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夜のラーメンは、罪の味 ~家出少女と共に、とんこつしょうゆラーメンと替え〇〇~

平民たちの仕事と、貴族少女の意地

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 意外でした。こんなに繁盛しているのに。

「どうしてです。こんなに盛況じゃないですか」
「そうなんだが、故郷から連絡がありまして」

 聞けば、もうすぐ前のお店が火災から復旧するそうです。

「期間は?」
「あと三ヶ月だそうです」

 元々ここは、場所を借りているだけ。店が元に戻ったら、帰る予定だったとか。

「そんな……」

 ステフさんの手が、止まります。

「跡取りでもいれば、よかったんだけどねえ」
「息子は、独立しちまったし」

 残念ですね。せっかくひいきのお店ができたというのに。

 みなさんが悲しみに暮れている、そのときでした。

 お店のドアが、がらがらと音を立てます。

「ステフお嬢様、こんなところに!?」

 老紳士が、店内に入ってきました。

「あの、ステフさん。こちらの方は?」
「うちのじいや……執事です」

 ステフさんの言葉を受けて、老紳士はこちらに頭を下げます。

「みなさま、この度はステフお嬢様の保護をなさってくださってありがとうございます」

 そう言いますが、紳士はステフさんの姿を見て愕然としました。

「なんと、おいたわしやお嬢様! そのようなお仕事にまで」
「注文取りだって、立派なお仕事よ。あなたやメイドさんの苦労もわかって、いい勉強になったわ」

 気高い考えで、ステフさんは言ったのでしょう。

「お嬢様、帰りましょう。お父上もお探しです!」

 ですが、老紳士には響きません。余計に心配させたのか、語気を強めます。

「……じいや、私は帰らない。お父様にもそう伝えてちょうだい!」
「ステフ様!?」

 老紳士の後ろのドアが開きました。

「ようやく見つけたぞ、ステフ!」

 帽子を被った若い紳士が入店します。お父様のようですね。

「みんな心配しているぞ。帰ろうステフ!」
「帰らない。何度も言わせないで」
「お前はまだそんなことを!」
「家がイヤになったわけじゃないの!」

 お二人が、ステフさんの希薄に圧倒されます。

「まさかお前、この店で働くつもりか? 平民たちの店で貴族がか?」
「関係ないでしょ!? 世間の大半は、お父様の言う『下々の人がやる仕事』なのよ! どんな業務だって、立派で大切なことだわっ! お父様は、就いている仕事でその人たちの人格を決めつけるの?」
「あ、いや……」
「たしかに、私たちはエリート階級かもしれない。けど、下々の人たちが私たちを支えてくれているのよ! 違う?」

 お父上は、黙り込んでしまいます。

「私は自立するの。場所はどこでも関係ないわ」
「しかし!」

 とはいえ、お父上も引き下がりません。

「じゃあ、三ヶ月」

 意外にも、助け舟を出したのはハシオさんでした。

「三ヶ月様子を見るっす。それくらいでモノにならなかったら、ステフさんはおとなしく帰るっす」

 指を三本立てて、ハシオさんはニッと笑います。

「失礼ですが、あなたは?」
「オイラは、ハシオ・ジャンドナートっす」

 レイピアの鞘についた紋章を、ハシオさんは紳士たちに見せます。

「ジャ、ジャンドナート侯爵のご令嬢ですか……」

 なるほど。権威には、さらに大きな権威で説得と。

 騎士だって、社会的地位のある方々です。邪険にはできません。

「わかりました。ですが」
「オイラが後見人になるっすよ。ダメだったら、オイラだって責任を取るっす」

 お父上は、引き下がります。

「そこまでおっしゃるのでしたら、承知しました。ステフ、もう父は何も言わん。自分でやって、結果を出せ」
「お待ちを。まだやることが残ってるっす」
「は?」

「ラーメン食べて帰るっす。ここのは、ウマいっすよ」


 ステフさん一家を残し、わたしたちは店を後にしました。

「いいのか? あんな約束しちまって」
「娘の友達がピンチなんす。オヤジも納得するっす」
「あの親父さんなら、そうだろうな。んじゃ、オレは帰るぜ」

 住宅街の明かりに、ミュラーさんは消えていきます。

 ハシオさんは反対に、お屋敷の並ぶ方角へ。

 しかし、ハシオさんの意図が読めません。

 三ヶ月後には、あのお店はなくなってしまうというのに。
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