伝説の武具のサイズが合いません⁉ 聖女をダイエットさせろ!

椎名 富比路

文字の大きさ
26 / 31
第四章 ちゅうせいしぼう! (途中で何度も挫折しかけたけど、ここまで頑張ってこられた理由は、みんなの声援と支援と希望!)

魔王復活!

しおりを挟む
「魔王領の調査に行ったら、空が真っ暗になったんだ。そしたら、ドワーって雪が降ってきたんだ。タダでさえ寒い魔王領に、吹雪がビューって吹いてさ」

 水休憩を挟みつつ、矢継ぎ早にドミニクは語る。
 擬音が多く要領を得ない。が、一大事なのは確かなようだ。

「そのモヤが、キャスレイエットに近づいてるんだ!」

 魔王の扉から出てきたという物質が、聖女領に迫っている。決戦が近いのか。

「大変だ! 外が!」
 近所の人が、異変を知らせに来た。

 ライカたちは、外に飛び出す。

「空が……」

 突然、辺りが暗くなった。
 まだ昼になって間もない。
 なのに、夜のように真っ暗だ。

 そんなレベルじゃない。
 青空に墨を零したような、異様な光景だった。

 ライカはセリスを守るため、自分の背に隠す。

 夜が蠢いた。
 空間が裂けて、空から一本の黒い帯が垂れ下がる。
 まるで糸が生き物一匹の蛇のような姿となって、屋敷に突進してきた。


 標的は、テトである。


「いかん、あの闇ども、テト殿に取り憑く気じゃ!」

「テトさん!」
 テトを守るため、ライカは黒い帯に蹴りを見舞おうと迫った。

「なにいいいい⁉」

 絶妙な柔軟さで、帯はライカの一撃をすり抜けていく。
 まるで、意志を持っているかのように。

 黒い帯が、テトの身体を縛り上げる。

「あああああぁ!」
 糸に巻き付かれ、もがき苦しむテト。

「テトさん!」

 ライカは糸に触れようとした。
 だが、禍々しいプラーナの力によって、手が弾かれてしまう。
 静電気に当たったかのような痛みが手を駆け巡る。

 糸は完全に、テトを覆い隠した。まるで真っ黒になった、蚕の繭のように。

「大丈夫ですか、テトさん!」
「今、繭を斬ります!」

 セリスとライカが、繭を引きはがそうと近づいた。

 異様な量のプラーナが放出され、繭がモゾモゾと蠢く。

 凶悪なプラーナに充てられ、二人は動きを止める。

 繭の動きが止まった。

 シン、と辺りが静まりかえる。

 糸が引きちぎれる音と共に、繭にヒビが入った。

 ヒビの間から、人間の手が伸びる。
 爪に黒いマニキュアをした手が、繭を真っ二つに引き裂いた。
 その中心に、人の顔が覗いている。
 血液のように赤い瞳が、宝石のように光った。

「テト……さん?」

 その顔は、紛れもなくテトだと思われる。
 しかし、目に光がなく、表情も読み取れない。プラーナの流れも濁っている。

「妾はもう、テトなどという矮小な存在ではない」
 テトの顔をした存在が口を開く。

「では、あなたは何者ですか?」


「我が名は、ベルナテット・ウーイック・ルチュー。魔王なり」



 魔王ベルナテットと化したテトが言い放つ。


 繭が完全に崩壊した。魔王の全貌が露わになる。

 現れたのは、黒いレオタードを着た悪魔であった。
 レオタードは、ヘソの下までカットされた大胆な作り。
 断面図はギザギザになって、金の装飾までされている。腰の食い込みも深い。
 清楚なお嬢様然としていたテトからは考えられない、扇情的な衣装だ。

 テトが体重計に乗る。顎に手を当てながら、針の行方を追う。

 針は、想定していた減量結果を見事にクリアしていた。

「ふむふむ。よろしい。規定通りの目方になっておるわ。さすが雷漸拳といったところか」

 プロポーションを確かめるように、テトが自身の身体を撫で回す。
 普段でも艶めかしいスタイルを誇るテトの身体が、より妖艶に強調された。

「そんな。テトさんが魔王だったなんて」
 ライカは愕然となる。

 だが、あり得ない話ではない。これまで、テトは色々と謎が多かった。

 寒村に住んでいて、きょうだいがたくさんいるはず。
 なのに、やや太り気味だった。
 つまり、普段から栄養価の高い食事を摂っていた可能性が高い。

 どうして、見落としていたのか。
 少しの異変なら、ライカでも気づけたはずなのに。

「あなたの着てい武具、それが魔王装備ですね?」
「そう。妾は減量に成功した。『パール・ヴィー』を着用し、魔王として目覚めたのだ」
「ボクたちに近づいたのも、ダイエットの秘密を探るためですか? パール・ヴィーを身に付けるために」

 魔王武具の肌触りを確かめるように、テトは自身の全身を撫で回す。

「その通りだ。見よ、この素晴らしい姿を。この武具も、身体に吸い付くような」

 ライカの方も、それは感じている。

 今のテトは、これまでとは見違えるほどキレイになった。
 テトの美貌をさらに引き出すかのように、魔王武具は強いプラーナを放つ。

 だが、これでいいのか?

