に変えたようだ。
 日はたちまち消える。トレントの体内で、チリチリと音がした。炭が燃えるような……。

 イヤな予感がする。

 トレントが、手のひらをこちらに向けてきやがった!

「やっぱりかよ!」

 巨大な手のひらから、火球が放射される。

 森が焼けることも構わず、トレントは火球を撃ちまくる。

「ヤバイんじゃねえか、これ!?」
「しかし、有効打ではあります」

 緋奈子ヒナコは髪を結び直す。白い手袋をはめ直して、拳を固めた。

「魔王は人に力を与えると、自身が敵から奪った能力を失います。彼は退魔師から、植物を操る技を盗んでいたようですね」

 つまり、その力を魔王に使わせたというわけか。

「そうはいっても、オレたちが負けたらオジャンだぜ!」
「だから、叩きのめします」
「その前に、オレたちがトレントの下敷きになりそうなんだが!?」

 オレたちは、トレントになった後藤の攻撃をかわし続ける。

 トレントは木を薙ぎ払い、草原を叩き潰す。
 時々、アフロ状になった頭頂部をしきりに調節しながら。
 気に入っているのだろうか。

「調子に乗るんじゃねえ!」

 ヤケになり、オレは銃を構えた。
 トレントの目を狙い、銀の弾丸を撃つ。

「どうよ……はあ!?」

 効いてない!

 銀色の弾丸は、確かに命中した。ヤツの目を貫いたはずだ。
 ヤロウのメガネは伊達で、レンズまでは再現していなかった。
 弾は確実に、ヤツの目を通っている。
 順調に進めば、脳にまで到達しているはずなのに。

「バカな! 大型の魔族でさえ一発で殺す、特注の弾だぜ!」

 もう一発、お見舞いしてやる……。

 だが、緋奈子に手を掴まれた。

「今あれに撃っても、ムダです。ただ、木に弾を当てているだけですから!」
「じゃあ、どうすりゃいいんだ!?」

 銀の弾が通じないスラッシャーなんて、初めてだ。

「こうするんです」

 緋奈子は、髪留めをほどく。

 再び、銀色の髪が夜風に揺れた。暗闇に、彼女の銀だけが存在感を示す。

「ワタシが注意を引きます。そのスキに、あなたが魔王の急所を狙ってください」
「急所?」
「魔王の分身体には、核となる魔王の肉片が残っています。それさえ破壊すれば、魔王の手先とて再生できません。ワタシがトレントを押さえている間に、弱点である魔王の肉片を見つけ出してください」

 さらに緋奈子は、手袋も外した。何をする気だ? あの手袋が、退魔の力を宿していると思ったのだが。

 不思議な言葉を放ちながら、緋奈子はジャケットを脱いだ。スーツも脱ぎ捨て、ワイシャツだけに。

「もう一度、福本氏に連絡を。魔王は、後藤の体内でもっとも大事にしている部分に隠れています。なにか受容な手がかりを、なんでもいいので聞き出してください」

 緋奈子の髪が、さらに伸びていく。まるで、狐のしっぽのような。いや、シッポは黒いパンツスーツから飛び出ている。

「いや、ちょっと待て。どういうこった?」

 オレは、ひとりごちた。状況を整理するため、自然と現状を言語化している。

 緋奈子の上半身が、ハダカになっている。背中が開いた白いパンツスーツ姿に。頭からは、狐の耳が生えている。

 さっきのキリちゃすと同等か、ソレ以上の魔力が緋奈子から溢れ出ていた。なんという気迫だろう。オレまで圧倒されそうになる。

「あの背中は」

 彼女の背中に、深い刀傷があったのを見つけた。爪にやられたのか、あるいは。

「まさか」

 オレは、幼い頃を思い出す。たしかあのとき……。

「あなたには、こんな姿を見せたくはなかったのですが」

 緋奈子が振り返った。悲しげな目で、オレを見つめる。

「参ります!」

 トレントへ、緋奈子はまっすぐ突進していった。

 後藤トレントは、子どもがダダをこねるかのように暴れまわる。溢れんばかりの緋奈子の魔力に、感化されてしまったのか?

