ユーアンドデストロイ

匿名性症候群

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「どういう事だよ……!」
 猫村沖雪の頭にあったのは、己の無力さと、組織の無慈悲さ。その理不尽さが、彼の頭に血を上らせた。
「なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ……! 何でだよ……! 全部説明しろよ……ッ!」
「説明を受けてーのはこっちだ馬鹿が」
「!」
「お前は誰で、何のために、ここへ来た?」
 いつまでも被害者ヅラしてんじゃねー。
 と、夢見勝。
 沖雪は爆発させようとした怒りを──理不尽に苛まれた自身の怒りという名の爆弾の、解除コードを入力されたように黙り込んでしまった。
 ずっと、厭悪した理不尽さと共にあった、唯一の、拠り所のないモノ。どうしても怒りに任せられなかったモノ。
 それが、自分自身そのものだったからだ。
 解明されない、自分自身。
 猫村沖雪。
 お前は、誰だ?
「うわあああああああああああああああッ!」
 勝は沖雪の号哭を聞いて、ソファに座り込んだ。湯村原水との戦闘アーカイブを見る限り、彼にも力はある。しかし、ユーという存在、また、彼自身の力の無自覚が──誰も解明の仕様のない謎が、沖雪を傷つけているのだと知っていた。
「落ち着けよ。水でも飲め」
 勝は冷静に、机の上に水の入ったコップを創造・・した。
「……いいから、ただの水だよ」
 男の不細工な泣き顔をいつまでも見ていられるほど、勝も悠長な人物ではなかった。それはともかくとしても、そうした気遣いで、沖雪を一旦は冷静にさせることに成功した──そして、彼の暴走しかけた霊力も。
「これはな、俺の能力。想像したものを創造する。漫画なんかだったらなんかカッケー名前でもあるんだろうが、生憎ウチらはただの殺し屋集団だからな。実際の異能力なんてこんなもんだ」
「ありがとう……」
 沖雪もソファに座り込み、一息ついたようである。それを機に、話を進めることを決めた勝は、続けて口を開く。
「これが俺たちで、お前だ」
「僕……」
 水を一口飲み、自分の体を見るようにする沖雪。
「それによかったじゃねえか、とりあえず、手枷は外れたんだしな」
「え、あっ、ホントだ!」
「…………」
 その手でコップを掴んでいたのに、気付いていなかったのか。
 外れ、床に転がっている手枷は、先ほどの暴走しかけた霊力を吸収し、解析し終わったのだろう。流石に、勝のとってつけたような気遣いだけでは、沖雪の暴走は止められなかった。この枷がなければ、再びユーと言う名の少女が現れただろう。
 そうなっていれば、勝は彼女を殺さなければならなかった。そういう命令を受けていた。
「お前さ、死んだ後って、人間はどこに行くと思う?」
「どこって……。天国とか、地獄とか、そういう話?」
「そーゆー話」
 うーん。と、沖雪。実際、死んだらどうなるのだろうと考えた事がないと言えば嘘になるが、死にたいと考えたことはない。そうした話を真面目に、しかも異常時に訊かれる事になるとは想定していなかった為、一時的に、思考が渋滞する。
 先程まで死にかけた思いはしたが……。
「分かんない」
 そうして少しの間考えた末に、沖雪は端的に答える形となった。
 それが結果的に、勝にとってはよく誘導出来た問答だったと言えた。
「ここに来るんだよ、ここ、破界はかいにな」
「……ッ」
「まあ来るっつっても、俺やお前みたいなのは稀だよ。みんな散り散りになって、この世界の一部になんのさ。窓の外を見ろ」
 沖雪はソファから立ち上がり、窓の外を見る。空には不気味さを感じるけれど、空を除けば、ただの森だ。一面、木に覆われている。
「散り散りになった人間は土になる。木になるし、葉にもなる。そうして俺たちの世界となって、いてくれている」
「……嘘だろ……」
「嘘じゃねえよ。お前、俺たちの通信手段を知りてーだろ」
 心の内を読まれたか?
