恋に堕ちる─別れさせ屋としての最後の仕事。彼と出会って私はまた恋をする。─

七転び八起き

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第17話 スナック

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 仕事帰り、足が自然と雑居ビルの階段を上がっていた。
 二階の小さなスナック。控えめな明かりに、年季の入ったドア。

「いらっしゃい」

 カウンターの中でママが笑う。

「いつものね?」

 無言で頷くと、グラスが差し出された。

 ***

 ——妻の不倫が発覚したのは一年前だ。
 妻とは仕事の繋がりで知り合い、結婚した。
 盛大な結婚式をし、あの時は幸せの絶頂だった——はずだった。

 ちゃんとうまくいっていると思っていた。
 いつからか妻が帰るのが遅くなり、土日も用事でいなくなることが増えた。

 最初は疑わなかった。
 でも、妻の同僚に会った時に、つじつまが合わないことが生じた。
 どこに行って何をしているのか……

 夜、躊躇しながらも妻のスマホを覗いてしまった。
 そこには絶望しかなかった。
 問い詰めたが、彼女から返ってくる言葉は冷え切ったものだった。

 不倫相手は同じ職場の人間のようで、俺が結婚する前から関係があり、結婚してから燃え上がったようだ。
 騙されていたことに腹は立ったが、それ以上何か行動する気力もなくなっていた。
 気づけば形だけの夫婦。ただ、空気のようにすれ違い続けている。

「顔色よくないね、奥さんと喧嘩?」

 ママのからかうような声に、口元がゆるむ。

「……まあ、そんなところだ」

 喧嘩ですらない。もう夫婦じゃない。
 二杯目を飲み干した頃、ママが覗き込むように言った。

「でも最近は少し顔が柔らかいよ。女でもできた?」

 冗談半分の声。
 否定しようとした瞬間、あの子の顔が浮かんで、言葉が喉に詰まった。

 春日葵。

 なぜ俺は、あの子に惹かれているのだろう。
 理由なんてどこにもないのに。

「……わからない。ただ、気づいたらもう溺れてる」

 意図せず口からこぼれた言葉は、自分の心の真実だった。

 ママは氷水を差し出し、苦笑した。

「今日はこのへんにしときな」

 視界がぼやけていく。カウンターに突っ伏しながら、意識の奥で彼女の姿が目に浮かぶ。

 次に会ったら俺はどうなるんだろう。
 抱きしめてしまうかもしれない。
 あの子を壊してしまうかもしれない。
 でも、嫌われるのはもっと怖い。

 俺は、いつまでこんな子どもみたいなんだ。
 胸の奥で、どうしようもない葛藤が渦巻いている。

 あの子は契約期間が終わったら更新はせず、うちの会社には来なくなるだろう。
 俺があの子に会う特別な理由もなくなる。

 それまでに、ちゃんとした答えを出したい。
 この偽りの関係と、報われない想いも。

 店を出る頃には、夜の街に人影もまばらになっていた。
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