「魔王ベルナテット、テトさんの意志は関係ないんですか!?」

「これは、あ奴自身が望んだこと」
 テトは目を伏せた。

「嘘だ。テトさんは、世界を滅ぼすことなんて望んでいないに決まっています」
「そう言いきれるか?」
「もちろん。彼女は、あなたに操られているだけ」

 テトが本当に世界を憎んでいるなら、とっくに世界は滅びているはず。

「あなたのような存在ごときに、テトさんは屈したりなんかしません!」

「目を覚ましてください、テトさんっ!」
 ライカの腕を振り切るように立ち上がり、セリスが構えを取った。

「もっと呼びかけてください。テトさんを目覚めさせるのです」

「ムダだ! 半人前の聖女が妾に挑むか。よかろう。聖女とまみえるのは五〇〇年ぶりか。見せてもらうぞ。聖女の末裔の力を」

 テトも同様に腕を突き出し、手を開く。
 セリスと違い、表情にも余裕がある。

 先に、セリスが正拳突きを繰り出す。
 数ヶ月前とは比較にならない速度とパワーだ。
 聖女の装備を身に付け、力が倍増しているのか。

 対するテトの方も負けてはいない。重いパンチをまともにガードして、反撃のハイキック。

 手の甲で受け止めただけなのに、風圧で空気の壁を突き破る。

「ええい!」
 セリスとテトが、雷漸拳同士がぶつかり合う。

 指導者であるライカですら、か弱い二人の間に割り込むことができない。
 これはもう、魔王と聖女の戦いなのである。

 だがセリスは病み上がり同然の身体だ。
 ロクに力を発揮できていない。

 段々と、力の差が開いてくる。

 セリスに拳や蹴りを打ち込む度、テトの方は力が充実していく。
 まるで身体が装備に馴染んでいくようだ。

電光、パンチフングル・プヌグス……だったか?」

 腰を落とした状態で、テトが掌打を繰り出す。渾身の雷漸拳が、セリスのみぞおちにヒットした。

「ぐうっ!」
 無防備だった腹部に攻撃を食らい、セリスが呻く。
 失神は免れたが、膝を落としてしまった。

 やはり、セリスはまだ本調子ではないのだ。

「あなたの望みは、何なのです?」
 息も絶え絶えに、セリスが問いかける。

「妾が望むのは、贄である」
 ゆっくりと手を伸ばし、テトの指がライカを差す。

「ライカ・ゲンヤ、我が元に来い。お主だけは助けてやろう」

「どうして、ボクなんです?」

「お主は我をここまで減量させてくれた。利用価値がある。お主だけは、生きながらえさせてやろうというのだ。プラーナも、お主からはもらわん」

「お断りします」
 ライカは首を振った。

「ほほう、ならばお主、世界は滅びてもよいと?」
「ボクは、あなたには屈しない。世界も滅ぼさせません」

 テトを覆う闇のプラーナが色濃くなっていく。
 クスクスと顔をほころばせ、我慢できないとばかりに高笑いを始めた。

「面白い、実に面白いぞ、ライカ・ゲンヤ。この状況下においても、自分は勝てる見込みがあると」
 愉快だと言いたげに、テトは笑い続ける。

「よろしい。妾とて、ふぬけた聖女に勝っても面白くない」
 カツン、と、テトが大げさな素振りでヒールを鳴らす。
「猶予を与える。それまで体調を万全にせよ。妾も、少々ひだるい」
 テトが腹を抑えながら、消えていく。
「魔王城で待っておる」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

辺境ぐうたら日記 〜気づいたら村の守り神になってた〜

自ら
ファンタジー
異世界に転移したアキト。 彼に壮大な野望も、世界を救う使命感もない。 望むのはただ、 美味しいものを食べて、気持ちよく寝て、静かに過ごすこと。 ところが―― 彼が焚き火をすれば、枯れていた森が息を吹き返す。 井戸を掘れば、地下水脈が活性化して村が潤う。 昼寝をすれば、周囲の魔物たちまで眠りにつく。 村人は彼を「奇跡を呼ぶ聖人」と崇め、 教会は「神の化身」として祀り上げ、 王都では「伝説の男」として語り継がれる。 だが、本人はまったく気づいていない。 今日も木陰で、心地よい風を感じながら昼寝をしている。 これは、欲望に忠実に生きた男が、 無自覚に世界を変えてしまう、 ゆるやかで温かな異世界スローライフ。 幸せは、案外すぐ隣にある。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...