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罪人に、罪の味を ~刑務所内で、お菓子とコーラ~
キャプテン・シーハー
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「キャプテン、しかし」
「この方は、テメエらが束になっても敵わねえよ。たとえオレたちの部屋に監禁して周囲を取り囲んでも、二秒もあれば脱出できらあ」
「わかりました。キャプテン・シーハー」
キャプテン・シーハーさんの言葉を信頼しているのか、囚人たちはおとなしくなります。
「お久しぶりです、シスター」
「キャプテン・シーハーって名前だったんですね」
「もう船もねえ。ですが、元部下の野郎どもはそう慕ってくれています」
囚人から「キャプテン」と呼ばれたその男性の手は、カギ爪だったはずです。しかし今は、軍手をはめていました。
「真面目に更生なさっているのですね?」
「どうでしょう? 悪さだけしてきた頃よりは、心が穏やかな気がします」
それは、いいことです。
慰問会は、最初にお寿司屋さんの演説から始まりました。
例の海鮮丼の大将を救った、あのお寿司屋さんです。
彼は当初、貧しい農村が海賊稼業で食いつないでいることを知りました。
そこは潮風がきつく、農作物を作ってもたいしておいしく育たないと嘆いていたそうです。
漁はできないのかと聞くと、自分たちの食べる分しか釣ってこられないとか。
釣り船もボロボロで、村人は魚の保存方法もまったく知りませんでした。
そこで大将は、お店で出すお魚を村人に釣ってもらうことにしたのです。
代わりに船と冷蔵施設を、タダで貸し与えました。
釣ったお魚を譲ることを条件に。しかも、お金まで渡します。
その効果もあって、その近海にいた海賊はほぼ絶滅しました。
キャプテン・シーハーの軍団を除いて。
その人物こそ、海賊たちを先導し、悪事の限りを尽くしていたのです。
シーハーさんの部下らしき人々が、口笛を吹きました。
看守さんから注意を受けます。
一方、シーハーさんはというと、自身の武勇伝を聞かされてもちっともうれしそうではありません。
苦い思い出として、噛み締めているようでした。
シーハーさんは悪事の包囲網を崩されて、いらだっていました。
それで海鮮丼の親子を脅して、再び悪の道へと走らせようとしたのです。
そこに、わたしが来たと。
わたしも、紹介されても愉快ではありません。わたしは、当然のことをしたまで。
シーハーさんがこれだけ聞き分けの言い方だったら、やりすぎはしなかったでしょう。
大将は、壇上でインタビュアーに称賛されても、「私は、何もしていません」と答えます。
「何かができる、変化できる環境を整えただけ。あとは、彼らの努力が実った結果でした。私は、きっかけを与えたに過ぎないのです」
大将は去り際、会場から拍手で見送られました。
壇上に立たされ、わたしは囚人の皆さんを見回します。
「シスターは、悪の道に走った人間は、神の許しを得られると思いますか?」
インタビュアーから、尋ねられました。
「神はお許しになりません。少なくとも、神は」
周囲がざわつきます。
わたしはギャラリーの騒ぎを、手を突き出して制しました。
「結局、自分を許せるのは自分自身だけです。同時に、悪い自分自身を変えたい、こんな悪い環境から抜け出したいと思ったときこそ、変わるチャンスなのではないかと。変わりたいと思ったとき、すでに変化は始まっています」
水を打ったように、周囲が静まり返ります。
「あなたならできる、がんばればなんとかなる、と声を大にして言うのは簡単です。ですが、みなさんはそうならなかったのでしょう? だから、ここにいる」
数名の囚人さんが、うなずいていました。
「自分を変えられるのは、自身だけです。今日だけで構いません。一ミリだけでも十分です。人が変化するのに、時期も時間も、度合いも関係ありません。ただ、今から、今日からでないと、人はいつまでも怠けるでしょう。自分を許し、明日からとは言わず、今から本気を出してみませんか?」
