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胎動
しおりを挟む『海の花嫁』の千秋楽のあとしばらく平穏な日々が続いた。
そんなある日、レッスン後のストレッチをしているメンバーたちに向かってマリ先生が話し出した。レッスンのあとの疲れをほぐし皆がリラックスしている中でのマリ先生の話は皆が興味を持って耳を傾けた。
「先日の記念公演で演技をした皆さんに連絡です。この度、陛下から御前公演の依頼と昼食会を兼ねたレセプションへのお誘いが来ました。レセプションはともかく昼食会には一定のレベルのマナーが求められる上に服装もそれに準じたものを要求されます」
突然のマリ先生の話にメンバーたちは驚いた表情を隠せなかった。
「このレッスンの後にでも衣装部に寄ってレセプションで着用するフォーマルの衣装を見繕って下さい。費用はオーナーが出すとおっしゃっていますからこの際だから良いもの買うと良いわよ?」そう言ってマリ先生がいたずらっぽく笑った。
マリ先生のこの言葉に『海の花嫁』の出演者たちは顔を綻ばせた。
「私、一度でいいからドレスをオーダーしてみたかったの~~」と喜ぶ声や「僕は前から欲しかったジャケットがあるんだ!!」と張り切っている声も聞こえる。
「喜ぶのは分かるけど他国の方々もいらっしゃいますから間違っても下品な装いは避けて下さい。その辺は衣装部のフェンを頼ると良いわ」そう言ってマリ先生はレッスン室を出て行った。
その一方でユミリーの心はそれどころで無かった。とにかくキャルの事が気がかりだった。ざわつく皆んなをよそにレッスン室を出て自分のロッカーに向かった。ロッカーを開けるとそこにはレッスン前には無かった一通の手紙が入っていた。
急いで物陰に隠れて手紙を開けると差出人はカイルだった。便箋に一言だけ「今日この前の店で待つ。気をつけてくるように」とだけ書いてあった。
ユミリーはその手紙をカバンに仕舞い込むとそそくさとアパートへ戻り軽くシャワーを浴びた。着替えてメイクをきちんと直すと足取り軽く先日カイルと会ったバーへ向かって歩き出した。
「お待たせカイル」店に着き案内された部屋に入るとカイルが待っていた。今日は随分とラフな服装だ。足元はスニーカーなのに少しも嫌味がない。やっぱりもともとセンスが良いんだなぁ。
「俺もさっき来たばかりさ。それより何か食べてきたか?」そう言ってメニューを見せてくれた。
「いえまだよ。カイルは?お腹空いてる?」
「もうぺこぺこだ!!何か頼もうか?この店割と食事にも気を使ってるんだ。なかなか美味いよ?」
「お勧めは?」
「意外や意外ハンバーグさ!ユミリー食べてみなよ。きっと驚くぜ?なんと言ってもソースが絶品!!」
「じゃあそれにするわ。そうねぇ、レッスンの後だしサラダとスープとデザートもつけよ~」
カイルも同じハンバーグを頼み二人は肉汁たっぷりのハンバーグに舌鼓をうった。ハンバーグだけでなく付け合わせまで美味しいって完璧かよ!!
「ん~おいひい~」本当に美味しいわ。手が止まらない・・・・
「ソースがついてるよ?」と言ってユミリーに手を伸ばそうとしたカイルの手をバシッと叩くと「触らないでください!」と軽く睨んだ。
「おっかねぇ~~。俺たちキスまでした仲なのに~~」
「ふんっ、あれはカウントしません」
「これはこれは厳しいね」
「当たり前でしょ」
そう言いつつもしっかりお腹を満たしたユミリーはカイルを見つめて「何か情報入った?」と尋ねた。
「あぁ、ユミリーのノートを頼りに仲間に捜索させた。確かにあの地図上にマークしてあった場所に屋敷があったよ。そしてその屋敷の持ち主もあのノート通りだった。つまり裏が取れた。って事だ」
「そう、でもカイル大佐あなたこれからどう動くつもり?」
「でも一つだけ裏が取れなかった事がある。なんだと思う?」
「・・・・帳簿、取引の帳簿。絶対あるはず」
「ご名答。何もかもお見通しって訳だ。で、これからは僕からの提案なんだけど」
「えぇ聞かせて頂戴」
「僕の推理では相手さんはもう探られていることにうすうす勘付いている。そして屋敷から最も安全な自分のテリトリーに帳簿を移動させたと思うよ。そう、最もこの国において安全な場所・・・・陸軍本部だ。そして関係している者が何人かいてその秘密をみんなで大切に守っている」
「・・・・みんなで仲良く秘密を守ってるって訳ね」
「今度の陛下の御前公演とその後のレセプション。その時は近衛兵団はもちろん陸軍本部が一番手薄になる。緊急時に対応するための数人を残しほぼ全員が王宮の大ホール周囲の警備に詰めるだろうからね」
カイルはそう話しながら付け合わせのポテトを食べた。
「御前公演はこの国だけでなく諸外国の王族や貴族が招待されている。万が一って事があってもいけない」そこまで話すとカイルは食事を終えた。
「証拠の帳簿を手に入れるならそのタイミングが良いんだけど。でも広い王宮内の陸軍本部のどこに帳簿がしまってあるかなんて見当もつかないわね」ユミリーはそう話すとちょっと考え込んだ。そして何かを思いついたように立ち上がりカイルの隣に腰掛けた。
「そう言えばカイル、あなたって確か・・・・・」ユミリーはカイルの耳元に顔を寄せ「カイル、あなたって確か変装や擬態の訓練受けてわよね?」と小声で囁いた。
カイルはギョッとした顔でユミリーの手を掴むと「えっ、そこまで知ってるの?ちょっとズルくない?」と苦笑いした。
「・・・・まぁまぁ落ち着いてよ。それでねカイルのその技術で手に入れて欲しいものがあるの。これは多分カイルの方が適任だと思う。私では絶対に出来ないしだろうし」
ーーーーー屋敷の持ち主の私物を一つでいいから手に入れてくれない?できれば早い方がいいわ。
ユミリーはそう話すとカイルの瞳をじっと見つめさりげなく握られた手をほどいた。
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