 沖雪は一瞬で動揺を隠す。
「……簡単に教えてくれるとは考えてないけど」
「じゃあ簡単に教えてやる。この木、全てが俺たちの意思疎通をこなしてくれる。通信機になるんだ」
「……それこそ嘘だろ」
「嘘かどうかはてめーで判断していいが、これまで体験した全てを総浚いして考えとけ」
「…………」
 沖雪は、夢見勝という、まだ出会って数時間もしていない男が、決して嘘をついていないことを知っていた。これは特別、この世界に来て身につけたものではなく、ただ、勝の何かを知っただけだ。この男の、心の何かを。
「じゃあ一体、僕たちはなんなのさ。土や木にならなかった僕らは?」
 当然の疑問に辿り着いた沖雪を誘導するように、勝は言葉を選ぶ。ここまで、沖雪と接して知った能力と言えば、それは彼の底知れぬ潜在能力と言うべきだろう。感情によって左右されやすく、上下し、爆発する。
 爆発した際の後処理としての腕を買われているのか、ついでに共倒れを計画されているのかは知らないが、よくもこんな爆弾──化物をこちらに流したものだと、愛染心の憎たらしい笑みを頭に浮かべながら、勝は話を進めた。
「戦士だ。目下に広がるクソみたいに並ぶこの木たちが、俺たちの通信手段としてしか機能していないように、俺たちは俺たちで、敵を殺す物としての機能しか持ち合わせてねーのさ」
「……何だよそれ」
 やはり、納得できないようである沖雪の態度にフォーカスを当て、勝は話を転換させる。
「俺たちはあの浮島に落ちた瞬間から、分かってんだよ。自分が死んだことも、これから戦う敵の存在もな。ただ、お前だけはそれを理解出来ねえ。どういう事だ?」
「それは! 僕だって知りたいよ」
「だろ? 自然の摂理に反したもんは気になるし、謎だし、それに怖えんだよ。お前の受けてる待遇や、それに伴って感じてる理不尽は、そこから埋め合わせされてると思って我慢しとけ」
「みんなは、僕が怖いのか……?」
 沖雪の反応に、勝はやはり自身が前提として話している事が正しいのだと確信する。
 デストロイヤーは生まれながらにして自身の使命を知っている。本能的に悟るのだ。しかし、沖雪はその使命を知らずにここにいる。
「……ニュートンは林檎が落ちてきたのを見て重力っつーもんを発見したらしいが、落ちて当たり前とされた林檎が空にすっ飛んでって、『俺は林檎じゃねえ! 蜜柑だ!』って叫んでたらどうするよ。そりゃお前ヤバいだろ。例えるならその蜜柑がお前──俺たち林檎──赤色の群れに混ざった橙色の謎。重力で落ちてくるはずの林檎の木から何故か蜜柑が、しかも落ちてくるんじゃなくて浮いたまま、己を林檎ではないと否定し、林檎の群れをざわめかす。林檎の群れは蜜柑を見てどう思う?」
「……警戒する」
 妙に回りくどい例え話だが、彼らが林檎、自分が蜜柑だと言われて、これまで浴びた洗礼を回想しながら、当然の帰結に沖雪は辿り着いた。
「ま、そういう事だ。蜜柑おまえ林檎おれらも、互いを知らねえ──違いを知らねーんだ。この騒動が、この規模で収まって良かったと考えておこうぜ。少なくとも俺が林檎の大将なら、浮いてる蜜柑を引きずり落として、林檎の重さでぶっ潰して、『さて、変な奴は殺したから仕事仕事!』っつって話を進めてるぜ。そうしなかった正十字一番隊長には感謝しとけ」
「しとけって言われて単純に出来るわけではないけれど……。やっぱり、僕にはここの世界は理解できないし、僕自身の事も理解出来てない。それにさっき、あんたが言ったんじゃないか! 処分されるって」
 沖雪は勝のフォローとも取れる例えを受け取ったが、それが全く意味をなさないというのを、先回りして勝に伝えられたのだった。己が他と違うから、処分されると。
 勝から宣告を受けたのだ。
 ただ、勝の顔は変わらず、勝気でいる。何か、この現状を打破出来ると言える何かを、この男は知っているのか?
 沖雪は変わりつつある自身の現在に危機感を覚えながら、同時に、勝に対する意識を改め始めた。
「そりゃ蜜柑のままだからな。お前がそうして未完成でいるままじゃあ、処分──廃棄だ。それじゃあお話にならねえ。まずは林檎にならなきゃな」
「どうやって──」
「焦るな。時間はまだある」
 勝は人差し指を立て、前のめりになる沖雪を牽制した。
「不幸中の幸い、お前はフルーツだろ? 俺たちもだ」
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