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二章
第27話 村の娘
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夜襲から一夜明け。太陽が暑く照りつける頃、傭兵隊長グレボルト・カーマンと血鳥団はアミュール城のはるか南の村にいた。
足りない食料を村から徴発するためであった。しかし民が生きていくのに必要な最低限は残すようロイに厳命されている。
グレボルトたちは「汚れ仕事ばかり押し付けやがって」とか、「いやでも、戦の矢面に立つよりはましじゃねえか」などと言い合っている。
しかし彼らを待ち受けていたのは予想外の事態であった。
「どうかお許しを、村に食料はほとんど残されていないのです」
グレボルトたちを出迎えた村人の一人が緊張した面持ちでそう告げた。
「収穫前であっても、食い物の一つや二つあるだろう?」
グレボルトがそう尋ねた。
「それが、つい先日セラステレナの兵たちがやって来て、根こそぎ持っていったのです」
「セラステレナの連中が? あいつらにとって、お前らは自国の民なんだろう?」
「何故なのかはわかりません、突然現れては有無を言わさず……」
なるほど、こちらが徴発にくるとわかって先に手を打ったか。俺たちを飢えさせるために。グレボルトはそう考えた。
それにしても……とグレボルトは目の前で恐縮している男の背後にいる村人の集団に目をやった。
数はざっと三十人。全員が鋤や鍬を手に持って、こちらを見ている。
グレボルトが気になったは彼らのその顔つきだった。
こいつら、戦を知ってやがるな。ただの農民の面じゃねえ。
なぜこんな何の変哲のない村の民がそうなのかと、グレボルトは警戒した。
敵意というほどはないが、事が起これば抗うぞという態度を彼らは見せていた。
「御義父さま、お待ち下さい」
村人たちの背後の家から女性の声がした。するとその民家から一人の老人と、それに連れられて二人の若い娘が現れた。
老人はグレボルトの前にやってくると頭を下げ、二人の村娘を指差し、こう言った。
「私がこの村の村長です。この村に食料はもうありませぬ。この娘たちを献上いたしますので、どうか、どうかお慈悲を……」
村娘たちは怯えた表情で目線を反らし、自らの不幸な運命を嫌々ながらも受け入れようとする様子だった。
それを見て喜色を見せたのはグレボルトの配下の者たちだった。
「おお、いるもんだな。こんな村にも若い女が」
「お前どっちが良い? 俺は右の方がいいな」
「おいおい、二人ぽっちだぜ? 二百人いる俺たちを相手しきれねぇんじゃねぇか?」
「なら早いもの勝ちだ」
「おいどんは熟女が良いでごわす」
そう言い出すとにわかに盛り上がり順番を決める揉め事が起こり始める。それを見た娘たちに恐怖の色が浮かぶ。
「お前らぁ」
そう言ったのはグレボルトだった。
「お前らこんな女でいいのか? よく見ろたいして器量良しでもないぞ。俺なら娼館であれが出てきたら店の親父をぶん殴るかもしれん」
「そりゃ隊長が選り好みしすぎなんですよ。若くて男を知らねえって感じがまたいいんじゃねえですか」
「いいや、女はやっぱ夜の技だね。それと高貴さ、気品よ。気品のある女が寝屋で見せるあの顔がたまらねえんじゃねえか」
「そんな女がどこにいるっていうんです」
「決まってるだろ。アミュール城さ。あそこにはセラステレナの貴族の女どもがうじゃうじゃいやがる。あの城を奪れば、その女どもとやりたい放題。三日三晩やり尽くしても終わらんぞ、はぁん勇者様私を抱いてってなもんだ」
「おお……」
血鳥団の面々が思わずごくりと涎を飲み込んだ。
「熟女はいるでごわすか」
「そりゃ、若ぇのはもちろん、熟女もいるさ。熟れに熟れて、腐っちまったようなもんまでな」
「はよ城攻めばいたしもんそ」
早く攻めよう、行こうぜ。摂政は何やってんだ。傭兵たちは各々に好き勝手を言い始める。村娘と村長は困惑した様子でその場に立ち尽くしている。
すると村長の家から一人の人物が出てきた。それに気づいた村長が血相を変えて言葉を投げた。
「下がっていなさい。姿を見せてはいけない」
その制止を聞かず姿を現したのは若い女だった。しかしその様相はいささか異様。
顔立ちは村娘とは比較にならないほどの美人。白く透き通るような肌に、どことなく知性を感じさせる眼差しには芯の強さも覗かせている。だがどこか影も垣間見える。そして元の美しさを隠すようにして、長い髪はまるで手入れをしておらずボサボサの有様。
左足が不自由なようで、杖をついている。その歩みはやや危うげである。
「……いるじゃねえか、良い女が」
グレボルトはそれまで考えていたことを忘れ、思わずそう呟いた。
女はゆっくりとグレボルトの前に歩み出ると、男性式のお辞儀をした。
「あなたはお優しいのですね。ナプスブルクの方」
村娘についてグレボルトがしたことを言っているようだった。
「……そのつもりだったんだが、気が変わりそうだ」
グレボルトは現れた女を凝視しながら言った。
「私を抱いては摂政の怒りを買うことになるかもしれません」
「……どういうことだ?」
そして女は深々と頭を下げるとこう言った。
「私が、矢文の主です。摂政ロイ・ロジャー・ブラッドフォード卿の下へ連れて行っていただきたい」
