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28、キンバリー魔道具店

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 ここは、この地域一番の品ぞろえと言われる「キンバリー魔道具店」

 生活に欠かせないと言われる魔道具は、ここならそのほとんどが揃うと言われている。

 ここの店の主人は人当たりこそ良いが、お金に卑しく近所の人々は陰で「キンバリー魔道具店」を「金ばっかり魔道具店」や「金バライ魔道具店」と言い換えて皮肉っている人もいるぐらいだ。大喜利か?

 薄暗い埃っぽい部屋、その中にあるのは安っぽいテーブルと、座るとキシキシと音が鳴る椅子がそれぞれ1つづつ。その椅子に座って居るのはブルックリンである。そのブルックリンの目の前にやって来たオーナーであるキンバリーが、

「おい、ブルックリンさん。こちらもやっといてくれ。」とドサッと特殊な製法で作られた用紙をブルックリンの前に置いた。

 このブルックリンの勤め先である「キンバリー魔道具店」の主人、キンバリーは、脂ぎった髪の毛を後ろへオールバックで流したキツネ目の男だ。シャツででっぷりとした大きく張り出した腹を隠そうとして、いつもパンパンだ。

 仕事として、毎日10枚近くの魔法陣をブルックリンに書かせていた。この魔法陣はいわゆる「簡易版」で大した効果はないが、魔法陣の中の食べ物を腐りにくくしたり、植物の成長を早めたりと効果があり、結構な枚数が毎日売れている。

 勿論、書くと言ってもそんな直ぐに書けると言う事はなく、ブルックリンは一枚に付き、約2時間ほどかけて丁寧に書いていた。その合間に魔道具に魔力を注入したり、店内を清掃したりと、とにかくこき使われていた。

「ブルックリンさん、あんた勘違いしちゃいけないよ。そりゃ魔法学校ではさぞかし優秀だったかもしれないが、ここは魔道具店だ。大した学歴なんてなくったってやっていけるんだ。まあ、せいぜい身を粉にして働くんだな。ご不満ならいつ辞めてくれたっていいんだぜ?」と初日の挨拶からこんな感じだった。

 スタッフ募集の条件はその殆どが嘘だったのだ。

 まさに、ブルックリンの家にお金がない。兄弟を食べさせる為にどうしてもお金がいるだろうと、ブルックリンの足元を見ながらの発言だろう。

 毎日、毎日ブルックリンは言われるがまま、魔法陣を書き続けた。元はと言えばこの魔法陣は、魔法使いに毛が生えた程度の男が作っていた。

「けっ、こんな地味な作業ばっかりやってられっか。」と悪態突きつつ、所々手を抜きながら作っていたのだ。だからブルックリンがこの店に入るまでは、この店の魔法陣は使えないとの噂が広まっていた。

 来る日も、来る日もブルックリンは魔法陣を書き続けた。キンバリーはブルックリンに休みなど取らせず、ずっと働かせ続けた。

 また、ブルックリンもだんだん消耗していく中で、ローガン先生の顔を潰すようなことはしたくないと頑張り続けた結果、精神的に少し病んでしまっていた。


 だが、ブルックリンの本来の実力は隠しようもなく、ブルックリンの描く魔法陣はお値段以上とお客さんの間で引き合いが多く、いつの間にかブルックリンの魔法陣は「キンバリー魔道具店」の1番の商品となって行った。



◇◆◇



ここは、魔法省某所。

「エドワード君、どうだい?出来たかい?」と優雅にソファに寝そべり、お腹に乗せた猫を撫でながら話すのは、この魔法省一番の実力者アーチャー師団長だ。

「っつ、と言うか師団長、そんな暇があるなら手伝って下さいよ~。」とエドワードが作成中の報告書を手に持ってぼやく。

 そんなエドワードを横目に見ながら、「――――駄目よ?エドワード君、これは君の大切な仕事なんだからね?しっかりやる!!」と発破をかけているのが、以前ブルックリンの実家に来たガブリエラだ。

――――魔物の仕業と思われる被害状況と地域分布。それぞれを時系列にまとめろ。一つも漏らすことなく・・・だ。

 それが今のエドワードの仕事だ。まだ、ここへ配属されたばかりで、こう言ったデスクワークが多い。もう何日かこの作業のデータ取りに追われていた。でも、あと少しで形になりそうだ。

 そして、深夜になりやっと形になった。エドワードは頭をザクザクと掻くと、「さあ、念のため確認だ。明日の午前中には報告書類として提出できるだろう。」と微笑んだ。

「――――っ、え、・・・そんな。」深夜の0時を回るころ、エドワードの呟く声が、誰もいない部屋に響き渡った。
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