俺にだけウザ絡みしてくる後輩と、付き合うことになった。

椎名 富比路

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第二章 後輩ウザかわいさが、とどまるところを知らない(自称

ウザ後輩と、観覧車

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 先にアンズ会長が乗り込んで俺たちが後に続く。

 クルミが、さっきから黙り込んでいた。
 身体をモジモジとさせて、あっちこっちチラチラ視線を移す。

「どうした、つまんないか? 俺がビビらないから」

 高所は普通に楽しめるのが、クルミにとって面白くないかも。

「そういうわけじゃ、ないッス」
「いや、明らかに様子が変だからな」
「もう、鈍感ッスね!」

 なぜか罵倒された。なんだよ。

「二人きりだと気まずいだろ。何か話せよ」
「でしたら。あたし、先輩のお話を聞いたんス」
 体ごと、クルミはこちらを向く。

「ああ、あのときのことか」


 斉藤アンズ会長が人をはねたとき、俺は彼女を責めなかった。
 もちろん、誠太郎も。

「どうして、病気の身内がいるってわかったんです?」

 妹が急病になって、急いでいたからだという。

「アンズ会長が急ぐ用事っていったら、それしか浮かばなかった」

 事情を知っていたとしても、誠太郎は特に騒ぎを大きくしようとしなかった。怒るのは、まず話を聞いてからだと。

 友人を傷つけられた俺は納得しなかったが、誠太郎がいうならと、引っ込んだ。二人の問題だから。

 ようやくバイトも落ち着いたあるとき、俺は誠太郎を見舞った。

 会長の現状を知っていた俺は、「妹が心配なら行ってくれ」とどうにか説得し、病室から帰らせる。怒ってるわけではないのだと。

「大事な家族が病気だったら、心配だろ」と、付け加えて。

 クルミは会長と同じ病院に入っていたため、面会は容易だった。


「あたし、その話を聞いてから、きっと素敵な方なんだろうな、お会いしたいなって思ったんス」
「悪かったな。こんなヘタレで」
「先輩、もっと自分を認めたほうがいいッス」

 そういった後、「ありがとうございます」と、クルミは頭を下げる。

「でも、どうしてそこまで? いくら学友と言えど、怪我を負わせた相手を許すなんて」

「昔な、俺、大病を患ったんだ」

 俺は幼い頃から身体が弱く、背も低かった。

「甘えん坊でな。大きい病気にかかった時、どっちの親も来てくれなくて、寂しかった」

 心細い状態で、天井を見上げる日々が続く。
 当時は両親が大変な時期なのは、分かっていた。


 しかし、俺はどうしようもないガキで。


「あるとき、俺は大泣きして、『みんな大嫌いだ』って不満を爆発させた。挙げ句、両親は本気で別れるかどうかになっちまった」

 それで、自分が頑張るから、泣き言なんてもう言わないから、二人一緒にいてくれと頼んだ。
 自分のことばっかり考えないからと。

「迷惑かけちゃいけないと、強がっていたんだ。妹も小さかったからな」


 それが、今の俺を形成している。
 ほんとは弱虫なままのくせに。

「でな、あんまり強く言えないんだよ。ペット飼わせろとか」

 すっかり元気になった俺は、体を鍛えはじめ、背も高くなった。
 好き嫌いもなく育つ。

「スマン。しょうもねえ話だったよな。もっとバカバカしい話をしようぜ」

 間が持たないからと、俺はわざと下を見下ろして震えてみる。

「先輩は、強いッスよ」
「クルミ?」

 夕焼けが、クルミの顔を染め上げた。

 てっぺんまでもうすぐである。

「はっ!」
「どうした?」

 クルミは、見上げてしまった。

 先に上がっていた、会長の乗るゴンドラの中を。
 


 アンズ会長が、誠太郎とキスをしている場面を、だ。




「先輩」


 やめてくれ、そんな目で見つめるの。
 俺の顔を、両手で固定するな。
 顔を近づけてこないでくれ。

 今ここでそんなことをしたら、きっと戻れなくなる。

 もっとよく考えろ。



「よせ、クル||」


 俺が抗議しようとしたのを、クルミの唇が塞いだ。



 一瞬だけ、会長たちに気付かれないように。


「えへへ。せーんぱい」
 俺の手を、クルミがギュッと握る。


 もう、何を話していいのかわからない。

 言葉の数々は、さっきのキスで吸い上げられてしまった。


 俺はただ、クルミと恋人になったんだと実感するしかなくて。

 しかし、会話がなくたって、この時間はなんだか心地よかった。


 クルミもそうあって欲しい。

 観覧車が、終わりを告げる。


「今日はありがとうね。わたしが連れ回しちゃって疲れたでしょ?」

 とんでもない。最高の一日だった。

「いや。いいものが見られた」
「想像以上に、夕日がキレイでした」

 ウソ言いやがれ。お日さんと反対側だったじゃねえか、お前の席は。

「次は、誠ちゃんの家で映画見ようかって話していたの」
「ホラーなんだけどな」

 タイトルを教えてくれた。

「ああ、その映画なら見ましたよ」


「え、ウソ……」
 クルミの発言に、アンズ会長が絶句する。



「そうそう。複雑なストーリー展開が謎すぎだが、それ以外はハッチャケてて」


「おい、リクト?」
 スマホをいじりながら、誠太郎が俺に聞いてきた。


「え、なんだよ?」
 異様な空気に、俺は聞き返す。


「なんで、この映画をお前らが見られるんだよ?」


 誠太郎がスマホで調べていたのは、例の映画に描かれた注意書きだった。





 注意書きには、こう書かれている。




『当時、ペアシート限定として話題になった問題作! 作者は語る。「カップルスラッシャー映画として打ち出す予定だった」と!』


 どうりで、趣味が悪かったわけだ!

 やはり、マイナー映画には監督のエゴ・悪意が詰まっている!

 って、そんなことはどうでもいいんだよ! ヤバイ! 


「その映画ね。カップル限定だったの、知ってた?」


「リクト、お手上げだ」


 ウザ後輩との交際が、バレた。
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