女はそう言って微笑んだ。
足りない食料を村から徴発するためであった。しかし民が生きていくのに必要な最低限は残すようロイに厳命されている。
グレボルトたちは「汚れ仕事ばかり押し付けやがって」とか、「いやでも、戦の矢面に立つよりはましじゃねえか」などと言い合っている。
しかし彼らを待ち受けていたのは予想外の事態であった。
「どうかお許しを、村に食料はほとんど残されていないのです」
グレボルトたちを出迎えた村人の一人が緊張した面持ちでそう告げた。
「収穫前であっても、食い物の一つや二つあるだろう?」
グレボルトがそう尋ねた。
「それが、つい先日セラステレナの兵たちがやって来て、根こそぎ持っていったのです」
「セラステレナの連中が? あいつらにとって、お前らは自国の民なんだろう?」
「何故なのかはわかりません、突然現れては有無を言わさず……」
なるほど、こちらが徴発にくるとわかって先に手を打ったか。俺たちを飢えさせるために。グレボルトはそう考えた。
それにしても……とグレボルトは目の前で恐縮している男の背後にいる村人の集団に目をやった。
数はざっと三十人。全員が鋤や鍬を手に持って、こちらを見ている。
グレボルトが気になったは彼らのその顔つきだった。
こいつら、戦を知ってやがるな。ただの農民の面じゃねえ。
なぜこんな何の変哲のない村の民がそうなのかと、グレボルトは警戒した。
敵意というほどはないが、事が起これば抗うぞという態度を彼らは見せていた。
「御義父さま、お待ち下さい」
村人たちの背後の家から女性の声がした。するとその民家から一人の老人と、それに連れられて二人の若い娘が現れた。
老人はグレボルトの前にやってくると頭を下げ、二人の村娘を指差し、こう言った。
「私がこの村の村長です。この村に食料はもうありませぬ。この娘たちを献上いたしますので、どうか、どうかお慈悲を……」
村娘たちは怯えた表情で目線を反らし、自らの不幸な運命を嫌々ながらも受け入れようとする様子だった。
それを見て喜色を見せたのはグレボルトの配下の者たちだった。
「おお、いるもんだな。こんな村にも若い女が」
「お前どっちが良い? 俺は右の方がいいな」
「おいおい、二人ぽっちだぜ? 二百人いる俺たちを相手しきれねぇんじゃねぇか?」
「なら早いもの勝ちだ」
「おいどんは熟女が良いでごわす」
そう言い出すとにわかに盛り上がり順番を決める揉め事が起こり始める。それを見た娘たちに恐怖の色が浮かぶ。
「お前らぁ」
そう言ったのはグレボルトだった。
「お前らこんな女でいいのか? よく見ろたいして器量良しでもないぞ。俺なら娼館であれが出てきたら店の親父をぶん殴るかもしれん」
「そりゃ隊長が選り好みしすぎなんですよ。若くて男を知らねえって感じがまたいいんじゃねえですか」
「いいや、女はやっぱ夜の技だね。それと高貴さ、気品よ。気品のある女が寝屋で見せるあの顔がたまらねえんじゃねえか」
「そんな女がどこにいるっていうんです」
「決まってるだろ。アミュール城さ。あそこにはセラステレナの貴族の女どもがうじゃうじゃいやがる。あの城を奪れば、その女どもとやりたい放題。三日三晩やり尽くしても終わらんぞ、はぁん勇者様私を抱いてってなもんだ」
「おお……」
血鳥団の面々が思わずごくりと涎を飲み込んだ。
「熟女はいるでごわすか」
「そりゃ、若ぇのはもちろん、熟女もいるさ。熟れに熟れて、腐っちまったようなもんまでな」
「はよ城攻めばいたしもんそ」
早く攻めよう、行こうぜ。摂政は何やってんだ。傭兵たちは各々に好き勝手を言い始める。村娘と村長は困惑した様子でその場に立ち尽くしている。
すると村長の家から一人の人物が出てきた。それに気づいた村長が血相を変えて言葉を投げた。
「下がっていなさい。姿を見せてはいけない」
その制止を聞かず姿を現したのは若い女だった。しかしその様相はいささか異様。
顔立ちは村娘とは比較にならないほどの美人。白く透き通るような肌に、どことなく知性を感じさせる眼差しには芯の強さも覗かせている。だがどこか影も垣間見える。そして元の美しさを隠すようにして、長い髪はまるで手入れをしておらずボサボサの有様。
左足が不自由なようで、杖をついている。その歩みはやや危うげである。
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女はゆっくりとグレボルトの前に歩み出ると、男性式のお辞儀をした。
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村娘についてグレボルトがしたことを言っているようだった。
「……そのつもりだったんだが、気が変わりそうだ」
グレボルトは現れた女を凝視しながら言った。
「私を抱いては摂政の怒りを買うことになるかもしれません」
「……どういうことだ?」
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「私が、矢文の主です。摂政ロイ・ロジャー・ブラッドフォード卿の下へ連れて行っていただきたい」
女はそう言って微笑んだ。
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