ユーアンドデストロイ

匿名性症候群

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 最初は、自身の想いが言葉として聞こえているのだと思った。
 戦闘に対する勝利への欲望。
 それが自分のものだと思っていた。
 しかしその認識を否定されたのは、約二秒後。
 猫村沖雪の体は、何者かに乗っ取られた。
「!」
 一方、湯村原水は、沖雪の処遇を決定する申請を自身の従軍しているところの本部に送ろうとしていた。
 『猫村沖雪には才能がなく、よってこれからは自身の部下として迎え入れる』と、そう考えていた。
 才能がないから自分の下に。などと言ってしまえば、その言葉がそのまま返ってくることは承知の上だ。少なくとも、この世界は努力で成り上がれる世界ではなく。
 才能が物を言う世界である。
 いや、それこそ例外的に、努力の結果、例外隊から昇進した部下もいたが、そう言った血も滲むような努力の結果にすら、才能という二文字がつきまとうのがこの世界である。
 正十字せいじゅうじ隊。
 才能を持ち、使いこなす者のみが入隊を許される部隊──そこに所属する人物たちを、彷彿とさせる『霊力』が、倒した筈の沖雪から溢れ出ているのだから、無意識に木刀を捨て、腰に差していた刀に手をかけた。
「隊長!」
 日傘雨。
 自身の副隊長の呼びかけによって、原水は刀を抜きかけていた自分を制することが出来た。
 沖雪だった・・・者からは黒い影が溢れ、醜く膨張しているのが伺えた。
 悍ましい。
 なんて霊力をしているのだろう。重々しく、禍々しく、思わず『殺してしまいたい』と刀の柄に力を入れたほどだった。
「……大分、遅れての覚醒でしょうか……」
 雨の声は震えていた。それほどの圧迫感、そして恐怖を人に植え付けるほどの濃度をした霊力に当てられたからだ。原水も人のことを言える立場ではないので、黙って頷くしかなかった。
 嫌な予感がした。
 などといえば嘘になる。
 嫌な確信があった。
 あの影の中にいるのは、仲間ではない。
「構えろッ!」
 雨を含めた九名、抜刀し、影に構える。一度、部下からの制止を受けたものの、やはり刀を抜かざるを得なかった。そして、その選択は正しく、影が霧散したその時には、近くにいた三人が一度に攻撃を受け、空中にいた。
 即死は免れているが──とても目に追える速さではない攻撃に、原水は即座に敵との戦力差を実感した。
 そして、敵の姿に一瞬、思考が止まる。
 少女……?
 髪色の明るい少女が、影を纏い揺らめかせ、立っていた。目が合うと、更に重い悪意がこちらに伝わる。しかしお陰で止まっていた思考は正常に、正確な回転を見せた。その結果、
「雨、正十字一番隊に連絡を。全員は援護を」
 正着とも言える指示を素早く行うことに成功した。その点で、原水は自身の実戦経験の豊富さにここまで感謝したことはなかったけれど、少女視点からでは、そんな些細な成功など、干渉する余地はなかった。
 一切なかった。
「がはっ」
 凝縮されたほんの数秒、原水が少女を目撃、味方に指示をするまでに、少女は全員の首を刎ねることが出来たからだ。それをしなかったのは、自分の力の操作を誤らないよう、体内の霊力を調節していたからで、そうでもしなければ、本当に全員、その場で殺害することになっていた。しかしその意図がない少女にとって、殺害は正しい手段とは言えなかった。一時の殺意で全てを台無し・・・にするわけにはいかない。
 ただ、湯村原水、お前だけをぶん殴れれば、それでいい。
 原水の指示が部下に行き届いた頃には、彼の左腕、左足ともに折ることに成功した。原水がよろめいた所に、拳を叩き込む。
「か、掛かれっ」
 隊長の呆気ない敗北を前に逃げ出さなかった部下たちは軽くあしらった。
 それぞれの方向から向かってくる隊士全員を、一纏めに軽い突きで失神させたところで、足元にいる原水を見た。あの程度の攻撃では失神することも出来ないだろう。まだ、一撃で沈められた部下たちの方が、楽に戦闘を終えられた筈である。
「動くな」
 全員、というのは、訂正しなければならないようだった。
 日傘雨。
 彼女の持つ刀の鋒が、首筋になぞられる。
「それで? 勝ったつもり?」
「もう勝ってんだよ、とっくにな」
 その勝利宣言は、雨のものではなかった。
 動くなと言われたが、声の方を向いた。こちらが負けているのなら、動こうが動くまいが変わるまい。
 扉から出てきたであろう、銀灰色長髪の少女。髪色にあった装束を身に纏った姿は、見た目とは裏腹に威厳を感じさせた。背後には二メートルを超えるであろう、それも漆黒の甲冑を装着させた巨漢が付き従っているのだから、もはやただ事ではない。
「例外隊副隊長。下がれ」
「はい」
 刀は納めた雨は原水を抱え、素早く後方に。
「よう。今度は私が相手になろう」
「……面白いね。挑発?」
「勝てる確信があるからな」
 それは嘘ではない。彼女の全身から流れ出るオーラは全て、彼女の自信の強さがよく表れている。
「はは」
 沖雪だった少女は笑う。
 どの道、この挑発に乗らない手はなかった。この幼女相手ならば、少しだけ全力を出しても、死にはしなそうだ。
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