 ドン、とトレントが緋奈子を殴り飛ばす。

「緋奈子!?」

 普通なら、ばらばらになってもおかしくない攻撃だ。

 だが、緋奈子は手刀だけでトレントの腕を切り裂く。

 斬られたトレントの腕が、宙を舞った。丸太なんてものじゃない。樹齢何千年かというほどの大木サイズの腕を、だ。

 しかし、トレントの腕はすぐに再生してしまう。腕だけではなく、頭の木の枝などを触手がわりにして緋奈子を貫こうとした。

 攻撃される度に、緋奈子は腕を切り捨てていく。どれだけ再生されようとも、緋奈子はトレントの腕や触腕を切り刻んだ。

 こうしている場合じゃない。

「おい、福本? オレだ。福本についてわかったことはあるか?」
『いきなりなんですか? さっきも急に切って』
「いいから!」

 オレが急かすと、渋々と言った感じで福本は語りだす。

 犯行時間前に、住人たちから証言が取れたらしい。大勢の人が、「後藤宅で家族が言い争う声を聞いた」という。後藤家は元々家族全員の仲が悪く、口論が絶えなかったとか。

『なんでも、頭髪が薄いことを指摘されて、激怒したことによる犯行だそうです」
「頭髪だと?」
『以前から、彼の頭皮が退行しているを、家族は度々バカにしていたそうです』

 もしかすると。

「サンキュ。またかけ直す」

 オレは木に登って、トレントの上がわかる位置まで移動した。

 後藤トレントは、しきりに葉っぱだらけの頭がずれるのを気にしている。

「どうやら、生前はヅラだったみてえだな」

 懐のホルスターから、オレは銃を出す。

「やられっぱは、性に合わねえんだよ!」

 木の枝でバランスを取りながら、オレはトレントの頭頂部に狙いを定めた。

「緋奈子、ヤロウのデコ辺りを狙ってくれ! ソイツの葉っぱはカツラだ! それをズラす!」

 オレの呼びかけにうなずきで返し、緋奈子は拳を固める。

 緋奈子の手が、白く発光した。キリちゃすのときに見せた、あの光だ。

 光る拳で、緋奈子はトレント後藤の眉間を殴り飛ばす。

 トレントが、大きく仰け反った。頭髪のような葉っぱが、大きく後ろへズレる。

 あった。鳥の巣のように、魔王の肉片は木の枝に守られている。

「あそこだ!」

 精神を集中させ、オレは銀の弾丸に魔力を込めた。

 だが、オレの意識をふっとばす光景が。

 緋奈子が、トレントの腕につかまったのだ。オレが弱点探しに時間をかけすぎて、消耗したか。

「やべえ、緋奈子!?」

 魔力が弾丸に行き渡ったのを確認して、オレは引き金を引く。

 行け。ヤロウの弱点を貫きやがれ!

 銀色の軌道が閃光となって、確実に魔王の肉片を射抜く。

 魔王の肉片が弾丸を浴び、風船のように大きく膨れ上がった。赤熱の光を放ち、爆裂する。

「っぼおおおおおおおお!」

 トレントの口から、断末魔の叫びが漏れ出す。

 全身をケイレンさせて、トレントはそのはずみで緋奈子を手放した。

「おっと!」

 オレは緋奈子をキャッチする。

「危な危なアビャビャァ!」

 しかし、重みで緋奈子ごと木から転落してしまった。

 尻餅をつきながらも、緋奈子の無事を確認する。

 黒い血ヘドのようなものを吐き出して、トレントは崩れていった。

 木くずとなったトレントから、後藤が見える。頭がキレイサッパリ吹き飛んでいた。

 緋奈子が、オレの腕で目を覚ます。

「やったぞ、緋奈……っ!?」


 緋奈子が、オレの首筋に噛みつこうとしやがる!
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