放課後の残響ー卒業まで、僕は君を独り占めするー

七転び八起き

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土曜日の午前中。
俺はとうとう予備校に見学に来ていた。
父と共に。

予備校に貼られた有名大学の合格者数。
それが俺に現実を突きつける。

父と予備校の中に入り、受付に行く。
同い年くらいの学生が出入りしている。

担当の事務員に案内されて、パーテーションの向こうの座席に案内される。

どこを目指しているのか、今の成績はどのくらいなのか──

広げられた地図の広さにただ圧倒される。
そんな感じだった。

資料だけもらって、予備校を出た。

一時間の説明だけで、全力で走ったくらい疲れた。

父とはそこで別れ、俺は駅前の楽器屋に行った。

***

楽器屋の扉を開け、ギターを見た。

かっこいいデザインのエレキギターを見ていた。

すると後ろに人の気配を感じた。

「ギター高いね」

振り返ると唯川が立っている。
ネイビーのシャツにベージュのズボンを履いている。
プレゼントした時計もつけている。

待ち合わせをしていた。
夕方のバイトまでの時間、唯川を独り占めする。
言い換えればデートだ。

「高いよね。でも弾いてみたい」

まだギターは青柳さんの元修行中。

「ピアノは?」

唯川の言葉が刺さる。

「弾くよ。弾きたい曲あるし」
「歌は?」
「うん。歌も」

今日は持ってきていた。

唯川に披露したい曲を。
聴かせたい歌を。

「じゃあ聴かせてよ」
「うん」

そのあと、二人でバスに乗って唯川の家に向かった。

初夏の風に吹かれる。
閑静な住宅街の中を歩く。

この歌を聴いたら唯川はどう思うのか。
喜んでくれるだろうか。

唯川の家に着くと、唯川の親は留守だった。

ピアノの部屋に行く。
唯川の家の美しいグランドピアノ。
きっと毎日唯川はここで一人で弾いているのだろう。

俺は荷物を置いてピアノの椅子に座る。

「じゃあ、弾くね」

唯川が頷く。

深呼吸をして、優しく鍵盤に指を置く。
ゆっくりと鍵盤を奏でる。

歌をのせる。

男性シンガーソングライターの曲。
ギターで弾く曲だけど、唯川のためにピアノで弾く。

切ないけれど、胸が暖かくなる曲。
離れても、大人になっても、ずっと歌で繋がっていける。
そんな希望を込めた曲だ。

歌は自信がないけれど、唯川が俺の歌が好きなら歌う。
俺たちはきっと音楽で繋がっていける。
これからもずっと。

アウトロを丁寧に弾いて曲が空気に溶ける。

「いぶき、歌上手くなってる」
唯川が優しく微笑む。

「え、ほんと?」
「うん。ピアノも歌も歌詞も、全部胸に響いてきたよ」

嬉しかった。
唯川が笑顔なら頑張れる。
卒業までの道のりも。

その後は唯川が今勉強している曲を聴いたり、新しい曲を教えてもらった。

夕陽が傾いてくる──
二人の時間はあっという間に過ぎていく。

「バイトめんどくさいな…」
「ちゃんと仕事してるからいぶきはすごいよ」
「コンビニバイトだけど」
「俺にはできないよ」

そうだろうか。
唯川なら器用にできるはず。

「じゃあ俺、そろそろ行く」

二人で玄関に向かって、俺が靴を履いた時、腕を引っ張られた。

「どうしたの?」

振り返ると、唯川が寂しそうな顔をしている。

やばい。
そういう顔をされると、帰りづらい。

俺は唯川にキスをした。

「また来るから」

そう言って、前を向いて思い切って玄関のドアを押そうとした時、後ろから抱き寄せられた。

強い力だった。
そのまま動けなくなった。

「ごめん」

唯川が呟く。

「ううん。大丈夫」

このまま唯川を置いていけない。
きっと後悔する。
俺は店長に遅刻すると連絡をした。

「唯川、部屋に行こう」

唯川は頷いた。
唯川の部屋に行くのは二回目。

初めて来た日、俺たちは初めて繋がった。
初めて唯川を好きだと自覚した日。
不器用に俺を求めた唯川を思い出す。

またあの日に戻る。
あの時の唯川も抱きしめてあげよう。
包んであげよう。
満たしてあげよう。

全て脱ぎ捨てた。
全身でお互いの存在を確かめ合った。
唯川が俺の名前を静かに切なく呼び続ける。

「悟史」

きっとこの時が初めてだ。
俺が唯川の名前を呼ぶのは。
俺は唯川の名前を呼び続けた。

唯川の目尻に少し涙のようなものが見えたのは、気のせいじゃない。
俺は、俺の全てを唯川に記憶させた。

夕陽が濃く深く沈む頃、俺は唯川の家を出た。

バイトが終わったら電話をしてまた話そう。

時間が合う限り、一緒にいるんだ。
唯川と。

バスから見える街並みを見ながら、強く思った。

空に見える一番星が強く輝いていた。
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