神が愛した、罪の味 ―腹ペコシスター、変装してこっそりと外食する―

第一部 完 前編 親子丼は、罪の味 ～ドワーフ定食屋の親子丼～

親子の味

「お前、今頃帰ってきて」
「よしな！」

　お兄さんがモーリッツさんを追い出そうとしましたが、おばあさんがやめさせます。

「ごめんな母ちゃん。でかい口を叩いておきながら。迷惑ばかりかけて」
「座れ」

　有無を言わさず、おばあさんはカウンター席に座るよう告げます。

「準備しろ」

　お兄さんに指示を飛ばしました。おばあさんご自身は、親子丼用のプレートを温め始めます。

　親子丼の残りを食べながら、わたしは事の成り行きを見守りました。

　ネギを切る音、玉子がプクプクと固まっていく音、うどんの湯切り音が、ただ店に鳴り響きます。

「ほら」

　ごとり、と重い音がカウンターに響きます。

　男の前に、親子丼が置かれました。

　モーリッツさんは、一瞬固まります。

「おかえり。あったかいうちに食べな」

　何も言わずに、お母さんは迎え入れました。

　目を丸くしていたモーリッツさんも、手を合わせて食べ始めます。猛烈な勢いで、親子丼をかきこみました。

　続いておうどん、かぼちゃ、お漬物、おナスがテーブルに置かれます。

「おっかあ。俺、ナスは」
「いいから黙って食いな。もうガキの頃じゃねえだろ？」

　おばあさんは、やはりゴリ押ししました。

　仕方ないという感じで、モーリッツさんはナスをお箸でつまみます。

　モーリッツさんは、ナスを口に運ぶと、涙を流しました。

「うめえ、ナスって、こんなに味がしみて……うっ、うっ……」

　泣きながら、大男はひたすらにメシをかきこみます。

　そこに、会話はありません。

　おばあさんは、まったく息子と目を合わせようとしません。それでも。

「ごちそうさまでした」

　わたしは、退席しました。これ以上このお店にいるのは、野暮というものです。

「ありがとうよ、お嬢ちゃん。見苦しいものを見せちまったね」
「いえ。たいへんおいしゅうございました」
「何も、聞かないんだね？」
「はい」

　落ち着けば、モーリッツさん自身が話してくれるでしょう。


　
　数日後、わたしたちのパーティに依頼がありました。
「詐欺の犯人を見つけ出してほしい」と。
　依頼主は、モーリッツさんでした。

　ミュラーさんとヘルトさんと共に、わたしは酒場でモーリッツさんから事情を聞きます。

　なんと彼は、借金まで背負わされていました。

　例の不審者目撃騒動も、モーリッツさんだったのです。彼は、帰るに帰れなかったのでした。

「事情は、話してくれるんだよな」
「ああ。実は」

　モーリッツさんは、交際していた相手と結婚する予定でしたが、彼女は地上げ屋と組んだ詐欺師だったそうです。
　元締めは、この間わたしがやっつけた海賊団でした。

　せっかく携行ヌードルで仕入れたお金もすっからかんになってしまった上に、彼女がしていた事業に必要な土地を買わされたとか。

「それが、ここだ」

　なんと、そこは崖でした。

「ひどい……」
「俺がバカだったんだ。あいつの口車に乗せられて、うっかりサインしてしまったんだから」

　モーリッツさんは、うなだれています。

「わかった。犯人はオレたちで探しておく。とはいえ、金は戻ってこないと思えよ」
「ああ。覚悟の上だ。しかし、奴らはまだ捕まっていねえ」

　手配書は出ているので、逮捕は時間の問題でしょう。
　他でも荒稼ぎをしていたことがバレてしまった上に、元締めはわたしが懲らしめたので。

「探し出してどうする？　自分の手で仕留めるのか？」

　モーリッツさんは、ミュラーさんの意見を否定しました。

「いや。とにかく、奴らを逮捕してほしい。奴らは公の場で、裁かれるべきだ。金は、自分でなんとかする！」
「なんとかするったって、アテはあるのかよ？」
「あの崖を買い取ってくれる先があれば」

　モーリッツさんは言いますが、ミュラーさんは首を振りました。

「ムリだろ。野生動物までいる場所を施設として引き受けてくれるような奴らなんて」

「いるっすよ」

　意外なところから、救いの手が差し伸べられます。
　
「あの、あなたは？　騎士様のようですが」
「ハシオ・ジャンドナートっす」


（第一部　最終章　前編　　　親子丼編　完）