俺にだけウザ絡みしてくる後輩と、付き合うことになった。

椎名 富比路

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第一章 ウザい後輩に弱みを握られ、交際を迫られた。

ウザ後輩と、キーホルダー

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 喫茶店を出ると、もう一六時になろうとしているではないか。

「おー、もうこんな時間ッス」
 そろそろ太陽も、夕日になろうとしている。

「帰るとするか」

 だが、クルミはまだ名残惜しそうにゲーセンコーナーを見ている。視線の先には。キーホルダーのクレーンゲームが。景品は、俺がカバンに付けているものと同じだ。

「お前、あれが欲しいのか?」
「欲しいっていうか、決して先輩とおそろいの品が欲しいわけでは! でも、持ち帰るとデートしていたことがバレてしまうから、ほしいとも言えず!」

  両手をバタバタさせて、クルミは「内心では欲しいです」とアピールをしていた。それくらい、俺にも分かるっての。口に全部出てたし。

「任せろ」
 俺は一発で、クルミが欲しがっているであろう景品をゲットした。

「ふわあ」
 さすがのクルミも、感心しているらしい。

「ちょっとは、先輩らしいことできたかな?」
 キーホルダーをクルミに差し出す。

「ありがとうッス。でも、上手ッスね?」

「これも、妹にねだられてうまくなったってだけで」
 俺は頭をかく。

「持って帰ると、遊んでるのがバレるんだよな?」

「平気ッス。気晴らしで遊んでたら取れたってウソこくんで」
 嬉々として、クルミは自分の鍵にキーホルダーをつけた。 

「すいませんッス。何も返せなくて」
「いや、これお礼だから」

「え、お礼とは?」
 不思議そうな顔をしながら、クルミは首をかしげる。

「お前さ、俺が遊びたいゲームを我慢していたの、知ってたろ?」


「気づいてたんスね」
 苦笑して、クルミは視線を俺から外した。


「気を使わせちまったからな。こんなことくらいしかできないけど」

「いいんスよ。付き合ってくれているだけで、あたしはうれしいんスから」

 広々とした車内で、シートに離れて座る。

 クルミは読書を始めた。しかし、一向にページが進んでいない。形だけだな。

 遠くのクルミを意識しながら、夕日を眺める。

 電車を降りて、クルミが頭を下げた。改札を抜けても、俺の後をクルミがついてくる。どうしたってんだ?

「いいのか? バレたらヤバイだろ」
「夜道は危険ッスからね。守ってくださいッス」

 関係を尋ねられたら、「勉強の帰り道にたまたま出会って、ガードっしてもらっていた」と、通すらしい。

「いや、無理があるだろ」
「それでも通すッス」

 根拠のない自信はどこからくるのか。

「楽しかったッス。今日はありがとうッス」
「俺も楽しかった。なんだかんだいって、色々あったよな」

 これでつまらないデートだったら、二度と会ってもらえないだろう。要所要所でウザかったが。ともあれ、楽しんでくれてよかった。

「今度はもっと、まったりしたいッス」

 結構な時間、一緒にいた気がする。けれど、もっといたいという気持ちにさえなった。この感情は、なんなんだろうな。

「行きたいところはあるか?」
 俺の後をついて歩きながら、クルミは「うーん」とうなった。

「できれば、先輩のおうち行きたいッス」

 無理だと分かっているのだろう。クルミは苦笑する。

「もしくは、遠出とか。遠足とかじゃ行かないところがいいッス。ユルイ山道とか」

 林間学校となると、トレーニングだからな。どうしてもキツい山を登ることになる。

「親の許可がいるだろ」
「そうなんスよねー」

 クルミの家は厳しい。放任主義のウチとは大違いだ。

「妹さんは、カレシとか作らないんスか?」
「まだ中学生だ。自分の楽しいを優先するさ」

 チヒロは男子どころか、他人と仲良くするタイプではない。屋内だけですべてが完結するタイプで、家に友達を連れてくることもなかった。

「そうかなー。実はお兄ちゃんに黙って、こっそりデートしていたりしてププーウ」
「ま、まさか。あいつに限ってそんな」

 とはいえ、もう中学生だ。ハメを外すことだってありえる。

「ソワソワしてやんの」
 考え込む俺を、クルミはからかう。

「あいつは友達もいなかったんだ」

「どうなんスかねー。部活を始められたんスよね? お友達くらいならいそうッスけど」

 ボードゲーム部だし、一人ではできない。必然的に人と接するくらいはあるだろうが。

「女子ばっかりだって聞いたぞ」
「実は部活自体が、男子と仲良くなる口実で」
「ババババカな」

「何、うろたえてるんスか、可愛すぎッスよ」
 クルミが俺の肩をバンと叩く。

「てんめ、不安になるようなコト言うなよ」

「でも、仲のいい友達ができてるといいッスね」
 唐突に、クルミの表情が真面目になった。俺に向けて笑みを見せる。

「そうだな」

 ずっと閉じこもっていたからな、妹は。
 家族以外と口をきいたところなんて、見なかった。

「じゃあ、あたしはここで。今日はありがとうッス」
「おう。こっちもありがとうな」

 言い訳がなくても、俺はクルミと付き合いたい。
 こいつがそんな関係を望んでいるなら。

 バカか。なに一人で舞い上がってるんだ。
 あいつは秘密を握っているから付き合っているにすぎないのに。

 異なる意見が、俺の中で反発し合う。
 クルミの本心が知りたい。

「なあ」
 俺はクルミの背中に呼びかけた。

「また逢ってくれるか?」

 振り返ったクルミは、頬が赤くなっているように見える。しばらくの沈黙があったあと、クルミは口を開く。

「逢ってくれるんスか?」
 真剣な顔で、クルミが聞いてきた。

「いやいやいや、お前がいい出したんだろ。デートしようって」
 また、小悪魔フェイスに戻る。

「どうしたんスか? 本気になっちゃったッスか?」
「うるさいよ。で、どうなんだ? まだ続けるのか?」

「次のデートは、球技大会の後で」
 手帳を出して、お互いの予定を調整する。

「ちょうどいいな。中間が待っているし、また勉強するか?」

 クルミは首を振った。「試験中はナシで」と付け加える。

「これまでとは、違うところに行きたいッス」
「お前はリードしてほしいタイプか、それとも、自分で全部選びたいか?」

「どっちもやりたいッス」
 そう言って、クルミは手を振って去っていく。
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