SECOND CRASH

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14・理久

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 電気を点けないまま彼女の腕を引いて暗い部屋に入り、そのままベッドに座らせて抱きしめる。

 彼女の身体は小さくて柔らかくていい匂いがして、まだ一枚も脱がせていないのにただぴたりと抱きしめているだけで、俺はすっかり欲情している。
 まるで、初めてみたいに。
 初めてじゃないのに。
 考えたくないのにまたそんなことを思う。

 頭を振ってそんな雑念を散らす。
 元カノの顔なんか思い出すか。

 そして彼女の服の下に手を伸ばし、素肌を滑らせる。彼女がびくりと震えて俺の腕に爪を立てた。
 まるで初めてみたいに。
 初めてじゃないのに。
 またそんなことを思う。

 彼女も思い出していないといいな。元彼のことなんか。
 またそんな雑念を振り払うように頭を振る。


 やっと彼女がここに来てくれたのに。
 俺のするに任せて傍で目を閉じて待っているのに。
 また頭を振って彼女を抱き寄せその額に口付けてから、シャツを引っ張り上げて首から抜いた。


 薄闇の中で白く浮かぶ、綺麗な曲線。肩紐を外してその膨らみも晒す。
 初めて目にする彼女の素肌。

 正直、想像していなかったわけじゃない。妄想したこともなかったわけじゃない。

 それでも。
 息を呑むほど美しくて、触れるほど傍にあるのが信じられなくて、一瞬痺れるように動けなくなった。

 ずっと見たかったし触れたかったのに。
 ずっと欲しかった。それが目の前にあるのが信じられない。

 でも、嘘じゃない。幻じゃない。
 そしてやっと素の彼女を抱きしめた。そして耳に口付けた。彼女の甘い匂いが強くなる。
 嘘じゃないんだ。夢みたいだけど嘘じゃないんだ。
 信じられないくらいの緊張と興奮で身体が強張る。動けない。


 こんなの、初めてだ。こんなふうになるのは。


 そしてまた気付く。
 そりゃそうだ。好きな娘を抱くのは初めてだ。
 抱きたいと望んで抱くのは初めてだ。


 そうだ。
 俺は初めて好きな娘を抱くんだ。


 そう思ったら尚一層欲が滾った。


 でもその後もそんなに順調にことは運ばなかった。
 彼女を脱がせるのに俺が馴れていなくてもたついた。というのも元カノは常に全て自分で脱ぎ捨てて俺まで剥いだので、俺が脱がせた経験がほぼない。
 そして彼女も行為自体馴れていないようで超受け身で何もかも恥ずかしがって抗った。
 そして彼女はめちゃくちゃ痛がったし、俺は一瞬で終わった。


 まるで、童貞と処女の初体験のような有様だった。


 こんなにも甘ったるくてじれったくてもどかしくて勿体ないセックスはしたことがなかった。あんな一瞬で終わってしまうなんて、あんなに待ったのに俺ときたら。
 しかも自分は淡泊な方だと思っていたけど、大間違いだった。

 済んですぐ息も整わないまま彼女の横に肘をついて、その目尻に伝った涙を唇で拭う。
 彼女が恥ずかし気に笑ったから、その唇に口付ける。そして目に、耳に、顎に。
 それだけで、淡泊なはずの俺のあいつが復活する。

 こんなことも初めてだった。

 かと言ってあんなに痛がった彼女に強制はしない。
 彼女を我慢することには馴れているし。しかも今までの我慢とは種類が違う。
 俺の欲しい彼女は今腕の中にいる。その上で、最後を我慢している。
 こんなに贅沢な我慢をしたことがなかった。

 もちろん耐えきれなかったが。






 その日から毎日一緒にいた。彼女は毎日俺の部屋に泊まった。俺は毎日毎日彼女を抱いた。
 部屋と学校の往復しかしなくなったが、友達付き合いは元々激減していたのでそれはさほど変化なし。
 休日はもちろん彼女と二人きりでどこかに出掛けたり出掛けなかったり。

 幸せの絶頂だとその最中でも思っていた。

 それでも後でつくづくとそれを思い知ることになった。






 そんな幸せな日々がまだ一月も経たない頃、夜ベッドの上で彼女をぎゅーぎゅーに抱いていた時に、メッセージ受信の短い音が響いた。
 もちろん最中なので無視した。しかしまた鳴る。さらに鳴る。短い時間に何度も鳴る。鬱陶しくなり、俺は表示も確かめず音量スイッチを切りバッグに突っ込みベッドに戻った。


 それを切っていたのを思い出したのは、翌日学校に行ってからだった。
 講義室でなんとなく取り出して起動してみると、メッセージの受信件数が三桁、電話の受信件数も二桁の、見たこともないような数字が表示されていた。
 何かあったのかとぞっとしてアプリを開いてみると、全て元カノからの受信。
 一番最後のメッセージが3分前。たった一言。

『まだ?』

 ……まだ?
 何かあったか?何かやったか?何か忘れてるのか?
 恐れつつも彼女の画面を開くと、

『まだ?』

 が延々と続いていた。
 どこまでスクロールしてもこのクエスチョンマーク含めての3文字が延々と連なっていた。ほぼ5分毎に。
 恐怖を覚えて慌ててアプリを閉じると同時にポップアップが上がった。

『やっと既読になった!』

 あまりの恐怖にスマホを机に落としてしまった。




 すっかり忘れていた。
 この幸せな数週間、元カノのことなど全く頭を掠りもしなかった。
 そういえば元カノという人間がずっと離れた関東で暮らしているとたった今思い出し、そういえば俺と別れたつもりはないらしいという恐ろしい噂を思い出し、思考停止した。
 その後絶え間なく上がるメッセージに、ただただ震え上がった。


『久しぶり!』
『どうしてた?』
『すっかり涼しくなったね!』
『そっちはもう秋模様なんだろうな!』
『去年一緒に見た紅葉思い出すね!』
『また見たいなぁ』


 見てない見てない見てない!
 去年の秋に会ったかどうかは覚えがないが、紅葉なんか見に行ってない。学校の大銀杏と桜並木の秋葉を通学時に毎日見ただけだ。故郷を思い出すなぁと一人懐かしんだだけだ。
 それに去年の秋は週に一回しか会えない彼女のことで頭が一杯だった。そうだ、冬に襲撃されるまで、挙げ句田舎者と願い下げられるまで、元カノのことなんか思い出しもしなかった。
 また誰かと間違えている。
 もしや、この連続メッセージも誰かと間違えてるんじゃないか?
 しかし、「久しぶり」と「そっちはもう秋」の文言は、俺に向けてる気がする。




 やばいことになった。
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