俺にだけウザ絡みしてくる後輩と、付き合うことになった。

椎名 富比路

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第二章 後輩ウザかわいさが、とどまるところを知らない(自称

ウザ後輩の、手作り弁当

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 鳥類のコーナーを見終えて、昼食にしようとなった。

 園内にある草むらに、ビニールシートを敷く。他の客も、同じ用に弁当を広げていた。ここは比較的、動物の匂いがない。

「俺も作ってきた」
「いえーっ! なんの危機感もなく、先輩のお弁当を堪能できるッス!」

 バンザイをした後、クルミはバスケットを開けた。

「っじゃーん!」
「いいじゃねえか」

 バスケットを開けた途端、獣臭がいい香りで吹き飛んだ。

 サンドイッチか。シンプルだが、実にうまそうである。

「もう食っていいか?」
「我慢できないッスか?」

 なぜこうも勝ち誇ったようにマウントしてくるのか。

「はいはい、我慢できません。早く食わせろ」

 こういうのは、御託なんかどうでもいい。ウマイかどうかは食えば分かる。

 さっさと食っちまわないと、メシの香りが獣臭と交じるんだよ。

「では、どうぞッス!」
「いただきます」

 こういうのは、出されたらすぐ口へ放り込む。これこそ、最高の礼儀だ。遠慮やお預けなんて、すべきじゃない。

「うまい」

 なんの変哲もない、ツナサンドだ。
 ただ、ツナ缶をマヨネーズでまぜて、キュウリと挟んだだけ。およそ、料理と呼べるかどうか。
 しかし、これが実に身体へと染み渡る。パンが絶妙に湿り気を帯びていて、しっとりとした食感だ。

 こっちはカツサンドか。ソースが十分に染み込んでいる。
 ソースは市販で、特別な味付けなどしていない。千切りキャベツと挟んだ、オーソドックスなサンドイッチだ。

「お前、わざと潰したな?」
「わかるッスか?」
「ああ。どれもフワッとしていない」

 サンドイッチはふわっとしたタイプとしっとりしたタイプがある。
 クルミのサンドイッチは後者だ。

「具材が具材なだけに、パサパサなのはイヤかなって思っただけッス」
「いや、俺好みだよ」
「ありがとうッス」

 不安がっていたので、俺は称賛して緊張を解いてやる。
 
 マヨネーズやソースで疲れた舌に、プチトマトのアクセントもありがたい。

「フード業界に片足つっこんでる先輩には物足りないかも知れないッスが、自分なりに丹精込めて作ったッス」

「品評とかバカバカしいな。作ってくれた人に失礼な行為だ」
 ただうまいと、感想を述べる。

「ありがとう、クルミ」
「な、なんか思ってた感想と違うッス」
「もっと『ぐえー』とか、言うとでも思ったのか?」

 メシマズが重宝されるのは、少女漫画だけだ。
 読者層が、料理不得意など不器用な少女たちだから。


 昨今は、何かとキャラに個性をつけようと、ありえないレベルのメシマズヒロインが出てくるらしい。廃棄物レベルの。が、案の定裏目に出て、迫害を受けているという。

 やはり、料理はできるに越したことはない。

「はあ、クルミたんが作ってきてくれたお弁当食べるのもったいないよー、とか言うと」

 どこの変質者だよ。

「そんなことを言うなら、俺の弁当は妹行きだな」

 俺は、小さいランチボックスに入った弁当を、リュックへしまおうとした。

「ああああ! 待って待って冗談ッス! ください。先輩のお弁当は禁断症状が出るくらいヤバイッスから! オークションに掛けたら何百までも手を出してしまいそうッス!」

 なにその気味悪いたとえ。

「分かったよ。食え」

 俺は、ランチボックスの風呂敷を解く。

「いっただっきまーす! うへへ。あたしだけのために作ったお弁当ッス」

 箱を開けるなり、クルミは唾液を音がなるほどに飲み込む。

「そんなに楽しみだったらのか。悪かった。全部残り物だぞ」
「マジですか?」
「うん。マジですよ」

 ガツガツ! と擬音が出るくらい、クルミは俺の弁当を貪った。食うという表現が哀れになるくらいに。何日も食べてない人のように、俺の弁当を貪り尽くす。

 すぐ近くに見られるリスの頬に、今のクルミは似ている。

「なんだよ急に?」

「だって、先輩のおうちで食べたものをいただけるってことは、今だけあたしは先輩一家の一員ってこそッスよね? あたしと先輩は今、ひとつ屋根の下で暮らしていると同義!」


「ま、まあ、作ったのは俺だしな」

 よかった。おふくろが作った角煮まで入れなくて。母親が作ったと知れば、こいつは俺が作ってくれたものじゃなかった、とショック死していただろう。母親の角煮、俺でも再現できないほど絶品なんだけどなぁ。

「あ、すいません気がききませんで!」

 俺がぼーっとしていると、なぜかクルミが手を合わせて詫びを入れた。何事か?

「あたしとしたことが。大事なことを忘れるところだったッス」

 クルミは、バスケットからミートボールを箸で挟んだ。

「せーんぱい、あーん」
 なんか儀式みたいになってきた。やらなきゃいけない空気のようなものが。

「別にいいよ。昨日の残りもんなんだから」
「いえいえ、こういうのはほら、デートッスから。デートっぽいことをもっとしましょうよぉ」

 こいつなりに、気を使っているらしかった。だったら。

「あ、あーん」
 俺も空気に任せて、対処する。

「どうそー」

 クルミの合図とともに、俺の口へとミートボールが入っていく。

 うん、昨日と同じ味だ。
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