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第二部 「罪は悪役令嬢とともに」 ロースター焼肉は、罪の味 ~路地裏の焼き肉屋で、公爵令嬢と肉を焼く~

タン塩レモンは、罪の味

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「おまたせしました。タンです」

 お肉を乗せたお皿が、テーブルに置かれます。

「タンとは、なんですの?」

 丸くて薄いお肉を見て、ウル王女が尋ねてきました。

「牛の舌です」
「まあ。これが『タンシチュー』のタンですのね?」
「ですです。焼いて食べましょう」

 ロースターは、あらかじめ温めています。
 さっそく焼きましょう。

「お待ちを」
「はい?」

 トングを掴んでいたわたしの手を、ウル王女は掴みました。

「ここは、焼かせていただきますわ」

 ああ、焼いてみたかったのですね。

 さすが王女。昔からこうでした。

 興味のあることにはまず飛び込む。
 かと思えば、自分の価値観は押し付けない。

 そこが彼女の憎めないところでもありました。

「では、お願いします」
「はい。ご覧くださいませ。タンの、初陣ですわ。ほっ」

 薄いタンをトングでつまみ、ロースターの上に。

 じゅうわあああ、という音が、わたしたちの耳を攻撃してきましたよ。

「いい音ですわね」
「これが、肉の育つ音です」
「肉を育てますの?」
「世間ではお肉を焼くことを、そう表現するのです」

 鉄板の上で、肉が順調に育っていきます。

「はい。ひっくり返して」
「こうですの?」

 見よう見まねで、ウル王女が肉を裏返しました。

「あー。耳が幸せですわ」
「もうできあがりですね」
「え、もうですの?」

 慌てて、王女がタンをトングでつまみます。
 しかし、手が浮いてしまいました。

「あの、どれで食べれば?」

 彼女は一瞬で、「タンはタレで食べるお肉ではない」と理解したのです。
 なんという、適応力なのでしょう?

「この白いお皿にどうぞ。で、塩とレモンです」
「はい。さっ、さっ」

 白い小皿に、ウル王女はタンを乗せました。
 続いて、お塩と、レモンを……。


「これは、罪深うまい!」


 ああ、タンは最初にレモンですね。
 濃厚な味わいが、レモンでさっぱりと仕上がっています。

「ささ、あなたもどうぞ」
「では、遠慮なく」

 戸惑いがちだったウル王女も、レモンを絞ってタンを口の中へ。 


「これは……おいしい!」


 ウル王女の顔が、ほころびました。
 これだけで、いかにこのタンが美味しいかを物語っています。

「食感が多少コリッコリなのに、すぐ溶けてしまうのですね。不思議なお味です。タンシチューとは、また違う世界ですわ」

 王女が、冷えた麦茶で口の中を洗います。

「このお茶も、お肉に合って大変美味ですわね」
「ふたりとも、お酒を飲みませんからね」

 タンは、お酒のみな方がよく頼むイメージですね。

「とはいえ、タレでは食べませんの?」
「食べますよ。次は、タレで食べてみましょう」

 また焼くのをお願いして、今度はタレで。

「うん! これまた、おいしいですわ! ふわああ」

 目を閉じて、ウル王女はタレ付きのタンを噛み締めます。

「たしかに、罪深うまいです!」

 てっきり、味の濃いタレにタンが負けてしまうと思ってしまいました。

 なんでしょう、この調和の取れたパズルは。
 まだ、こんな解答がありましたかぁ。

 タンの可能性を、わたしはまた発見してしまいましたよ。

 タン、まったく謎めいています。

「素晴らしいです。ここのタレは。どの肉でもおいしいですね」

 これは、他のお肉も期待できます。

「ですが、なにかが足りないのです!」
「……ですよね。たったひとつ、足りないものがあります」

 わたしも、そう思っていたのですよ。


 ライスの存在を。


「すいません。ライスはまだなんでしょうか?」


「お待ち下さい。まだ炊けていませんで」


 ガーン、ですね。出鼻をくじかれました。

 ひとまず、塩レモンのタンでしのぎましょう。

「気に入ったんでしたら、また頼みましょう。あ、でも」
「いいですわ! 今日は遠慮なさらないで!」

 本当に、おいしそうに食べますね。王女は。

 ごはんはまだでしょうか?

 焼肉と言ったら、白いご飯でしょうが。

「おまたせしました。追加のお肉と、小ライスでーす」


 来ました。これですよ!
 我々の勝利です。
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