クイズ「番組」研究部 ~『それでは問題! ブタの貯金箱の正式名は?』「資本主義のブタ!」『はあっ!?』~

椎名 富比路

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第一問 日本で初めてコーヒーを飲んだ、歴史上の人物は? ~クイズ番組研究会、発足~

○×どら焼き

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「福原君。この間はありがとうございます」

 津田嘉穂さんは、僕の顔を見ると、がばっと立ち上がった。何度もペコペコと頭を下げる。

「いえ、僕は何も。それより、この間は」
「この間は逃げてごめんなさい!」

 僕が謝るより早く、津田さんは頭を下げた。

「え、どういうこと?」
「わたし、あの時福原くんにお礼を言わなきゃって思ったんです」

 ぶつかった時のことかな。
 津田さんの顔が赤くなる。
 やっぱり、僕と衝突した事を、気にしてるのかも。

「この間はごめんね。前をちゃんと見てなくって、まともにぶつかっちゃって」
「違うんです。それは気にしていません。それよりわたし、福原君の顔を見たら、緊張しちゃって、逃げちゃって」

 どうして、僕を見ると緊張してしまうのか分からないけど、そんな事で逃げたのか。

「気にしなくていいよ」

 僕は、もっと酷いことをしたわけだし。

「津田さん、僕の方こそごめん。ぶつかっちゃったのに、ちゃんと謝れなくて」

 ブンブンと、津田さんは首を振った。

「いいんです! あんなの平気です」
「でも、セクハラは嫌じゃない?」
「セクハラは、確かに嫌なんですが、福原君だから……いや、いいえ、その」

 言葉を詰まらせて、津田さんはまたも目をグルグルと回転させる。

「コーヒーいかがですか? どうぞ!」

 スティックのコーヒーを、津田さんは素早く用意した。紙コップを並べ、三人分コーヒーを淹れる。

「ありがとう」

 温かくて甘いコーヒーのおかげか、気持ちが少し和らぐ。

「それより先生……」

 スイと、僕は名護先生に詰め寄った。

「もしかして、このために僕を呼んだんですか? だったら津田さん、気にしないで欲しい。君を助けたかったわけじゃないからさ。あの部長、なんだか感じ悪くって」
「いえ、わたしも、泣き出しちゃって」

 彼女は全然悪くない。津田さんのような人を泣かせたあの女が悪いんだ。

「あー、それなんだけどな。芝居だったんだよ」

 信じられないような事実を、先生が告げる。

「この部を設立するために、部長のヤツが仕掛けたってワケ」
「えーっ! じゃあ、あの津田さんいじりも、演技だったってワケですか?」

 僕も津田さんも、驚きを隠せない。

「あいつも、本人に詫びてたな。福原がここに来る前に」

 苦笑いを浮かべ、名護先生は肩をすくめる。
 津田さんに、顔を映す。

「丁寧に謝罪してくださいましたよ」

 小さくうなずいて、津田さんは微笑む。

「あ、これ、お詫びの品だそうです」

 側にあった白い箱を、津田さんが持ち上げた。ちゃぶ台の真ん中にちょこんと置く。

 中身は、平たい和菓子だった。

「おお、これは」
「ご存じなんですか」

 知っているもなにも、これは福原家では馴染みのお菓子である。

「『とらのこ』の『○×どら焼き』ですね」

 クイズ好きの和菓子職人が作ったギャグ食品で、生地の両面に○×の焼き印が入っている。我が福原家の大好物だ。親の機嫌を取るときや、誰かに手伝いを頼むときに、必ず買う。

