じゃじゃ馬王妃! ~フランス王妃アン・ド・ブルターニュが、悪徳貴族と魔族共を裁《シバ》く!~

椎名 富比路

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第二章  Etre Le Vent Qui Detruit Le Mal(悪を滅ぼす風になれ)

移香斎の妻

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 ナント直前になって、妙な気配をとらえる。

 目の前にいる小さな馬車が、野盗に襲われていた。御者は放り出され、今にも扉が破壊されそうだ。

 騎士の一人が「いかがなさいましょう?」と、アホみたいな問いかけをしてくる。

 助けるに決まっているではないか! 

 馬車の中から、アンは飛び出す。

「待った!」
 リザが、アンを遮る。

 ここで暴れたら、アンの素性がバレてしまうかもと案じてくれているのだ。

「大丈夫。手荒なまねはしないわ」
 アンは騎士の制止を振り切って、剣を構える。

「なんだ、この着飾った女は?」
「そんなもんどうでもいい。早く中にいる女と子どもを捕まえろい!」

 盗賊の頭が、部下に指示を送った。

 王妃を無視するとはいい度胸だ。

 アンは数名の盗賊を、ビンタで殴り飛ばす。

 ビンタしただけで、二、三名の盗賊が失神した。

 所詮、同族では相手にならない。

「テメエ、何しやがる!」
 殺気立っていた盗賊たちの気性が更に荒くなる。

「控えい! これ以上狼藉を働けば、このアン大公が見過ごさぬぞ!」

 盗賊たちにアンが手をあげたことで、騎士たちも動かざるを得なくなった。
 それが狙いなのだが。
 指示待ち人間はダメだと思う。

「引き上げだ!」
 アンと騎士の気迫に押され、盗賊たちがり散りになる。

「待て!」
「ほうっておきなさい! 今はご婦人の安全確保が先です!」

 後を追おうとした騎士を、アンが止める。御者を起こし、泥を払ってやった。

「何よ?」
 騎士たちが唖然としていたので、アンはムスッとした顔になる。

 彼らは、アンがケンカ百番なのは知っていた。
 なにせ、彼らを鍛えたのは他ならぬアン自身である。

 しかし、アンに出遅れた。
 
 騎士らは、自らを恥じているのだ。

 事情を話すと、リザも騎士たちの同行に納得した。
 
 馬車から、婦人が降りてくる。
「助けてくださり、ありがとうございました」
 
 婦人が、アンにひざまずいた。彼女の名は、マチルドと言うらしい。
「さきほど、大公とお伺いしましたが?」

「いかにも、私はアン・ド・ブルターニュ。ナントの大公です」

「ああ」と、マチルドが声を挙げる。「わたくしなどにお声など、もったいのうございます」

「お気になさらず。それよりケガは」

 マチルドは「いえ」と短く答えた。

「ナントには何用で?」
「シードルを買いに」

 ナント地方で採れたリンゴを使った酒は、フランスでも一、二を争うほど評判である。

「それにしても、安全なルートを通っていたはずなのに。ナントはのどかな都市ですのに」

 いつから、ナントは物騒な街になったのか。

「ナントからの刺客じゃないね、あれは」

 リザの言葉通りだとすると、やはり盗賊団は、他の街から流れてきた者たちらしい。

「それと、マチルドを知っていたような雰囲気だったね?」

「でしたら、うちの主人が関係しているのかも」
 マチルドの夫は、日本人の剣豪なのだという。

「イコ・アイス。本名を、愛洲移香斎と申します」

「アイス・イコウサイ?」

 イコは修行の末に「霊剣」、つまり、実態を持たない霊体すら斬れるようになったらしい。後に、「移香斎」を名乗っているという。

「その、イコってダンナは、何をしたんだ?」

「わたくしには、何も話してくれなくて。けれども、主人が悪いことをしたわけではないみたいで」

 これは、盗賊を一人捕まえて聞き出すしかなさそうだ。

 先に、マチルドの用件を済ませた。帰りに、マチルドの馬車に騎士を同行させる。

 ようやく、アンたちはブルターニュ大公の城へ。
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