わたしが演説を終えると、会場から拍手が湧きます。
キャプテン・シーハーさんも、義手ながら手を叩いていました。
「この方は、テメエらが束になっても敵わねえよ。たとえオレたちの部屋に監禁して周囲を取り囲んでも、二秒もあれば脱出できらあ」
「わかりました。キャプテン・シーハー」
キャプテン・シーハーさんの言葉を信頼しているのか、囚人たちはおとなしくなります。
「お久しぶりです、シスター」
「キャプテン・シーハーって名前だったんですね」
「もう船もねえ。ですが、元部下の野郎どもはそう慕ってくれています」
囚人から「キャプテン」と呼ばれたその男性の手は、カギ爪だったはずです。しかし今は、軍手をはめていました。
「真面目に更生なさっているのですね?」
「どうでしょう? 悪さだけしてきた頃よりは、心が穏やかな気がします」
それは、いいことです。
慰問会は、最初にお寿司屋さんの演説から始まりました。
例の海鮮丼の大将を救った、あのお寿司屋さんです。
彼は当初、貧しい農村が海賊稼業で食いつないでいることを知りました。
そこは潮風がきつく、農作物を作ってもたいしておいしく育たないと嘆いていたそうです。
漁はできないのかと聞くと、自分たちの食べる分しか釣ってこられないとか。
釣り船もボロボロで、村人は魚の保存方法もまったく知りませんでした。
そこで大将は、お店で出すお魚を村人に釣ってもらうことにしたのです。
代わりに船と冷蔵施設を、タダで貸し与えました。
釣ったお魚を譲ることを条件に。しかも、お金まで渡します。
その効果もあって、その近海にいた海賊はほぼ絶滅しました。
キャプテン・シーハーの軍団を除いて。
その人物こそ、海賊たちを先導し、悪事の限りを尽くしていたのです。
シーハーさんの部下らしき人々が、口笛を吹きました。
看守さんから注意を受けます。
一方、シーハーさんはというと、自身の武勇伝を聞かされてもちっともうれしそうではありません。
苦い思い出として、噛み締めているようでした。
シーハーさんは悪事の包囲網を崩されて、いらだっていました。
それで海鮮丼の親子を脅して、再び悪の道へと走らせようとしたのです。
そこに、わたしが来たと。
わたしも、紹介されても愉快ではありません。わたしは、当然のことをしたまで。
シーハーさんがこれだけ聞き分けの言い方だったら、やりすぎはしなかったでしょう。
大将は、壇上でインタビュアーに称賛されても、「私は、何もしていません」と答えます。
「何かができる、変化できる環境を整えただけ。あとは、彼らの努力が実った結果でした。私は、きっかけを与えたに過ぎないのです」
大将は去り際、会場から拍手で見送られました。
壇上に立たされ、わたしは囚人の皆さんを見回します。
「シスターは、悪の道に走った人間は、神の許しを得られると思いますか?」
インタビュアーから、尋ねられました。
「神はお許しになりません。少なくとも、神は」
周囲がざわつきます。
わたしはギャラリーの騒ぎを、手を突き出して制しました。
「結局、自分を許せるのは自分自身だけです。同時に、悪い自分自身を変えたい、こんな悪い環境から抜け出したいと思ったときこそ、変わるチャンスなのではないかと。変わりたいと思ったとき、すでに変化は始まっています」
水を打ったように、周囲が静まり返ります。
「あなたならできる、がんばればなんとかなる、と声を大にして言うのは簡単です。ですが、みなさんはそうならなかったのでしょう? だから、ここにいる」
数名の囚人さんが、うなずいていました。
「自分を変えられるのは、自身だけです。今日だけで構いません。一ミリだけでも十分です。人が変化するのに、時期も時間も、度合いも関係ありません。ただ、今から、今日からでないと、人はいつまでも怠けるでしょう。自分を許し、明日からとは言わず、今から本気を出してみませんか?」
わたしが演説を終えると、会場から拍手が湧きます。
キャプテン・シーハーさんも、義手ながら手を叩いていました。
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