「それだけ、ウチはクイズ番組研究会にかけてるってワケだ。どうだ、やってくれないか?」

 津田さんと顔を突き合わせた。

 もう、放送部に僕の居場所はもうない。

 せっかく『学園クイズ』の司会者を目指して放送部に入ったのに。

 しかし、自分を偽ってまであの場に留まっていたとしても、僕はいい司会者にはなれなかっただろう。

「わたしも、解答者を続けてもいいんですか?」
「いいんですよ。むしろ頼まれてくれ」

 先生はおどけて見せた。

「それにしても、どうしてクイズ研究部は、そんなマネを?」

 僕には、それが疑問でならない。

「依頼があったんだ。『番組を打ち切ってくれ』って」

「どうして、こんな事に? 学園クイズって人気番組でしょ?」
「人気番組じゃなくなってきたんだよ」

『学園クイズ』とは、生徒参加型クイズ番組として、当時はもてはやされていた。

 ところが、クイズ研究部からすると、クイズ大会本戦の練習時間を削られて困っていたという。

「クイズ大会における、加速度的な難易度の上昇に対処しなけらばならなくなった」とも、当時から囁かれていた。

「『知の甲子園』とまで言われてますもんね、今のクイズ大会って。ほとんどが」

 クイズ大会の問題は、徐々にカルト的な方面へ向かいつつある。難易度は際限なく上昇していた。ジャンルの幅も広く、それでいて専門的な分野も求められることも。

「大会に向けての対策から、問題の傾向が知力一辺倒に偏りすぎてな」

 そのせいで、クイズに興味がない生徒が見なくなっていった。

 ウチの番組は、許可があれば、過去のアーカイブをPCルームで閲覧できる。だが最近はクイズ研の部員だけしか利用していないとか。

 どのみち、『学園クイズ』は打ち切りに遭う運命だったのだ。

「そこで、学園クイズの歴史に一旦幕を下ろして、新しいクイズ番組を立ち上げとうじゃないか、となった。もっと難易度が低くて、学生のみんなで楽しめるものにしようと」

 クイズ研の部長はあえて悪役になり、津田さんをクイズ研究部から身を引かせたのだ。

「それならそうと、事前に言ってくれれば」
「照れ屋なんだよ。あいつは」

 それは知ってます、、、、、。とある理由で。

「それはいいとして、どうして津田さんまで追い出すようなマネを?」
「津田は実力はあるんだ。しかし、こいつはいわゆる『緊張しい』でな。今のまま研究会に置いておいても、まともな力を発揮できない。もっとゆるい部活でクイズを楽しんで欲しい、だとよ」

 あの部長が、そこまで考えているとは。
 事情は分かった。しかし、納得できない点がある。

「あのですね、津田さんが解答者に選ばれたのは分かります。でも、どうして僕が司会に選ばれたんですか?」

「わたしが頼んだんです」

 津田さんが?

「入部する条件として、お前を加入しろと要求してきたんだよ。福原が入らないなら自分も入らないってな。熱心なこった」
「えっと、僕、津田さんに特別なことなんて、何もしていませんが」
「したじゃないか。お前は津田を助けた」
「アレは当然のことです」

 あの場を納めるのは、司会の勤めだ。僕以外の人間でも、暴走した部長を止めたはず。

「でも、それに恩を着せようなんて精神が感じられない」
「そうは言っても……」
「とにかく、引き受けてくれないか?」

 そうだったのか。そこまで評価されている気はしないけど。

「わたしのわがままなので、嫌ならいいんですが」
「いやいや、とんでもない。僕が入るだけでいいなら」
「入部してくれるんですね?」

 嘉穂さんが、瞳をキラキラさせる。

「もちろん。迷惑なんかじゃないよ」
「ありがとうございます」

 わーいと、津田さんは両手を上げてバンザイのポーズを取った。

「あと、わたしのことは嘉穂って呼んで下さい」
「わかったよ。じゃあ……か、嘉穂、さん、よろしくお願いしますっ」
「よろしくです。福……し、晶太くん!」

 嘉穂さんから名前で呼ばれた瞬間、ケトルのように頭が沸騰しそうになる。女の子から名前を呼ばれるって、こんな気持ちになるんだ。ヤバイ。勘違いしてしまう。

 とはいえ、なぜか嘉穂さんの方も、目が泳いでいた。頬を染め、口をハクパクさせている。

「いいの? 下の名前で呼んでも?」

 念のため、確認を取らないと。

「いいですよ。しょ、晶太くんさえよければ」

 嘉穂さんが言うならいいか。まだ、他人行儀になってしまうのは抜けないけど。
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